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.1 こじらせたイケメン
02 花火大会
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――で、午後8時を回った今、俺は鎌倉行きの電車に乗っている。
出張から直接行くなんて言うたの誰や、いや直帰する気満々やったのに、忘れ物しとって結局一度帰社することになった大馬鹿もんは俺や。はーほんま時間無駄にした。しかも気づいたのが鎌倉向かう途中やってん。で会社帰ったらやっぱり色々聞かれたり雑用お願いされたりするやん。もう嫌やほんま踏んだり蹴ったり、三時間は無駄にしたわ。
しかも途中、遅くなりそうやし、愛するばあちゃんが心配しとるやろー思て連絡したら、【だったら、ご飯食べて来る?】て返事見てまた凹んだわ。
ばあちゃん、愛する孫がどこで夕飯食べようとどうでもええねんな……一緒に過ごせるの、楽しみにしてくれてはるやろ、思てたんやけどな……。
そのまま残業まで押し付けられそうになったから、「今日誕生日なんで!」言うて席を立った。後輩が「え、マジっすかー、彼女とデートっすかー」て絡んで来たのは笑いでごまかして、さっさと会社を出たったわ。
まあな! これから熟女と食事すんねん! 羨ましいやろざまーみろ!!
そんな訳で、鎌倉に着いたのは、結局午後九時近くなってもうた。忘れ物せえへんかったら五時には着いとったつもりやったのになぁ。まだ明るい夏空の下、じいちゃんとちょっと散歩でもしよかー思てたのになぁ。ほんま散々や。愛する人たちとの時間を返せ! ――って忘れ物したの俺やんな!
駅に着く前から、なんやえらい混んでるなー、とは思うとったけど、なるほど、今日は花火大会だったらしい。浴衣や甚平姿の男女がわらわらおる。東京新宿品川もびっくりなくらいのごった返し具合や。誰かがホームに落ちてもおかしくないくらいや。係員が「押し合わないでください」言うのが聞こえる。改札では入場制限もしてはるようや。はー、鉄道員さんもご苦労なこっちゃな。
内心敬礼したい気持ちで改札をくぐり駅を出る。向かう先はばあちゃんち――ではなく、その逆。海へ向かう方角や。
実は電車が駅に着く前に、ばあちゃんからひとつお願いごとをされててん。
【礼奈を迎えに行ってもらえる? おじいちゃんが行く予定だったんだけど、疲れちゃって眠ってて】
愛する女性(しつこいけどばあちゃん)からこんなお願いされたら断れへんやろ。なおかつ、俺の鎌倉入りが遅れたのもこの為やった、ちゅう自分への言い訳も利くわけや。むしろ礼奈には感謝やな、と思いつつも、駅へ向かう人波が凄すぎて逆流するのは骨が折れる。こりゃ、じいちゃんには酷な仕事やな。俺が来て正解やったわ。
ちなみに、礼奈、ちゅうんは俺の従妹や。十二歳下、ちょうど一回り違いやな。干支は違うけど。何でて、俺が七月生まれ、礼奈が三月産まれだからや。
従妹の中でも一番歳が離れてて、礼奈が赤ちゃんのときにはもう俺は中学生。叔父の政人が「練習しとけ」言うんでおむつ替えもしたったくらいや。
政人んとこは上二人が男児で、一緒にヤンチャな遊びもしたったけど、末っ子の礼奈はおひいさま扱いや。叔母の彩乃さん似の猫目がくりっとしていて、じぃっと見上げられると何でも言うことを聞いてやりたくなんねん。
控えめに言ってかわいい。超かわいい。
礼奈が小学生に上がる前、俺が高校生の頃、おもちゃ屋さんでプレゼントを買ったったこともある。上二人が「あれ欲しー」「これやりたーい」と騒ぐ中、礼奈は俺のズボンにしがみついてただじぃっと一点を見とってん。それはアニメのプリンセスのドレスで、よくあるやろ、大きな着せ替え人形みたいに子どもが着るやつが。あれの前で、黙ってじーっとしてんねん。
俺が「欲しいんか?」言うと、礼奈ははっとして困ったような顔をした。まだ四歳かそこらやったのに愁傷なことや、「でも、お母さんが駄目って……」なんて言うねん。そんな顔見たらもう駄目やな、「お前こないだ誕生日やったろ、プレゼントしたる」て言うたらまあ顔をぱっと輝かせて、「ほんとに!?」て飛びはねた。
「ええで、特別な」なんて大人ぶって微笑んでたけどな、もうあれは身悶えるで。ほんまかわええねん、見せたいくらいや――あ、いや、実際そのとき、着た姿写真に撮ってスマホの待受にしてたけどな。いや変態言うなや。純粋に従妹かわいさやて。ドレスのスカートをつまみ上げて、照れ臭そうにはにかんでポーズ取ってな。ほんま天使みたいやってん。
スマホが何台と変わった今でも、その写真は中に入ってんねんけど――それは本人には絶対に内緒や。
前置きが長くなったけど、まあ礼奈と俺はそんな感じの関係やねん。従妹っちゅうより妹と姪の間くらいの感覚やな。溺愛っちゅーたら溺愛、礼奈のウェディングドレス姿見たら泣く自信あるで。本人にそんなん言うたら、そんな自信要らないてぶった切られそうやけど。
そう、礼奈は小学校高学年になる頃から、すっかり塩対応しかしてくれなくなったんや。女子は思春期が早いなぁ。十歳やそこらなんて、まだその兄の健人なんて「うんこ、ちんちん」で大喜びしてた年齢やで。それと一緒に笑い転げてた大学生が俺やけど。
で、しばらくの間、会えば白い目で見られ、交わす言葉も「学校楽しいか?」「うん、まあ」で終わるようなそんな時期が続いとって――思春期の父娘みたいやって? でも、礼奈は父親の政人とは仲ええねんで。政人がいるとにこにこぱっと笑顔が輝いて、それがまたかわいいし政人の溺愛も納得できるわ――高校生になった最近、ようやくまた会話をしてくれるようになった。うんうん、感無量やな。
まだリラックスして話すほどではないけど、それまで見せてきた睨むような顔はほとんどせえへん。それだけでも俺のガラスのハートは安心やわ。これが成長てもんなんやな。イトコたち見てるとしみじみ思うわ。
まあそんなこって、これからこの人波をかき分け、かわいいかわいい礼奈ちゃんを迎えに行くっちゅう訳や。
出張から直接行くなんて言うたの誰や、いや直帰する気満々やったのに、忘れ物しとって結局一度帰社することになった大馬鹿もんは俺や。はーほんま時間無駄にした。しかも気づいたのが鎌倉向かう途中やってん。で会社帰ったらやっぱり色々聞かれたり雑用お願いされたりするやん。もう嫌やほんま踏んだり蹴ったり、三時間は無駄にしたわ。
しかも途中、遅くなりそうやし、愛するばあちゃんが心配しとるやろー思て連絡したら、【だったら、ご飯食べて来る?】て返事見てまた凹んだわ。
ばあちゃん、愛する孫がどこで夕飯食べようとどうでもええねんな……一緒に過ごせるの、楽しみにしてくれてはるやろ、思てたんやけどな……。
そのまま残業まで押し付けられそうになったから、「今日誕生日なんで!」言うて席を立った。後輩が「え、マジっすかー、彼女とデートっすかー」て絡んで来たのは笑いでごまかして、さっさと会社を出たったわ。
まあな! これから熟女と食事すんねん! 羨ましいやろざまーみろ!!
そんな訳で、鎌倉に着いたのは、結局午後九時近くなってもうた。忘れ物せえへんかったら五時には着いとったつもりやったのになぁ。まだ明るい夏空の下、じいちゃんとちょっと散歩でもしよかー思てたのになぁ。ほんま散々や。愛する人たちとの時間を返せ! ――って忘れ物したの俺やんな!
駅に着く前から、なんやえらい混んでるなー、とは思うとったけど、なるほど、今日は花火大会だったらしい。浴衣や甚平姿の男女がわらわらおる。東京新宿品川もびっくりなくらいのごった返し具合や。誰かがホームに落ちてもおかしくないくらいや。係員が「押し合わないでください」言うのが聞こえる。改札では入場制限もしてはるようや。はー、鉄道員さんもご苦労なこっちゃな。
内心敬礼したい気持ちで改札をくぐり駅を出る。向かう先はばあちゃんち――ではなく、その逆。海へ向かう方角や。
実は電車が駅に着く前に、ばあちゃんからひとつお願いごとをされててん。
【礼奈を迎えに行ってもらえる? おじいちゃんが行く予定だったんだけど、疲れちゃって眠ってて】
愛する女性(しつこいけどばあちゃん)からこんなお願いされたら断れへんやろ。なおかつ、俺の鎌倉入りが遅れたのもこの為やった、ちゅう自分への言い訳も利くわけや。むしろ礼奈には感謝やな、と思いつつも、駅へ向かう人波が凄すぎて逆流するのは骨が折れる。こりゃ、じいちゃんには酷な仕事やな。俺が来て正解やったわ。
ちなみに、礼奈、ちゅうんは俺の従妹や。十二歳下、ちょうど一回り違いやな。干支は違うけど。何でて、俺が七月生まれ、礼奈が三月産まれだからや。
従妹の中でも一番歳が離れてて、礼奈が赤ちゃんのときにはもう俺は中学生。叔父の政人が「練習しとけ」言うんでおむつ替えもしたったくらいや。
政人んとこは上二人が男児で、一緒にヤンチャな遊びもしたったけど、末っ子の礼奈はおひいさま扱いや。叔母の彩乃さん似の猫目がくりっとしていて、じぃっと見上げられると何でも言うことを聞いてやりたくなんねん。
控えめに言ってかわいい。超かわいい。
礼奈が小学生に上がる前、俺が高校生の頃、おもちゃ屋さんでプレゼントを買ったったこともある。上二人が「あれ欲しー」「これやりたーい」と騒ぐ中、礼奈は俺のズボンにしがみついてただじぃっと一点を見とってん。それはアニメのプリンセスのドレスで、よくあるやろ、大きな着せ替え人形みたいに子どもが着るやつが。あれの前で、黙ってじーっとしてんねん。
俺が「欲しいんか?」言うと、礼奈ははっとして困ったような顔をした。まだ四歳かそこらやったのに愁傷なことや、「でも、お母さんが駄目って……」なんて言うねん。そんな顔見たらもう駄目やな、「お前こないだ誕生日やったろ、プレゼントしたる」て言うたらまあ顔をぱっと輝かせて、「ほんとに!?」て飛びはねた。
「ええで、特別な」なんて大人ぶって微笑んでたけどな、もうあれは身悶えるで。ほんまかわええねん、見せたいくらいや――あ、いや、実際そのとき、着た姿写真に撮ってスマホの待受にしてたけどな。いや変態言うなや。純粋に従妹かわいさやて。ドレスのスカートをつまみ上げて、照れ臭そうにはにかんでポーズ取ってな。ほんま天使みたいやってん。
スマホが何台と変わった今でも、その写真は中に入ってんねんけど――それは本人には絶対に内緒や。
前置きが長くなったけど、まあ礼奈と俺はそんな感じの関係やねん。従妹っちゅうより妹と姪の間くらいの感覚やな。溺愛っちゅーたら溺愛、礼奈のウェディングドレス姿見たら泣く自信あるで。本人にそんなん言うたら、そんな自信要らないてぶった切られそうやけど。
そう、礼奈は小学校高学年になる頃から、すっかり塩対応しかしてくれなくなったんや。女子は思春期が早いなぁ。十歳やそこらなんて、まだその兄の健人なんて「うんこ、ちんちん」で大喜びしてた年齢やで。それと一緒に笑い転げてた大学生が俺やけど。
で、しばらくの間、会えば白い目で見られ、交わす言葉も「学校楽しいか?」「うん、まあ」で終わるようなそんな時期が続いとって――思春期の父娘みたいやって? でも、礼奈は父親の政人とは仲ええねんで。政人がいるとにこにこぱっと笑顔が輝いて、それがまたかわいいし政人の溺愛も納得できるわ――高校生になった最近、ようやくまた会話をしてくれるようになった。うんうん、感無量やな。
まだリラックスして話すほどではないけど、それまで見せてきた睨むような顔はほとんどせえへん。それだけでも俺のガラスのハートは安心やわ。これが成長てもんなんやな。イトコたち見てるとしみじみ思うわ。
まあそんなこって、これからこの人波をかき分け、かわいいかわいい礼奈ちゃんを迎えに行くっちゅう訳や。
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