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本編
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「狛ちゃん、久しぶり」
午後にある10分休憩を終えた紗也加は、ロッカーの前で声をかけられて手を止めた。
バックヤードには、身の回りのものしまう小さなロッカーがある。制服に着替える必要がある女子には、更衣室にもロッカーがあるので、日中必要なものは小さめの鞄に入れて持ってきて、こうしてバックヤードに置いておくのだ。
振り向く反動でポニーテールがふわりと揺れる、その残像の先にスーツ姿の男をみとめ、にっと笑った。
ロッカーの鍵をしめると、その大振りなキーホルダーごと腰のポシェットにつっこむ。
「林ぱいせーん。お久しぶりでっす」
「相変わらずチャラいな」
「チャラくないです。先輩こそチャラいです」
「生意気な」
笑い合いながら話す隣を、他の社員が通っていく。その邪魔にならないよう、通路の端に寄った。
極力店舗面積を確保するため、バックヤードは最小限の広さしかない。華やかな百貨店の裏側がこんなに雑多な小路になっているなど、客には思いも寄らないだろう。
「どうしたんですか? 今日は外行かないんですか」
「うん、お得意さんが来るから」
林譲一は紗也加の三期上の先輩。新人時代のメンターであり、現在は外商担当だ。
採用当時、いきなり紳士服売場に配属だった紗也加は、この先輩から散々にセンスをけなされたものだったが、それも仕方ないと思うくらい、譲一は服のセンスが良い。
彼いわく、小柄だからこそファッションセンスで勝負しなければ女性に振り向いてもらえないーーということらしい。
確かに譲一は、平均的な身長である紗也加とさして目線が変わらない。その対等な目線が気安く思える原因なのか、紗也加もついつい緊張感のない態度を取ってしまう。
「年末商戦もぼちぼち本番だなぁ」
「そうなんですよ。マネージャーも結構ぴりぴりしてます」
「お前もそろそろ副マネくらいにはになるだろ。ちゃんと勉強しとけよ」
「ええ、どうなんでしょうね。一度総務課行くのもいいなーと思ってるんですけど」
「マジで?」
譲一は一重の目をまたたかせた。
「てっきりずっと接客がいいんだと思ってた。意外」
「そのまま内部事務だとちょっと嫌かもしれないですけど、一度は」
「行ったら戻って来れるか分からないぞ」
「それは林さんの話?」
譲一が苦笑する。彼の外商異動は当人が希望した訳ではない。が、愛想がよく威圧感がないので適任だと引っ張られたのだ。
「まあ、お客さんの意向が一番大事だからね」
「そうですねぇ。マダムに人気ありますもんねぇ」
紗也加がさもありなんと頷くと、譲一は半眼になった。
「お前、ほんと相変わらずな。減らず口」
「お褒めの言葉と受け取っておきます」
「ははっ」
譲一は笑った。そしてひらりと手を上げる。
「ま、そういうことにしとくよ。落ち着いたらまた飲みにでも行こうぜ、狛犬ちゃん」
「犬じゃないですー」
紗也加が唇を尖らせると、譲一は笑いながらフロアへと出て行った。
一瞬開いた押し戸の隙間から、光と喧騒が流れ込んで来る。譲一がスーツの背を正し、一礼してフロアへと歩き出すのが見えた。
紗也加のいるバックヤードも決して暗くはないのだが、フロアの照明とは全く違う。
あくまでフロアはお客様のものーー表舞台でありステージなのだ。
一方のバックヤードは、作業に必要な照明さえあればいい。そこにあるのは、商品を魅力的に見せるための努力ではなく、商品を的確に探し出す、または在庫を管理するための工夫だけ。
ふと紗也加は、一瞬見えたフロアの照明に、半年後の兄の結婚式を見た。
きっとその日も、紗也加は兄夫婦の姿を、眩しく思いながら見つめるのだろう。
紗也加はいつも、その輝きを支える側の人間だ。
人の輪の中心にいると見られていながら、その実、自分が主役になる機会には恵まれそうにないーー
ついついアンニュイな気分な浸りそうになり、紗也加はため息をついて時計を見た。
勤務時間はあと2時間。
シフトを思い返す。今日は早番、明日は休日。ーー絶好の寄り道日和だ。
さて今夜はどこに行こうかと考えながら、気分を上げる。
(やっぱり、楽しみなことを考えないとね)
一人、「よし」と気合いを入れて、休憩から戻ったことを告げに表へと向かった。
* * *
バーに寄った紗也加の帰宅は終電間際になった。
今日の店は久々に立ち寄ったのだったが、何度か見かけたことのある常連がいて、恋バナで盛り上がったのだ。
いわゆるオネェ系のその客は、近所の美容室で働いているらしい。
『さやちゃんの髪、ふわんふわんで可愛い~。そのうちヘアセットしてあげる。デートの前にでも寄って』
言われて渡された名刺をポケットの中で撫でながら、紗也加はふんふんとご機嫌な鼻歌を口ずさむ。
歩いていると、自宅のマンションの前に、一台の車が停まっているのが見えた。
夜でもよく見えるために白い車体を選んだーー
そう、持ち主が言っていたのを思い出す。
はっとして、とっさに回れ右しかけた紗也加に、軽いクラクションの音が聞こえた。
すっかり酔いが冷めた気分で振り返る。
開いた窓から覗いた白い顔が、街灯に照らし出されていた。
「よぉ、夜遊び少女」
久々に聞く声に、どきんと胸が高鳴る。
(夜でよかった)
ついでに、飲んだ後でよかった。
多少顔が赤くても、アルコールのせいにできるだろう。
そんなことを考えながら、気乗りしないとアピールするように、ぷらぷらと近づいていく。
「もう少女じゃないですー」
「じゃ、オバサン?」
「あたしがオバサンだったら、そっちは何なの」
「『イケメンのお兄さん』」
さらりと言って、翔は笑う。
「って、こないだ、スーパーのオバサンに言われた」
その笑い声は残念なほどに耳障りがいい。日頃、愛想がいいとは言えないのに、その笑い声だけはやたらと人の心をくすぐってくる。
思えば、少し詩乃のそれに似ている、と紗也加は思った。
おそらく当人も気付かないうちに、人を翻弄する笑い声。
「……何で平日にこんなとこいんの。会社リストラでもされたの?」
むくれ顔で言うと、翔はふと神妙な顔になる。
紗也加は動揺した。
「えっ、えーー」
翔は自動車メーカーの設計士をしている。もちろん、車が好きで選んだ仕事だ。就職先が決まったときには、珍しくくしゃくしゃの顔で笑っていた。
動揺した紗也加の顔を見て、翔が堪えかねたように噴き出した。
「そんなわけないだろ。騙されやすい奴」
笑いながら、ハンドルにかけた手を片方、紗也加の方に伸ばして来る。
「後ろ向いて」
「やだ」
「なんで」
「髪引っ張るつもりでしょ」
「なんだ、わかってるの」
おもしろくなさそうに翔は言って、仕方ないなとため息をついた。大人びた風情のわりに、やることが小学生じみている。紗也加は呆れながら、改めて問い直した。
「で、何でこんなとこにいるの?」
「お。お兄様を送り届けてやった優しい青年にその態度か?」
「え、お兄ちゃん、また潰れたの?」
「さすがにそれはない。明日仕事だし」
さして酒に強いわけでもないのに、飲むのが好きな兄なのだ。一方、酒には強いがあまり飲まない翔はよくドライバーとして優一を担いで帰ってくる。
「『こうやってお前と飲めるのもあと何回だろうなー』とか『自由が失われるのは切ないなー』とか、消極的なのろけを3時間聞かされた俺の身にもなれ」
紗也加は噴き出した。
「それ、のろけなの?」
「のろけだろ、どう考えても。あ、そうだ。それで思い出した、そこのタイヤのとこにさ」
翔は言って、身を乗り出すようにして後方のタイヤを指差した。紗也加が頭を下げてそちらを見やる。
ーーと、ポニーテールを後ろから引っ張られた。
「あっ! やられた!」
「ははははは」
翔は紗也加のポニーテールをにぎりしめたまま笑う。
「成長しねーなぁ」
「放っとけ!」
紗也加が身をよじると、翔は思いの外あっさりと手を離した。
(いつもならしばらく離さないのに)
ふと胸に去来した空虚感は、気付かないふりでやり過ごす。
「すぐ騙されるし。この短時間で二度も」
翔は満足げに笑いながら、車のエンジンをかけた。
ぶるる、と低い音が地面を伝って紗也加にも響いて来る。
「彼氏も作らずアラサーだし、こんな時間までふらふらするし。そりゃ、おにーさんも心配するわ」
紗也加は眉を寄せた。
「……お兄ちゃんが何か言ってたの?」
今朝の会話を思い出し、嫌な予感がする。
「……もしかして」
(私をもらってやってくれとか、そんなこと……)
思い当たってぞっとした。
翔は紗也加の顔を一瞥し、微笑んだ。
「別に何も。『兄馬鹿差し引いても、悪くないと思うんだけどなぁ。何でだろうなぁ』って言ってただけ。愛されてんね」
翔はこれで話は終わりだと言うように、片手を上げた。
「んじゃ、ま、お疲れ。夜遊びもほどほどにね、シンデレラちゃん」
その比喩はダサいと文句を言おうとした紗也加を差し置き、翔を乗せた車は走り去って行った。
その白い姿を見送って、ため息をつく。
知らぬ間に、動悸はいつもよりも数割早くリズムを刻んでいた。
「……心臓に悪い」
呟いてみる。
頬を押さえた。
両手で引っ張る。
無自覚に引き上がっていた口の端を、それで戻した。
同時に、脱力感が身体を襲う。
「……帰ろ」
歩き出してからふと気づく。
(……おやすみ、くらい、言えばよかった……)
思わぬ再会にしっかり浮き立っていたのだ。
そう気づき、自分に呆れた。
午後にある10分休憩を終えた紗也加は、ロッカーの前で声をかけられて手を止めた。
バックヤードには、身の回りのものしまう小さなロッカーがある。制服に着替える必要がある女子には、更衣室にもロッカーがあるので、日中必要なものは小さめの鞄に入れて持ってきて、こうしてバックヤードに置いておくのだ。
振り向く反動でポニーテールがふわりと揺れる、その残像の先にスーツ姿の男をみとめ、にっと笑った。
ロッカーの鍵をしめると、その大振りなキーホルダーごと腰のポシェットにつっこむ。
「林ぱいせーん。お久しぶりでっす」
「相変わらずチャラいな」
「チャラくないです。先輩こそチャラいです」
「生意気な」
笑い合いながら話す隣を、他の社員が通っていく。その邪魔にならないよう、通路の端に寄った。
極力店舗面積を確保するため、バックヤードは最小限の広さしかない。華やかな百貨店の裏側がこんなに雑多な小路になっているなど、客には思いも寄らないだろう。
「どうしたんですか? 今日は外行かないんですか」
「うん、お得意さんが来るから」
林譲一は紗也加の三期上の先輩。新人時代のメンターであり、現在は外商担当だ。
採用当時、いきなり紳士服売場に配属だった紗也加は、この先輩から散々にセンスをけなされたものだったが、それも仕方ないと思うくらい、譲一は服のセンスが良い。
彼いわく、小柄だからこそファッションセンスで勝負しなければ女性に振り向いてもらえないーーということらしい。
確かに譲一は、平均的な身長である紗也加とさして目線が変わらない。その対等な目線が気安く思える原因なのか、紗也加もついつい緊張感のない態度を取ってしまう。
「年末商戦もぼちぼち本番だなぁ」
「そうなんですよ。マネージャーも結構ぴりぴりしてます」
「お前もそろそろ副マネくらいにはになるだろ。ちゃんと勉強しとけよ」
「ええ、どうなんでしょうね。一度総務課行くのもいいなーと思ってるんですけど」
「マジで?」
譲一は一重の目をまたたかせた。
「てっきりずっと接客がいいんだと思ってた。意外」
「そのまま内部事務だとちょっと嫌かもしれないですけど、一度は」
「行ったら戻って来れるか分からないぞ」
「それは林さんの話?」
譲一が苦笑する。彼の外商異動は当人が希望した訳ではない。が、愛想がよく威圧感がないので適任だと引っ張られたのだ。
「まあ、お客さんの意向が一番大事だからね」
「そうですねぇ。マダムに人気ありますもんねぇ」
紗也加がさもありなんと頷くと、譲一は半眼になった。
「お前、ほんと相変わらずな。減らず口」
「お褒めの言葉と受け取っておきます」
「ははっ」
譲一は笑った。そしてひらりと手を上げる。
「ま、そういうことにしとくよ。落ち着いたらまた飲みにでも行こうぜ、狛犬ちゃん」
「犬じゃないですー」
紗也加が唇を尖らせると、譲一は笑いながらフロアへと出て行った。
一瞬開いた押し戸の隙間から、光と喧騒が流れ込んで来る。譲一がスーツの背を正し、一礼してフロアへと歩き出すのが見えた。
紗也加のいるバックヤードも決して暗くはないのだが、フロアの照明とは全く違う。
あくまでフロアはお客様のものーー表舞台でありステージなのだ。
一方のバックヤードは、作業に必要な照明さえあればいい。そこにあるのは、商品を魅力的に見せるための努力ではなく、商品を的確に探し出す、または在庫を管理するための工夫だけ。
ふと紗也加は、一瞬見えたフロアの照明に、半年後の兄の結婚式を見た。
きっとその日も、紗也加は兄夫婦の姿を、眩しく思いながら見つめるのだろう。
紗也加はいつも、その輝きを支える側の人間だ。
人の輪の中心にいると見られていながら、その実、自分が主役になる機会には恵まれそうにないーー
ついついアンニュイな気分な浸りそうになり、紗也加はため息をついて時計を見た。
勤務時間はあと2時間。
シフトを思い返す。今日は早番、明日は休日。ーー絶好の寄り道日和だ。
さて今夜はどこに行こうかと考えながら、気分を上げる。
(やっぱり、楽しみなことを考えないとね)
一人、「よし」と気合いを入れて、休憩から戻ったことを告げに表へと向かった。
* * *
バーに寄った紗也加の帰宅は終電間際になった。
今日の店は久々に立ち寄ったのだったが、何度か見かけたことのある常連がいて、恋バナで盛り上がったのだ。
いわゆるオネェ系のその客は、近所の美容室で働いているらしい。
『さやちゃんの髪、ふわんふわんで可愛い~。そのうちヘアセットしてあげる。デートの前にでも寄って』
言われて渡された名刺をポケットの中で撫でながら、紗也加はふんふんとご機嫌な鼻歌を口ずさむ。
歩いていると、自宅のマンションの前に、一台の車が停まっているのが見えた。
夜でもよく見えるために白い車体を選んだーー
そう、持ち主が言っていたのを思い出す。
はっとして、とっさに回れ右しかけた紗也加に、軽いクラクションの音が聞こえた。
すっかり酔いが冷めた気分で振り返る。
開いた窓から覗いた白い顔が、街灯に照らし出されていた。
「よぉ、夜遊び少女」
久々に聞く声に、どきんと胸が高鳴る。
(夜でよかった)
ついでに、飲んだ後でよかった。
多少顔が赤くても、アルコールのせいにできるだろう。
そんなことを考えながら、気乗りしないとアピールするように、ぷらぷらと近づいていく。
「もう少女じゃないですー」
「じゃ、オバサン?」
「あたしがオバサンだったら、そっちは何なの」
「『イケメンのお兄さん』」
さらりと言って、翔は笑う。
「って、こないだ、スーパーのオバサンに言われた」
その笑い声は残念なほどに耳障りがいい。日頃、愛想がいいとは言えないのに、その笑い声だけはやたらと人の心をくすぐってくる。
思えば、少し詩乃のそれに似ている、と紗也加は思った。
おそらく当人も気付かないうちに、人を翻弄する笑い声。
「……何で平日にこんなとこいんの。会社リストラでもされたの?」
むくれ顔で言うと、翔はふと神妙な顔になる。
紗也加は動揺した。
「えっ、えーー」
翔は自動車メーカーの設計士をしている。もちろん、車が好きで選んだ仕事だ。就職先が決まったときには、珍しくくしゃくしゃの顔で笑っていた。
動揺した紗也加の顔を見て、翔が堪えかねたように噴き出した。
「そんなわけないだろ。騙されやすい奴」
笑いながら、ハンドルにかけた手を片方、紗也加の方に伸ばして来る。
「後ろ向いて」
「やだ」
「なんで」
「髪引っ張るつもりでしょ」
「なんだ、わかってるの」
おもしろくなさそうに翔は言って、仕方ないなとため息をついた。大人びた風情のわりに、やることが小学生じみている。紗也加は呆れながら、改めて問い直した。
「で、何でこんなとこにいるの?」
「お。お兄様を送り届けてやった優しい青年にその態度か?」
「え、お兄ちゃん、また潰れたの?」
「さすがにそれはない。明日仕事だし」
さして酒に強いわけでもないのに、飲むのが好きな兄なのだ。一方、酒には強いがあまり飲まない翔はよくドライバーとして優一を担いで帰ってくる。
「『こうやってお前と飲めるのもあと何回だろうなー』とか『自由が失われるのは切ないなー』とか、消極的なのろけを3時間聞かされた俺の身にもなれ」
紗也加は噴き出した。
「それ、のろけなの?」
「のろけだろ、どう考えても。あ、そうだ。それで思い出した、そこのタイヤのとこにさ」
翔は言って、身を乗り出すようにして後方のタイヤを指差した。紗也加が頭を下げてそちらを見やる。
ーーと、ポニーテールを後ろから引っ張られた。
「あっ! やられた!」
「ははははは」
翔は紗也加のポニーテールをにぎりしめたまま笑う。
「成長しねーなぁ」
「放っとけ!」
紗也加が身をよじると、翔は思いの外あっさりと手を離した。
(いつもならしばらく離さないのに)
ふと胸に去来した空虚感は、気付かないふりでやり過ごす。
「すぐ騙されるし。この短時間で二度も」
翔は満足げに笑いながら、車のエンジンをかけた。
ぶるる、と低い音が地面を伝って紗也加にも響いて来る。
「彼氏も作らずアラサーだし、こんな時間までふらふらするし。そりゃ、おにーさんも心配するわ」
紗也加は眉を寄せた。
「……お兄ちゃんが何か言ってたの?」
今朝の会話を思い出し、嫌な予感がする。
「……もしかして」
(私をもらってやってくれとか、そんなこと……)
思い当たってぞっとした。
翔は紗也加の顔を一瞥し、微笑んだ。
「別に何も。『兄馬鹿差し引いても、悪くないと思うんだけどなぁ。何でだろうなぁ』って言ってただけ。愛されてんね」
翔はこれで話は終わりだと言うように、片手を上げた。
「んじゃ、ま、お疲れ。夜遊びもほどほどにね、シンデレラちゃん」
その比喩はダサいと文句を言おうとした紗也加を差し置き、翔を乗せた車は走り去って行った。
その白い姿を見送って、ため息をつく。
知らぬ間に、動悸はいつもよりも数割早くリズムを刻んでいた。
「……心臓に悪い」
呟いてみる。
頬を押さえた。
両手で引っ張る。
無自覚に引き上がっていた口の端を、それで戻した。
同時に、脱力感が身体を襲う。
「……帰ろ」
歩き出してからふと気づく。
(……おやすみ、くらい、言えばよかった……)
思わぬ再会にしっかり浮き立っていたのだ。
そう気づき、自分に呆れた。
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