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.第13章 永遠の誓い
355 結婚式(3)
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神社から会食会場まで移動すると、まずは和服のままで乾杯した。
普通は高砂を作るけれど、親族だけだし、みんなと距離があるのは嫌だからと、コの字型の座席にしてもらった。
私たちの近くから順に、両親、祖父母と兄たち、そして隼人さんたち家族が並んでいる。
「アットホームだから新郎新婦も食べられるわね」
「普通食べられないものなんですか?」
「そうよぉ。やたらと飲まされるし」
そう和歌子さんが笑ったとき、「どもども、飲ませに来ましたよ」と健人兄の声がした。栄太兄のグラスにビールを注ぎながら、明るく笑う。
「いやー、ほんとどうなることかと思ったけど、まあよかったね」
「お前が一番お節介焼いてたもんな」
笑う父に、健人兄が胸を張った。
「恋のキューピッドと呼んでもらってもいいんだぜ!」
「誰が呼ぶか。かき回しといて」
「まったまたー。俺のお膳立てがあったからここまで来れたんでしょー。放っておいたら、にぶちん同士、よぼよぼになるまで気づかなかったよ」
「それはそれで、結局一緒にいたかも」
私がぽつりと言ったら、両家の親が顔を見合わせて噴き出した。
「惚気るねぇ」
「えっ? え? いや、違、ノロケじゃなくて」
「いや、確かにそうなったかもしれないけど。まあ、惚気よね」
みんなに茶化されて、顔が熱を持つ。
うつむく私に兄が笑った。
「ま、礼奈も一杯」
「う、うん……」
差し出したグラスに、健人兄がお酒を注いでいく。じっと顔を見つめられて、何かと思えば優しく微笑まれた。
そこには茶化すような気配がなくて、思わずうろたえる。
「いろいろあったけど、よかったな。おめでとう」
「あり……がとう」
横から同じように酒瓶を手にした翔太くんが現れた。
「どもどもー。せっかくだから来てみました」
「ほらほら、栄太兄コップ空けて空けて」
「……お前ら、どんだけ飲ませる気やねん」
「どんだけ飲ませればへべれけになるか試してみようと思って」
「怖いこと言わはるなぁ」
翔太くんの言葉に孝次郎さんが笑っている。と、後ろから隼人さんも現れた。
「義兄さん、この度は」
「ああ、おおきに」
「仲がいいとは思ってたけど、びっくりだね、まさかこうなるとは」
「せやね」
お酒を注いで注がれて、孝次郎さんと隼人さんが話している。
黙って私たちを見ていた朝子ちゃんが、不意に「はぁ」とため息を漏らした。
「……いいなぁ、栄太郎お兄ちゃん」
「え? そっち?」
健人兄のツッコミに、朝子ちゃんはうっとりとした表情で私を見つめる。
「だって、礼奈ちゃん可愛いんだもん。……あんな可愛いお嫁さん、私も欲しい」
「分かる」
力強く同意したのは香子さんだ。うなずき合う母娘の様子に、私が反応に困っていると、健人兄が呆れた。
「そこ、女子校のノリで会話すんのやめてくれる? ついて行けないんだけど」
「えー。だって、健人くんも思うでしょ? 可愛いなーって」
朝子ちゃんが謎な同意を求める。どうせ茶化すんだろうと思っていた健人兄は、なぜか腰に手を当てて胸を張った。
「とーぜんでしょ。俺の妹が可愛くないわけがない」
「よく言うよ」
「初めて聞いたわ、そんな台詞」
兄の言葉に、父と母が笑った。「えー、だって父さんもそう思うでしょ」と兄が言って、父は笑った。
「当然だろ。俺の娘が可愛くないわけがない」
冗談めかして、同じ言葉を言っているのに、さらっと耳に入って来る声と優しい笑顔に思わずじんと来る。
「お父さん……」
「やめなよ父さん、この期に及んでファザコンに磨きかける気?」
「まあその辺は諦めてるから気にしてへんけど」
栄太兄がどこか達観したような表情でそう言うと、父が笑った。
「そう言って、俺の愛娘を奪ったのはお前だろ」
「なーに言ってんのよ」
父への反論は正面に座る和歌子さんからだ。
ちょっと酔っているのか、酔ったせいにしようとしているのか。目尻を赤くした和歌子さんが、唇を尖らせて珍しく子どもじみた表情をする。
「まさか最愛の息子まで政人に取られるなんて……やけ酒よやけ酒」
「ほどほどにしとき」
グラスをあおる妻の背をやんわりと撫で、孝次郎さんが微笑んだ。
「ええやんか、大事にしたい人ができたんやから。――それが何よりやで」
なぁ、と孝次郎さんの切れ長の目が私を向く。栄太兄に似た優しい微笑み思わず感動していたら、健人兄が「あっ、思わぬ伏兵」と茶化し、栄太兄が「父さんには負けへんで」と唇を尖らせた。
まったく、こんな日でもみんな、あいかわらずだ。
お色直しの時間が来ると、私だけ先に一時退席する。会場の外まで手を引いてもらうのは父だ。
今日はほとんど、形式ばったことはしないことにしたのだけれど、せっかくだから、ここだけは父にエスコートしてもらうことにした。
二人で退席し、衣装室へと向かう。
廊下を歩きながら、父を見上げた。
「お父さん……ごめんね」
「何がだ?」
「バージンロード。……一緒に歩けなくて」
母には結婚式の希望をあれこれ聞かれたけれど、祖父母の家の近くで式場を探そうと思ったら、チャペルウェディングは難しいだろうと早い段階で諦めてしまった。
けれど、父といつだか、そんな話をした記憶が残っていたのだ。
父は「そんなことか」と笑って、私を眩しそうに見下ろした。
「むしろ、よかったよ。そんな大役あったら、ちゃんと歩けた気がしないから」
「……お父さんが?」
「ああ」
父は笑って、衣装室に私を促す。
去り際、そっと私の手を離しながら、父は微笑んだ。
「おめでとう、礼奈。――綺麗だよ」
その目は少しだけ、潤んで赤くなっているように見えた。
普通は高砂を作るけれど、親族だけだし、みんなと距離があるのは嫌だからと、コの字型の座席にしてもらった。
私たちの近くから順に、両親、祖父母と兄たち、そして隼人さんたち家族が並んでいる。
「アットホームだから新郎新婦も食べられるわね」
「普通食べられないものなんですか?」
「そうよぉ。やたらと飲まされるし」
そう和歌子さんが笑ったとき、「どもども、飲ませに来ましたよ」と健人兄の声がした。栄太兄のグラスにビールを注ぎながら、明るく笑う。
「いやー、ほんとどうなることかと思ったけど、まあよかったね」
「お前が一番お節介焼いてたもんな」
笑う父に、健人兄が胸を張った。
「恋のキューピッドと呼んでもらってもいいんだぜ!」
「誰が呼ぶか。かき回しといて」
「まったまたー。俺のお膳立てがあったからここまで来れたんでしょー。放っておいたら、にぶちん同士、よぼよぼになるまで気づかなかったよ」
「それはそれで、結局一緒にいたかも」
私がぽつりと言ったら、両家の親が顔を見合わせて噴き出した。
「惚気るねぇ」
「えっ? え? いや、違、ノロケじゃなくて」
「いや、確かにそうなったかもしれないけど。まあ、惚気よね」
みんなに茶化されて、顔が熱を持つ。
うつむく私に兄が笑った。
「ま、礼奈も一杯」
「う、うん……」
差し出したグラスに、健人兄がお酒を注いでいく。じっと顔を見つめられて、何かと思えば優しく微笑まれた。
そこには茶化すような気配がなくて、思わずうろたえる。
「いろいろあったけど、よかったな。おめでとう」
「あり……がとう」
横から同じように酒瓶を手にした翔太くんが現れた。
「どもどもー。せっかくだから来てみました」
「ほらほら、栄太兄コップ空けて空けて」
「……お前ら、どんだけ飲ませる気やねん」
「どんだけ飲ませればへべれけになるか試してみようと思って」
「怖いこと言わはるなぁ」
翔太くんの言葉に孝次郎さんが笑っている。と、後ろから隼人さんも現れた。
「義兄さん、この度は」
「ああ、おおきに」
「仲がいいとは思ってたけど、びっくりだね、まさかこうなるとは」
「せやね」
お酒を注いで注がれて、孝次郎さんと隼人さんが話している。
黙って私たちを見ていた朝子ちゃんが、不意に「はぁ」とため息を漏らした。
「……いいなぁ、栄太郎お兄ちゃん」
「え? そっち?」
健人兄のツッコミに、朝子ちゃんはうっとりとした表情で私を見つめる。
「だって、礼奈ちゃん可愛いんだもん。……あんな可愛いお嫁さん、私も欲しい」
「分かる」
力強く同意したのは香子さんだ。うなずき合う母娘の様子に、私が反応に困っていると、健人兄が呆れた。
「そこ、女子校のノリで会話すんのやめてくれる? ついて行けないんだけど」
「えー。だって、健人くんも思うでしょ? 可愛いなーって」
朝子ちゃんが謎な同意を求める。どうせ茶化すんだろうと思っていた健人兄は、なぜか腰に手を当てて胸を張った。
「とーぜんでしょ。俺の妹が可愛くないわけがない」
「よく言うよ」
「初めて聞いたわ、そんな台詞」
兄の言葉に、父と母が笑った。「えー、だって父さんもそう思うでしょ」と兄が言って、父は笑った。
「当然だろ。俺の娘が可愛くないわけがない」
冗談めかして、同じ言葉を言っているのに、さらっと耳に入って来る声と優しい笑顔に思わずじんと来る。
「お父さん……」
「やめなよ父さん、この期に及んでファザコンに磨きかける気?」
「まあその辺は諦めてるから気にしてへんけど」
栄太兄がどこか達観したような表情でそう言うと、父が笑った。
「そう言って、俺の愛娘を奪ったのはお前だろ」
「なーに言ってんのよ」
父への反論は正面に座る和歌子さんからだ。
ちょっと酔っているのか、酔ったせいにしようとしているのか。目尻を赤くした和歌子さんが、唇を尖らせて珍しく子どもじみた表情をする。
「まさか最愛の息子まで政人に取られるなんて……やけ酒よやけ酒」
「ほどほどにしとき」
グラスをあおる妻の背をやんわりと撫で、孝次郎さんが微笑んだ。
「ええやんか、大事にしたい人ができたんやから。――それが何よりやで」
なぁ、と孝次郎さんの切れ長の目が私を向く。栄太兄に似た優しい微笑み思わず感動していたら、健人兄が「あっ、思わぬ伏兵」と茶化し、栄太兄が「父さんには負けへんで」と唇を尖らせた。
まったく、こんな日でもみんな、あいかわらずだ。
お色直しの時間が来ると、私だけ先に一時退席する。会場の外まで手を引いてもらうのは父だ。
今日はほとんど、形式ばったことはしないことにしたのだけれど、せっかくだから、ここだけは父にエスコートしてもらうことにした。
二人で退席し、衣装室へと向かう。
廊下を歩きながら、父を見上げた。
「お父さん……ごめんね」
「何がだ?」
「バージンロード。……一緒に歩けなくて」
母には結婚式の希望をあれこれ聞かれたけれど、祖父母の家の近くで式場を探そうと思ったら、チャペルウェディングは難しいだろうと早い段階で諦めてしまった。
けれど、父といつだか、そんな話をした記憶が残っていたのだ。
父は「そんなことか」と笑って、私を眩しそうに見下ろした。
「むしろ、よかったよ。そんな大役あったら、ちゃんと歩けた気がしないから」
「……お父さんが?」
「ああ」
父は笑って、衣装室に私を促す。
去り際、そっと私の手を離しながら、父は微笑んだ。
「おめでとう、礼奈。――綺麗だよ」
その目は少しだけ、潤んで赤くなっているように見えた。
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