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.第12章 親と子

312 1st Anniversary(3)

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 栄太兄はその日、家の前まで私を送り届けてから帰って行った。
 家には明かりがついていて、両親が帰ってきているのがわかった。

「ただいまー」

 母か父がいるらしい居間に声だけかけて、さっさと階段を登っていく。
 仰々しいワンピース姿を見られて、あれこれ言われたくなかった。
 居間からは「あら、礼奈? おかえりー」と母の機嫌のよさそうな声がしたけれど、ドキドキしながら「部屋に荷物置いてくるー」と平静を装って二階に上がる。母は何も気づかなかったらしく、見咎められることもなく部屋に入れてほっとした。
 誰もいなかった部屋の空気はひんやりと冷えていたけれど、明かりもつけずに息をつく。
 指先を唇に触れると、栄太兄の息遣いを思い出してまた胸がきゅんとした。

「……へへ」

 にやける頬を両手で押しつぶすようにして、誰に見せるわけでもない変顔をする。
 手にしたハンドバッグから、そろりと小さな箱を取り出した。
 開くと、中には、暗い部屋でも光を反射する、小さな輝き。

 ――ほんとに、綺麗。

 うっとりと見とれて、再び栄太兄の表情を思い出す。
 プロポーズの後、栄太兄は「ほんっと俺、かっこつかへんなぁ」と苦笑しながら、内ポケットから取り出してそれを私に差し出したのだ。
 ぱか、と開いた箱の中には、一粒の大きなダイヤ。ほぅ、と吐息をついた私に、栄太兄は頭を掻いた。

「……実は、これ……母さんのやねん」
「えっ?」

 驚いて顔を見れば、「奈良行ったときに持たされてん」と苦笑する。

「もし、気に入ればそれでもええし、気に入らへんかったらリメイクもできるらしいし――ああ、いや、もちろん買うてもええねんで。礼奈が気に入るものがあれば――」
「ううん」

 私は首を振って、その箱を受け取った。どきどきしながらリングのふちを撫でる。

「……孝次郎さんが、和歌子さんを迎えに行ったときに渡した指輪ってこと?」
「せや。……知っとったんか」
「うん。前に聞いた……」

 そんな大切なもの……いいのかな。なんだか、申し訳ない気もするけど。
 そう言おうと息を吸ったら、栄太兄の優しい笑顔があって、口をつぐんだ。

「『あんただけじゃ頼りないだろうから、私も一緒に礼奈ちゃんを守ってあげる』」
「え?」
「――要らなければお守りにでもしとけ、言うてたで」

 その気丈な台詞が、あまりにも伯母らしくて、私は思わず笑ってしまった。栄太兄は肩をすくめて、「ほんま、俺、母さんにどう思われてんねんやろな」と苦笑していたけれど、私にはむしろ、それが和歌子さんの栄太兄への愛情表現に思えたのだった。
 ――そんな姿をくっきりと思い出して、ひとりで「ふふ」と笑う。
 そのとき、ドアをノックする音がしてぎくりとした。

「礼奈? ――帰ったのか?」

 父の声だ。緩んだ顔を引き締め直して、ひと息つく。

「うん、今帰ったとこ――お風呂、入ってもいいかな?」
「ああ。今空いたところだから。――どうかしたのか?」

 再びぎくっとして、「別に。何で?」と問う。父は「いや……」と不思議そうに呟いて、

「部屋、電気点けてないみたいだから。――別に、何もないならいいんだ」

 私ははっとして、電気に手を伸ばす。けれど今さら点けるのも変だろうと思い直して手を止めた。

「いや、ちょっと荷物置きに上がっただけだから、いいかなと思って」
「そうか?」

 父はドアの向こうでそう言って、去ろうとした後、思いとどまったようだった。

「……礼奈」
「な、何?」
「えーと。……彩乃には言わないから、後で少し話そう」

 ――何で?

 私は想わず両頬を手で覆った。何で? どうして何か、バレてんの? お父さん、超能力者!?

「いつもだったら、すぐドア開けるだろ。――まあ、その分かり易さがいいところだけど」

 とりあえず、落ち込んでるわけじゃなさそうだからよかったよ。
 父はまるで私の混乱をも察したようにそう言い置いて、部屋の前からいなくなったらしかった。
 私はその場にずるずると座り込み、膝を抱えて顔を覆う。

 ――何っでこう、私ってば――

 はぁあああ、とため息をついて、自分の浅はかさを呪うのだった。
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