上 下
310 / 368
.第12章 親と子

306 新年会(2)

しおりを挟む
 十分後、思った通り両親もやって来た。
 祖父母の家で両親と「明けましておめでとう」と挨拶を交わすのはなんだか不思議な気持ちだったけれど、そう思ったのは私だけじゃないらしい。両親も顔を見合わせて笑っていた。

「健人兄はまだ?」
「ああ。昨日、友達と新年会だって言ってたからな。飲み過ぎてまだ寝てるんじゃないか」
「ええー?」

 父の台詞に、思わず呆れる。
 悠人兄は元々仕事があるから不参加と聞いていたから仕方ないけれど、健人兄ってばほんとマイペースなんだから。
 社会人になっても相変わらずだ。

「電話でもする?」

 ちら、と時計を見ると、もう11時半になろうとしている。新年会といえば毎年一緒に昼食を摂るのがメインなのに、都内の家からこちらに来るなら、今から出ても13時を過ぎてしまうだろう。
 「せっかくなのに」と唇を尖らせる私に、「まあまあ」と後ろから聞こえたのは栄太兄の声だった。
 振り向くと、栄太兄が両親に微笑んでいる。

「明けましておめでとう。今年もよろしゅう頼んます」
「ああ、こちらこそ」
「ふふふ」

 母が口元に手を当てる。

「栄太郎くんには、今まで以上にお世話になりそうだものねぇ」

 ちらっと私に視線を向けられて、思わず顔を赤らめる。
 照れるかと思っていた栄太兄は、私の肩に手を当ててまっすぐに母に向き直った。

「はい。――よろしくお願いします」

 すっと頭を下げた横顔に、思わず目を丸くする。
 えっ、何、何? いきなり、かっこいいんだけど。
 決意を固めたような目が母を見据えた後、私に向けて細められた。
 どき、と心臓が高鳴る。

「あら、まぁ」

 香子さんが呟いたのが聞こえた。
 次いで、隼人さんの声がする。

「困ったね。健人くんがいないと、ツッコミ役がいなくて野放し状態だ」
「野放しって何やねん」

 振り向いた栄太兄がツッコミを入れて、隼人さんは笑いながら肩をすくめる。
 そちらに目を向けていた私は、逆側の腕を引かれて驚いた。

「礼奈ちゃんってば、目がこんなんなってるよ」

 茶化して笑う朝子ちゃんの両手が、ハートマークを形作る。
 私は慌てて、朝子ちゃんと両親を見比べた。

「そ、そんなこと……」
「あるあるぅ」

 朝子ちゃんは笑って私の肩を叩くと、父に笑いかけた。

「政人さんも安心ですね、栄太兄なら気も知れてるし」

 父は母と顔を見合わせて、「そう……かな」と曖昧に答えた後、「まあ、そう、かな」と言い直した。
 その反応に、栄太兄が肩を落とす。

「……もしかして、あんまり賛成してへん……?」
「いや、そんなことはないぞ。少なくとも俺は」
「ちょっと、政人。まるで私が反対してるみたいな言い方しないで」

 父と母が言い合うのを見て、朝子ちゃんが肩をすくめて私に耳打ちした。

「ごめん。この話、藪蛇だったかな?」
「うん……」

 そういうわけでもないと……思うんだけど。

 私は困った笑顔を浮かべて、両親と栄太兄を見比べた。

 ***

 例年のように順にお屠蘇を飲んで、それぞれ思い思いの場所に座って食事を始めた。近況報告で盛り上がる中で、どうしても私たちの話が一つの話題になる。

「どうだった、姉さんたち。元気だった?」
「ああ、元気やったで」

 父に訊かれて、栄太兄が頷いた。「な」と同意を求められて私も頷く。

「相変わらずパワフルだったよ」
「パワフル、なぁ。まあ、言い方次第やなぁ」

 私の言葉に栄太兄が苦笑した。父も同じように苦笑する。

「姉さんは強烈だからなぁ。まあ、でも、特段問題なく挨拶できたってことならよかったよ」

 父がそう言って、私の頭をぽんと叩いた。みんなの手前気恥ずかしくて、あいまいにうつむきながら頷く。
 そのとき、スマホが鳴った。見れば、健人兄からのメッセージだ。

「健人、駅に着いたって。買うものとかあるか?」
「特には」

 栄太兄が首を振った横で、よたよたと祖父が立ち上がる。栄太兄がそれに気づいて顔を向けた。

「あ、何やじいちゃん。どっか行くんか?」
「健人を迎えに」
「迎えに? あー、散歩したいねんな。分かった、俺も行くから――」

 じゃあ私も、と立ち上がりかけたところで、父に手で制された。食卓に座っていた祖母が、「おじいちゃん、お散歩? それなら、私も」と立ち上がる。
 私が戸惑って父を見上げると、「俺と栄太郎が行くから、お前は残ってろ」と微笑む。私は頷いて、四人を見送った。

「え、だったら翔太を上に寝かせて、俺も行こうかな」

 メンバーを見て、隼人さんも立ち上がる。残るのは私と母、香子さんと朝子ちゃんになるから、ちょっとした女子会だ。

「翔太。上行くぞ」

 隼人さんは眠っている息子に声をかけ、肩を貸して立ち上がらせた。

「大きくなったもんだ」
「身体はね」

 苦笑する隼人さんに答えたのは朝子ちゃんで、私は思わず噴き出した。
 隼人さんはどうにか翔太くんを歩かせると、2階に寝かせ、祖父母や父たちと共に外へ出て行った。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...