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.第11章 祖父母と孫
284 年末の過ごし方(2)
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「……で、どういう話なんだ?」
「うん……」
私はため息混じりに頷いて、栄太兄に奈良に行こうと言われたこと、イブと大晦日の鎌倉泊は自分から希望したことを話した。父は「そうか」と微笑んで、「栄太郎の意図は確認したのか?」と問われる。私はまた、こくりと頷いた。
「健人が言ってた意味か?」
「……一応」
「俺に先に言うってことは、彩乃より先に意見を聞きたいってことだな?」
ずばりと訊かれて、こくりと頷く。父の手元で、きんぴらごぼうが芳ばしい香りを漂わせている。
「……だって、反対するならお父さんじゃなくてお母さんかなって」
「まあ、それはそうだろうな」
父も頷いて、コンロの火を止め、ふむと息をついた。
「俺は止める理由もないと思うけど――そうだなぁ。栄太郎はどうなんだ、学生の内に、とか、考えてる様子なのか?」
「ううん。そこまでの話は……」
私は肩をすくめた。
「栄太兄は、私が卒業するまで待つつもりだと思う。――ちゃんと、話したことはないけど」
「まあ。それが妥当だろうな」
「……うん……」
私がうつむいていると、きんぴらごぼうをお皿に盛りつけた父はため息をつく。
「礼奈は、学生結婚でも考えてるのか?」
その言葉に、ぎくりとした。
うつむいたままでいると、父は次の料理の準備を始める。
小麦粉を出したのを見て、私もバットを用意する。白い粉を広げると、たらにまぶした。
フライパンに油を引いて、たらを軽く揚げる。
たらの周辺が泡立つのを見ながら、私は口を開いた。
「……高校生のときね」
「うん」
「おじいちゃんが、言ってたの」
私の言葉を、父は静かな目で促した。
私はためらった後、小さく呟く。
「――栄太郎の晴れ姿が、見られるかなって」
父は目をフライパンへ戻して、手慣れた仕草でたらをひっくり返した。
「――それなら、もっと長生きしてもらわないとな」
その言葉に、私はまた顔を上げた。
「あと、4、5年の辛抱だよ」
4、5年――
私が社会に出るまで。
社会に出て、仕事に慣れるまで――
私だって、そう思っていた。けど。
――そこまで、祖父母が元気でいられるとは、限らない。
むしろ、祖父母は私の目に、今にもその命の灯火を絶やすのではという風に見える。
「彩乃が反対するだろうっていうのは、お前も分かってるんだろ?」
こくり、と頷いた私に、父は苦笑を浮かべた。
「そうなんだけど……私も前まではそう思ってたんだけど。……でも……」
「お前の気持ちは分かる」
珍しく私の言葉を遮るように言って、父は微笑んだ。
「でも、彩乃と栄太郎の気持ちも分かる」
「栄太兄の?」
父は私を優しい目で見やってから、たらをひっくり返した。
フライパンの上で、キツネ色に焦げ目のついたたらがじゅうじゅう音を立てている。
「彩乃に不要な心配はさせたくないと思ってるはずだ」
私は父の横顔を見上げて、うつむいた。
しいたけに肉詰めしながら、黙って父の言葉に耳を傾ける。
「栄太郎はいつまでも待つだろうな。――彩乃がそう望むなら」
「……私と栄太兄のことなのに?」
「だからこそだよ」
父は笑った。
「相手の大切な家族なら、自分も大切にしたい。――だろ?」
「それは……そうかもしれないけど」
落胆に、私は唇を尖らせてうつむいた。父は苦笑して私の肩を叩く。
「まあ、それはそれ、これはこれだ。奈良旅行と年末の鎌倉泊りについては俺は反対しないよ」
「……お母さんはどうかな」
おずおずと訊ねると、父はにこりと笑って言った。
「それは自分で訊くんだな」
***
「ふぅん。奈良にねぇ……」
30分後、部屋で休んでいた悠人兄も降りて来て、家族全員でご飯を食べ始めた。
父に促されるように冬休みのことを話したら、母はちょっと考えるように繰り返して私の顔を見つめた。
「……ていうことは、冬休みはインターンには行かないのね」
じっ、と横顔を見つめられて、ぎくりと肩をすくめる。
それは……若干、私も思わなくはなかった、けど。
「は……春休みには、また行こうと思ってるんだけど」
「まーまー、いいじゃん、そんなカタいこと言わなくても」
横から口を出したのは健人兄だった。母にからりとした笑顔を向けて、健人兄は私の肩を叩く。
「本格的な就活の前にエネルギー充電しなくちゃな。息抜きも大事だって。ね?」
うん、ともううん、とも答えられず、そっと母の様子を伺う。
母は私と目を合わせないまま、「政人は?」と父を見た。父が苦笑しながら「俺は反対しないよ」と答えると、「そう」とまた短く答える。
若干緊張した空気に、私が小さくなっていると、悠人兄がおっとりと口を開いた。
「このしいたけの肉詰め、美味いね。そっか、肉詰めかぁ。今度やってみようかな」
……超絶マイペース……。
ぱくぱくと、次から次にしいたけの肉詰めを口に運ぶ悠人兄に、家族4人が無言で視線を送る。さすがに気づいたらしい悠人兄がきょとんとした顔で首を傾げた。
「……? 何?」
「いや……何でも……」
「兄さんはあれだよ、カロリー摂取に忙しいんだよ。この筋肉維持しないとだから」
ぺしぺし肩を叩く健人兄の謎なフォローに、悠人兄が「痛いよ、健人」と唇を尖らせる。母はやれやれと言うようにため息をついた。
「まあ、就活もちゃんとするなら、いいんじゃない。気を付けて行ってらっしゃいね。和歌子さんたちにも、ご迷惑にならないように」
「う、うん」
ほっ、とながら、こくこく頷く。
とりあえず、頭ごなしにダメって言われなくてよかった。
もうひとつ、せっかくの機会に、母に聞いておきたいことがあるのだけど……
口を開きかけて閉じ、ちらっと母を見上げた。
「何、どしたの。言いたいことあるなら言えば」
健人兄に促され、私はゆっくり口を開く。
「お、お母さん。あの……」
「なぁに?」
母もしいたけの肉詰めを口に運んで、「あら美味しい」と頬をほころばせる。父が「礼奈が作ってくれたよ」と声をかけた。
「そうなの? 礼奈」
「うん」
「美味しくできたわね」
「う、うん……」
でも、あの――いや――そうじゃなくって……!
「お、お母さんっ」
「何よ」
「そのっ――」
私は顔が赤くなっているのを自覚しながら、思い切って息を吸う。
「鎌倉に挨拶に行ったときって、どういう感じだった!?」
訊いた瞬間、母がきょとんとして、父が噴き出すのが見えた。
「うん……」
私はため息混じりに頷いて、栄太兄に奈良に行こうと言われたこと、イブと大晦日の鎌倉泊は自分から希望したことを話した。父は「そうか」と微笑んで、「栄太郎の意図は確認したのか?」と問われる。私はまた、こくりと頷いた。
「健人が言ってた意味か?」
「……一応」
「俺に先に言うってことは、彩乃より先に意見を聞きたいってことだな?」
ずばりと訊かれて、こくりと頷く。父の手元で、きんぴらごぼうが芳ばしい香りを漂わせている。
「……だって、反対するならお父さんじゃなくてお母さんかなって」
「まあ、それはそうだろうな」
父も頷いて、コンロの火を止め、ふむと息をついた。
「俺は止める理由もないと思うけど――そうだなぁ。栄太郎はどうなんだ、学生の内に、とか、考えてる様子なのか?」
「ううん。そこまでの話は……」
私は肩をすくめた。
「栄太兄は、私が卒業するまで待つつもりだと思う。――ちゃんと、話したことはないけど」
「まあ。それが妥当だろうな」
「……うん……」
私がうつむいていると、きんぴらごぼうをお皿に盛りつけた父はため息をつく。
「礼奈は、学生結婚でも考えてるのか?」
その言葉に、ぎくりとした。
うつむいたままでいると、父は次の料理の準備を始める。
小麦粉を出したのを見て、私もバットを用意する。白い粉を広げると、たらにまぶした。
フライパンに油を引いて、たらを軽く揚げる。
たらの周辺が泡立つのを見ながら、私は口を開いた。
「……高校生のときね」
「うん」
「おじいちゃんが、言ってたの」
私の言葉を、父は静かな目で促した。
私はためらった後、小さく呟く。
「――栄太郎の晴れ姿が、見られるかなって」
父は目をフライパンへ戻して、手慣れた仕草でたらをひっくり返した。
「――それなら、もっと長生きしてもらわないとな」
その言葉に、私はまた顔を上げた。
「あと、4、5年の辛抱だよ」
4、5年――
私が社会に出るまで。
社会に出て、仕事に慣れるまで――
私だって、そう思っていた。けど。
――そこまで、祖父母が元気でいられるとは、限らない。
むしろ、祖父母は私の目に、今にもその命の灯火を絶やすのではという風に見える。
「彩乃が反対するだろうっていうのは、お前も分かってるんだろ?」
こくり、と頷いた私に、父は苦笑を浮かべた。
「そうなんだけど……私も前まではそう思ってたんだけど。……でも……」
「お前の気持ちは分かる」
珍しく私の言葉を遮るように言って、父は微笑んだ。
「でも、彩乃と栄太郎の気持ちも分かる」
「栄太兄の?」
父は私を優しい目で見やってから、たらをひっくり返した。
フライパンの上で、キツネ色に焦げ目のついたたらがじゅうじゅう音を立てている。
「彩乃に不要な心配はさせたくないと思ってるはずだ」
私は父の横顔を見上げて、うつむいた。
しいたけに肉詰めしながら、黙って父の言葉に耳を傾ける。
「栄太郎はいつまでも待つだろうな。――彩乃がそう望むなら」
「……私と栄太兄のことなのに?」
「だからこそだよ」
父は笑った。
「相手の大切な家族なら、自分も大切にしたい。――だろ?」
「それは……そうかもしれないけど」
落胆に、私は唇を尖らせてうつむいた。父は苦笑して私の肩を叩く。
「まあ、それはそれ、これはこれだ。奈良旅行と年末の鎌倉泊りについては俺は反対しないよ」
「……お母さんはどうかな」
おずおずと訊ねると、父はにこりと笑って言った。
「それは自分で訊くんだな」
***
「ふぅん。奈良にねぇ……」
30分後、部屋で休んでいた悠人兄も降りて来て、家族全員でご飯を食べ始めた。
父に促されるように冬休みのことを話したら、母はちょっと考えるように繰り返して私の顔を見つめた。
「……ていうことは、冬休みはインターンには行かないのね」
じっ、と横顔を見つめられて、ぎくりと肩をすくめる。
それは……若干、私も思わなくはなかった、けど。
「は……春休みには、また行こうと思ってるんだけど」
「まーまー、いいじゃん、そんなカタいこと言わなくても」
横から口を出したのは健人兄だった。母にからりとした笑顔を向けて、健人兄は私の肩を叩く。
「本格的な就活の前にエネルギー充電しなくちゃな。息抜きも大事だって。ね?」
うん、ともううん、とも答えられず、そっと母の様子を伺う。
母は私と目を合わせないまま、「政人は?」と父を見た。父が苦笑しながら「俺は反対しないよ」と答えると、「そう」とまた短く答える。
若干緊張した空気に、私が小さくなっていると、悠人兄がおっとりと口を開いた。
「このしいたけの肉詰め、美味いね。そっか、肉詰めかぁ。今度やってみようかな」
……超絶マイペース……。
ぱくぱくと、次から次にしいたけの肉詰めを口に運ぶ悠人兄に、家族4人が無言で視線を送る。さすがに気づいたらしい悠人兄がきょとんとした顔で首を傾げた。
「……? 何?」
「いや……何でも……」
「兄さんはあれだよ、カロリー摂取に忙しいんだよ。この筋肉維持しないとだから」
ぺしぺし肩を叩く健人兄の謎なフォローに、悠人兄が「痛いよ、健人」と唇を尖らせる。母はやれやれと言うようにため息をついた。
「まあ、就活もちゃんとするなら、いいんじゃない。気を付けて行ってらっしゃいね。和歌子さんたちにも、ご迷惑にならないように」
「う、うん」
ほっ、とながら、こくこく頷く。
とりあえず、頭ごなしにダメって言われなくてよかった。
もうひとつ、せっかくの機会に、母に聞いておきたいことがあるのだけど……
口を開きかけて閉じ、ちらっと母を見上げた。
「何、どしたの。言いたいことあるなら言えば」
健人兄に促され、私はゆっくり口を開く。
「お、お母さん。あの……」
「なぁに?」
母もしいたけの肉詰めを口に運んで、「あら美味しい」と頬をほころばせる。父が「礼奈が作ってくれたよ」と声をかけた。
「そうなの? 礼奈」
「うん」
「美味しくできたわね」
「う、うん……」
でも、あの――いや――そうじゃなくって……!
「お、お母さんっ」
「何よ」
「そのっ――」
私は顔が赤くなっているのを自覚しながら、思い切って息を吸う。
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