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.第10章 インターン
256 社内恋愛(1)
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土日をバイトに費やして、日曜の夜に健人兄の家に戻り、週明けにはまたインターン先へ出勤した。
千草さんに指示された通り、先週と同じように人財課を訪ね、始業時間になってから、庶務課へと移動する。
「先週までお休みだった先輩が、今日からまた出勤してるはずだから。聞けばいろいろ教えてくれると思うよ」
「あ、はい。分かりました」
せっかく一週間で人財課の空気に慣れたところだったのに、同じ会社の中とは言っても、やっぱり違うところに行くとなると緊張する。とはいっても、山下くんも浦崎さんもいるところだから、大丈夫。大丈夫――と、半ば自分に言い聞かせながら千草さんの後に従った。
「おはようございまーす。人財課の千草です」
「あ、千草さん、おはようございます」
「おはようございます」
庶務課の人たちが振り向いて、口々に千草さんに挨拶をする。
そういえば、前の所属はここだったって言ったっけ。「久しぶり」とか「がんばってる?」とか、あれこれ声をかけられてにこやかに答えていた千草さんは、一人の社員の前で立ち止まった。
「矢司部さん、ご無沙汰です」
「ああ、千草ちゃん。お疲れ」
にこ、と笑ったその人は、すらりとした長身の男性だった。
垂れがちの目に細い眉。
背の高さが、栄太兄と同じくらいかな――なんて無意識に考えている自分に気づいてうろたえる。
矢司部さんは千草さんから私に視線を向けた。
「その子? インターンの」
「そうです。今日明日、庶務課の仕事をお願いしたいと思うので。矢司部さん、ご指導よろしくお願いします」
千草さんがはきはき言うと、矢司部さんは肩をすくめた。
「休みボケしてるから、むしろ教えてもらっちゃうかも」
「またまた、冗談言って。――どうでした、新婚旅行」
千草さんがうりうりと肘でつつくと、矢司部さんはくすぐったそうに笑う。
「無事、成田離婚されずに済んだよ。――おかげさまで」
「そりゃ、残念」
「なんで残念なの。千草ちゃんてばひどいな」
「だって、一人だけ勝ち逃げって感じ。独身同盟結んでたはずなのに」
「そんなのあったっけ?」
二人の軽口はたぶんいつものことなのだろう。周りは気にする気配もなく、淡々と仕事している。
けれど、その中で一人、浦崎さんだけがちらちらと二人の様子を気にしていた。
私は思わず3人を順に見比べて、いろいろと察してしまった。
後輩と結婚した憧れの先輩。新婚旅行――
つまり、金曜に連れて行ってくれたお店に、千草さんとよく行っていたのがこの矢司部さんということなのだろう。
そんなことを頭の端で考えていたら、千草さんと矢司部さんの話はひと段落したらしい。「お礼に今日、ランチ奢るよ。橘さんも一緒に行こうね」と言われ、いったいいつ自己紹介したっけと一瞬考えてしまったけれど、千草さんが話の中で私の名前を言っていたのだと分かった。私は慌てて頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
ぽん、と頭に降りてきたのは数枚の書類が入ったファイルだ。顔を上げれば、「これ、会議室の利用記録。早速一つ目のお仕事お願いするよ」と笑顔でキャビネットへと促された。千草さんが「がんばってね」と手を振って去って行くのに頭を下げて、矢司部さんの後ろについていく。
コツコツと心地よい靴音に、思わず矢司部さんの足元を見ると、茶色の革靴はぴかぴかに磨いてあった。
「会議室の貸し出し関係、お願いしようと思うんだ。鍵はここ。こっちから、A会、B会、1小、2小、3小……略称、分かるかな?」
「はい。初日に千草さんから聞きました」
「お、いいね。優秀、優秀」
矢司部さんはにこりと笑って、ぽんぽんと私の頭を指先で叩く。距離の縮め方が上手い人だな、と見上げると、仮予約の流れや鍵の受け渡しについて説明された。
「ていっても、そんなに件数も多くないし、最初のうちは僕を呼んで。慣れたらぼちぼちやってくれればいいよ。――って、そんなに時間もないけど――とりあえず今日は電話当番をお願いしようかな」
矢司部さんはそう言って、ちょっといたずらっぽい笑顔で声を潜めた。
「実は俺、一週間休んでたからメールチェックでしばらく時間かかりそうなんだ。集中してやっちゃえばすぐだから、俺宛の電話、全部折り返しにしといて欲しくて。お願いできる?」
「あ、はい。分かりました」
「ありがと、助かる。――ほんとはこんなズルしちゃ駄目なんだけどね」
だから内緒、と矢司部さんが人差し指を口に添える。私はくすりと笑って、「分かりました」と頷いた。
千草さんに指示された通り、先週と同じように人財課を訪ね、始業時間になってから、庶務課へと移動する。
「先週までお休みだった先輩が、今日からまた出勤してるはずだから。聞けばいろいろ教えてくれると思うよ」
「あ、はい。分かりました」
せっかく一週間で人財課の空気に慣れたところだったのに、同じ会社の中とは言っても、やっぱり違うところに行くとなると緊張する。とはいっても、山下くんも浦崎さんもいるところだから、大丈夫。大丈夫――と、半ば自分に言い聞かせながら千草さんの後に従った。
「おはようございまーす。人財課の千草です」
「あ、千草さん、おはようございます」
「おはようございます」
庶務課の人たちが振り向いて、口々に千草さんに挨拶をする。
そういえば、前の所属はここだったって言ったっけ。「久しぶり」とか「がんばってる?」とか、あれこれ声をかけられてにこやかに答えていた千草さんは、一人の社員の前で立ち止まった。
「矢司部さん、ご無沙汰です」
「ああ、千草ちゃん。お疲れ」
にこ、と笑ったその人は、すらりとした長身の男性だった。
垂れがちの目に細い眉。
背の高さが、栄太兄と同じくらいかな――なんて無意識に考えている自分に気づいてうろたえる。
矢司部さんは千草さんから私に視線を向けた。
「その子? インターンの」
「そうです。今日明日、庶務課の仕事をお願いしたいと思うので。矢司部さん、ご指導よろしくお願いします」
千草さんがはきはき言うと、矢司部さんは肩をすくめた。
「休みボケしてるから、むしろ教えてもらっちゃうかも」
「またまた、冗談言って。――どうでした、新婚旅行」
千草さんがうりうりと肘でつつくと、矢司部さんはくすぐったそうに笑う。
「無事、成田離婚されずに済んだよ。――おかげさまで」
「そりゃ、残念」
「なんで残念なの。千草ちゃんてばひどいな」
「だって、一人だけ勝ち逃げって感じ。独身同盟結んでたはずなのに」
「そんなのあったっけ?」
二人の軽口はたぶんいつものことなのだろう。周りは気にする気配もなく、淡々と仕事している。
けれど、その中で一人、浦崎さんだけがちらちらと二人の様子を気にしていた。
私は思わず3人を順に見比べて、いろいろと察してしまった。
後輩と結婚した憧れの先輩。新婚旅行――
つまり、金曜に連れて行ってくれたお店に、千草さんとよく行っていたのがこの矢司部さんということなのだろう。
そんなことを頭の端で考えていたら、千草さんと矢司部さんの話はひと段落したらしい。「お礼に今日、ランチ奢るよ。橘さんも一緒に行こうね」と言われ、いったいいつ自己紹介したっけと一瞬考えてしまったけれど、千草さんが話の中で私の名前を言っていたのだと分かった。私は慌てて頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
ぽん、と頭に降りてきたのは数枚の書類が入ったファイルだ。顔を上げれば、「これ、会議室の利用記録。早速一つ目のお仕事お願いするよ」と笑顔でキャビネットへと促された。千草さんが「がんばってね」と手を振って去って行くのに頭を下げて、矢司部さんの後ろについていく。
コツコツと心地よい靴音に、思わず矢司部さんの足元を見ると、茶色の革靴はぴかぴかに磨いてあった。
「会議室の貸し出し関係、お願いしようと思うんだ。鍵はここ。こっちから、A会、B会、1小、2小、3小……略称、分かるかな?」
「はい。初日に千草さんから聞きました」
「お、いいね。優秀、優秀」
矢司部さんはにこりと笑って、ぽんぽんと私の頭を指先で叩く。距離の縮め方が上手い人だな、と見上げると、仮予約の流れや鍵の受け渡しについて説明された。
「ていっても、そんなに件数も多くないし、最初のうちは僕を呼んで。慣れたらぼちぼちやってくれればいいよ。――って、そんなに時間もないけど――とりあえず今日は電話当番をお願いしようかな」
矢司部さんはそう言って、ちょっといたずらっぽい笑顔で声を潜めた。
「実は俺、一週間休んでたからメールチェックでしばらく時間かかりそうなんだ。集中してやっちゃえばすぐだから、俺宛の電話、全部折り返しにしといて欲しくて。お願いできる?」
「あ、はい。分かりました」
「ありがと、助かる。――ほんとはこんなズルしちゃ駄目なんだけどね」
だから内緒、と矢司部さんが人差し指を口に添える。私はくすりと笑って、「分かりました」と頷いた。
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