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.第8章 終わりと始まり
204 バラの花束
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バレンタインデー当日。昨年、ゆっくり過ごせなかった両親は、母の発案で休みを取ってまで二人の時間を確保したらしい。
「礼奈、服見てくれない?」
「いいよ」
「なんだ、まだ決まってないのか?」
「だ、だってぇ」
こういうときにはやたらと優柔不断な母が、眉を寄せて唇をとがらせている。私はくすくす笑いながら、身支度している母に招かれて両親の寝室に入った。
「これにしようかと思ってたんだけど、今日寒そうだからこっちにした方がいいかなって……」
「ああ、そうだね。でも、そうするとパンツは?」
「そうなの……だからどうしようかなって」
「じゃあ私の貸してあげるよ」
「ありがと」
自分の部屋から持ってきたパンツを渡すと、母がほっとしたように着替えを済ませる。
父とでかけるのを楽しみにしていた母は、その準備をするにも嬉しそうだ。
そんな姿を微笑ましく見ていたら、母は少し気恥ずかしそうに首を傾げた。
「礼奈は? 今日の予定は?」
「ううん、特に何も。午後からバイト」
私の答えに、母はただ「そう」と答えてアクセサリーの引き出しを開ける。
慶次郎と別れたことは、わざわざ両親に伝えてはいない。けれど、しょっちゅう家まで送ってくれていた慶次郎の姿が見えなくなったのだから、薄々感づいてはいるだろう。それでも、深く訊ねてくることはなかった。
「ネックレス、これにするつもりなんだけど」
「うん、いいと思う」
そんな会話をしていたら、「彩乃、準備どうだ?」と父が覗き込んで来た。
「もう少し」
「礼奈がいて助かったぁ」
困ったように笑う母に、父が笑う。
「親子っていうよりも姉妹みたいだな」
「もー、お父さん、そういうこと言うとまたお母さん調子に乗るよ」
「ははは」
私と父がやりとりしている横で、ネックレスをつけていた母が「痛っ、髪ひっかけちゃった」と顔を歪めている。
父が「つけてやるよ」とその後ろに立ったとき、家のチャイムが鳴った。
「あら、誰かしら」
「さあ。――礼奈、出てくれるか?」
「うん」
そのとき私を見た父の顔は、なんとなーく意味ありげに見えたけれど、きっと気のせいだろう。
誰か訪ねてくるという話も聞いていないから、私はあまり気にせずに部屋を出て階段を降りた。
「はーい」
宅配便か何かだろうと、気楽な気持ちで玄関のドアを開けた目の前に――
「……え?」
「……おはようさん」
「……おは……よう」
最初に目に入ったのは、赤いバラの花束だった。
次いで、スーツの胸元。
上を見上げれば――気まずそうな栄太兄の顔。
――これは、いったい?
頭の中が真っ白になり、身動きできずにいる私に、栄太兄もどうしてよいやら分からないらしい。
二人で向き合ったまま、玄関先で立ち尽くしていると、後ろから階段を降りてくる音がした。
「あはははは、栄太郎、お前、ほんとにそれで来たのか!?」
栄太兄の顔を見るなり、腹を抱えて笑い出したのは父だ。私はさっきの意味ありげな顔を思い出して、納得する――今日、栄太兄が来ることを、父は知ってたということだろう。
ようやく動き始めた私の頭がそう合点したとき、次いで顔を出した母が、目を輝かせて両手を叩いた。
「――あら、まあ! 栄太郎くん、素敵!!」
「ど、どうも……」
「げふっ――ごほっ、ごほっ――」
母の感嘆に父は大ウケだ。私は緊張と気恥ずかしさが混ざり合った栄太兄の微妙な顔と、両親の笑顔を見比べて、やっぱり状況が整理できずにいる。
「……栄太兄、いったいどうして――」
「おーい、健人、悠人。傑作だぞ! 降りて来い!」
「こら政人! 何言うてんねん! これ以上ギャラリー増やすんやない!」
私の言葉を遮って、父が二階に声をかける。栄太兄が顔を真っ赤にして父に怒った。
――ギャラリー、て。
「……本日は、どなたに御用で」
「そっ――そんなん、決まってるやろ!!」
栄太兄は真っ赤な顔で、全然迫力のない目で私を睨みながら、ぐいっと花束を差し出した。
私は花束と栄太兄の顔を見比べ、後ろに立つ父を見る。
「……お父さんへの誕生日プレゼント?」
「叔父の誕生日にバラの花束贈るやつがおるかーー!!」
「あはははははは、ははははは、腹が痛い」
「やぁね、政人。笑い過ぎよ」
父がうずくまっている後ろから、またトントンと足音が聞こえる。
「あれ、栄太兄――うわっ、何その恰好! スーツにバラ!? マジ!? それで電車乗って来たの!?」
「やかましいわ健人! よう見とけ、これがお前の親父におちょくられた男の末路や!!」
「父さんのアドバイスなの!? 最高じゃん! さすがだわ!!」
栄太兄が真っ赤な顔で言い返したけれど、健人兄も父の肩を叩いて笑い始めた。
その後ろから、勤務を終えてさっき帰宅したばかりの悠人兄も微笑む。
「栄太兄……バラ、似合うね」
半ば寝ぼけたその声に、栄太兄が顔を逸らして「おおきに」と返すと、またしても父と健人兄が噴き出した。
「とりあえず、栄太郎くん。立ち話もなんだし上がりなさい。コーヒーでも飲んでって」
「あ……はい……いや……ええと……」
母の朗らかな声掛けに、栄太兄は戸惑ったように、私と母の顔を見比べる。
いや、そんな戸惑われても。
私だって、よく分かってないっていうか。
何、これ。ほんと、どういう状況?
予想外にしてもほどがある。私ひとり、まったく頭が追いついてない。
「と、とにかく……これ」
奇妙に切なそうな顔で、栄太兄が花束を再び私に差し出す。私はまばたきしながら、「……どうも」と一応それを受け取った。
20本近い、赤いバラの花束――なんかそれって――
「……バレンタインデーに、男から告白するんやったら、スーツにバラの花束やろ、って」
若干不貞腐れたような、小さな声が降って来る。バラを見ていた私は、思わずそこで一度動きを止めて――
「……へ!?」
男から――告白!?
ものすごく間の抜けた声を出して栄太兄の顔を見上げた私の後ろで、再び父と健人兄が噴き出すのが聞こえた。
「礼奈、服見てくれない?」
「いいよ」
「なんだ、まだ決まってないのか?」
「だ、だってぇ」
こういうときにはやたらと優柔不断な母が、眉を寄せて唇をとがらせている。私はくすくす笑いながら、身支度している母に招かれて両親の寝室に入った。
「これにしようかと思ってたんだけど、今日寒そうだからこっちにした方がいいかなって……」
「ああ、そうだね。でも、そうするとパンツは?」
「そうなの……だからどうしようかなって」
「じゃあ私の貸してあげるよ」
「ありがと」
自分の部屋から持ってきたパンツを渡すと、母がほっとしたように着替えを済ませる。
父とでかけるのを楽しみにしていた母は、その準備をするにも嬉しそうだ。
そんな姿を微笑ましく見ていたら、母は少し気恥ずかしそうに首を傾げた。
「礼奈は? 今日の予定は?」
「ううん、特に何も。午後からバイト」
私の答えに、母はただ「そう」と答えてアクセサリーの引き出しを開ける。
慶次郎と別れたことは、わざわざ両親に伝えてはいない。けれど、しょっちゅう家まで送ってくれていた慶次郎の姿が見えなくなったのだから、薄々感づいてはいるだろう。それでも、深く訊ねてくることはなかった。
「ネックレス、これにするつもりなんだけど」
「うん、いいと思う」
そんな会話をしていたら、「彩乃、準備どうだ?」と父が覗き込んで来た。
「もう少し」
「礼奈がいて助かったぁ」
困ったように笑う母に、父が笑う。
「親子っていうよりも姉妹みたいだな」
「もー、お父さん、そういうこと言うとまたお母さん調子に乗るよ」
「ははは」
私と父がやりとりしている横で、ネックレスをつけていた母が「痛っ、髪ひっかけちゃった」と顔を歪めている。
父が「つけてやるよ」とその後ろに立ったとき、家のチャイムが鳴った。
「あら、誰かしら」
「さあ。――礼奈、出てくれるか?」
「うん」
そのとき私を見た父の顔は、なんとなーく意味ありげに見えたけれど、きっと気のせいだろう。
誰か訪ねてくるという話も聞いていないから、私はあまり気にせずに部屋を出て階段を降りた。
「はーい」
宅配便か何かだろうと、気楽な気持ちで玄関のドアを開けた目の前に――
「……え?」
「……おはようさん」
「……おは……よう」
最初に目に入ったのは、赤いバラの花束だった。
次いで、スーツの胸元。
上を見上げれば――気まずそうな栄太兄の顔。
――これは、いったい?
頭の中が真っ白になり、身動きできずにいる私に、栄太兄もどうしてよいやら分からないらしい。
二人で向き合ったまま、玄関先で立ち尽くしていると、後ろから階段を降りてくる音がした。
「あはははは、栄太郎、お前、ほんとにそれで来たのか!?」
栄太兄の顔を見るなり、腹を抱えて笑い出したのは父だ。私はさっきの意味ありげな顔を思い出して、納得する――今日、栄太兄が来ることを、父は知ってたということだろう。
ようやく動き始めた私の頭がそう合点したとき、次いで顔を出した母が、目を輝かせて両手を叩いた。
「――あら、まあ! 栄太郎くん、素敵!!」
「ど、どうも……」
「げふっ――ごほっ、ごほっ――」
母の感嘆に父は大ウケだ。私は緊張と気恥ずかしさが混ざり合った栄太兄の微妙な顔と、両親の笑顔を見比べて、やっぱり状況が整理できずにいる。
「……栄太兄、いったいどうして――」
「おーい、健人、悠人。傑作だぞ! 降りて来い!」
「こら政人! 何言うてんねん! これ以上ギャラリー増やすんやない!」
私の言葉を遮って、父が二階に声をかける。栄太兄が顔を真っ赤にして父に怒った。
――ギャラリー、て。
「……本日は、どなたに御用で」
「そっ――そんなん、決まってるやろ!!」
栄太兄は真っ赤な顔で、全然迫力のない目で私を睨みながら、ぐいっと花束を差し出した。
私は花束と栄太兄の顔を見比べ、後ろに立つ父を見る。
「……お父さんへの誕生日プレゼント?」
「叔父の誕生日にバラの花束贈るやつがおるかーー!!」
「あはははははは、ははははは、腹が痛い」
「やぁね、政人。笑い過ぎよ」
父がうずくまっている後ろから、またトントンと足音が聞こえる。
「あれ、栄太兄――うわっ、何その恰好! スーツにバラ!? マジ!? それで電車乗って来たの!?」
「やかましいわ健人! よう見とけ、これがお前の親父におちょくられた男の末路や!!」
「父さんのアドバイスなの!? 最高じゃん! さすがだわ!!」
栄太兄が真っ赤な顔で言い返したけれど、健人兄も父の肩を叩いて笑い始めた。
その後ろから、勤務を終えてさっき帰宅したばかりの悠人兄も微笑む。
「栄太兄……バラ、似合うね」
半ば寝ぼけたその声に、栄太兄が顔を逸らして「おおきに」と返すと、またしても父と健人兄が噴き出した。
「とりあえず、栄太郎くん。立ち話もなんだし上がりなさい。コーヒーでも飲んでって」
「あ……はい……いや……ええと……」
母の朗らかな声掛けに、栄太兄は戸惑ったように、私と母の顔を見比べる。
いや、そんな戸惑われても。
私だって、よく分かってないっていうか。
何、これ。ほんと、どういう状況?
予想外にしてもほどがある。私ひとり、まったく頭が追いついてない。
「と、とにかく……これ」
奇妙に切なそうな顔で、栄太兄が花束を再び私に差し出す。私はまばたきしながら、「……どうも」と一応それを受け取った。
20本近い、赤いバラの花束――なんかそれって――
「……バレンタインデーに、男から告白するんやったら、スーツにバラの花束やろ、って」
若干不貞腐れたような、小さな声が降って来る。バラを見ていた私は、思わずそこで一度動きを止めて――
「……へ!?」
男から――告白!?
ものすごく間の抜けた声を出して栄太兄の顔を見上げた私の後ろで、再び父と健人兄が噴き出すのが聞こえた。
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