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.第8章 終わりと始まり

194 再会(2)

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 私が上がった頃には、栄太兄がお屠蘇を見つけ、祖父が順に振る舞って、新年会はつつがなく始まった。
 大人ばかりが12人集まった居間は、さすがに窮屈だけど、寒い時期だから温かくてちょうどいいくらいだ。
 私が久しぶりに会うのは栄太兄だけじゃない。朝子ちゃんも翔太くんもだ。居間にある座卓の一つは自然と孫たちが集まった。「久しぶり」と声をかけあって、互いの近況報告が始まる。

「礼奈ちゃん、お酒飲んでないの?」

 声をかけてきた朝子ちゃんは、元々落ち着いていたけれど、すっかり大人びていて、翔太くんとどっちが上か分からない雰囲気だ。

「えっと、お屠蘇は飲んだけど」
「だってもう二年でしょ? 成人式あるよね」
「うん」

 私は頷いて、苦笑した。

「でも、私まだ成人する前に成人式なんだよね」
「あ、そっか」

 朝子ちゃんが困ったような顔をする。

「誕生日、三月だっけ。そっかー。なんかスッキリ飲めないね。高校の同窓会とかあるんじゃない?」

 問われて、こくりと頷いた。成人式の日は高校の同窓会もあるらしいのだけど、私はそれには行かず、別で企画している吹奏楽部の同窓会に出席するつもりだ。
 みんながどんな風になってるか、ちょっと楽しみにもしている。

「そのときくらい解禁すれば?」
「ま、見てみぬふりはしてもらえそうだよね。ハメを外さなければ」

 そんな話をするイトコたちに笑いながら、「せめてこれくらいいいんじゃない」と勧められたノンアルコールカクテルを口にする。運転担当だという翔太くんもノンアルコールビールだ。

「翔太くん、免許持ってたんだね。知らなかった」
「あー、うん。研究発表で田舎行ったときとか、あると便利だって聞いたから」

 ……全部が全部、研究に繋がるのね。
 浮かべていた笑顔が引きつるのを感じた。それを察した朝子ちゃんも苦笑する。

「万事が万事、これだもん。呆れちゃうよね。だからカノジョもできないんだ」
「できないんじゃなくて、作らないの」
「おっ、なんか面白そうな話してんじゃん」

 後ろから身を乗り出したのは健人兄だ。缶ビール片手に、従兄妹の間に割り込む。

「翔太くんって、どういう人がタイプなの? やっぱ研究者?」
「いや……逆に、そうじゃない人がいいかな。二人ともそうだと、視野が狭くなるし」
「その上で、研究に理解のある人?」
「……それは最低条件かも」

 私は思わずくすくす笑った。

「泊まり込みも辞さないって、相当だもんね。私と研究どっちが大事なの、ってなりそう」
「なるよねー。絶対なる。私は絶対無理、お兄ちゃんみたいなタイプ」
「えー、打ち込んでるのが仕事でも? 栄太兄みたいに」

 健人兄の言葉に、私はぎくっとした。けど、朝子ちゃんは笑うだけだ。

「どうだろうね。そう言われてみれば、人柄もあるかも。お兄ちゃん、あんまり愛情表現とかしなそうだし」
「わっかんないよー。こういう人が自分にだけデレるっていうのが、女の子は好きじゃない?」
「いやー、どうだろ。……まあ、物理的に蔑ろにしても、精神的に蔑ろにしてるわけじゃないのは分かるんだけど」

 うむ。言葉が難しい。
 私はひとり、コップに唇をつけて眉を寄せる。
 すると、朝子ちゃんが悠人兄に声をかけた。

「悠人くんは、仕事慣れた?」
「んー、慣れるっていうか、あんまり慣れもよくないけど、まあなんとなく」
「勤務、交代制だよね。今日、よく来れたね」
「うん、ラッキーだった。明日は勤務だから、深酒はしないけど」

 朝子ちゃんと悠人兄があたり障りない会話をしていると、健人兄がにやにやしながら悠人兄をつつく。

「で、で、どーなのよ、悠人お兄様」
「どうって……何が?」
「だーって。消防士っつったら、合コンっしょ、合コン」

 とたんに、悠人兄の顔が赤く染まった。

「け、健人。お前そういう話ばっかり――」
「だって、気になるじゃん。噂には聞くけどさ、合コン率高いってホントなの? あ、あと、飲み会になると脱ぐってやつ」
「あー、聞くね。結婚式で脱ぐとか」
「そういうの、悠人兄一番苦手なノリじゃね? じゃ、練習のためにここで一枚」
「っだからお前っ! やめろっつってるだろ!!」

 健人兄が悠人兄のセーターに手をかけたら、悠人兄が本気で健人兄の手を止めにかかる。その拍子に、悠人兄の手が朝子ちゃんにぶつかった。

「きゃ」

 朝子ちゃんの膝に、コップからこぼれたビールがかかる。悠人兄がはっとして、「ご、ごめん!」と立ち上がった。

「何や、どうした?」

 食卓で祖父母と寿司をつまんでいた栄太兄が、それに気づいて立ち上がる。悠人兄が「ごめん、栄太兄、タオルある?」と困惑顔で言うと、栄太兄が朝子ちゃんを見て「ああ」と苦笑した。

「待っとき。持ってくる。ばあちゃん、タオル借りるで」
「はいはい、どうぞ」

 栄太兄は言って、台所へ引っ込むと、フェイスタオルを2、3枚持って来た。

「災難やったな。まさか悠人がビールかけはると思わへんかったわ」
「やだな、そんなことしてないよ。ただ私がこぼしちゃっただけ」

 冗談を言いながら、朝子ちゃんがタオルを受け取り、膝を拭く。栄太兄も床と机を拭いた。

「足も濡れとるやん。ばあちゃんの服、借りとったら」
「いいよ……よくないか。他のとこが濡れちゃうかな」

 朝子ちゃんはそう言って、ゆっくり立ち上がった。ニットワンピースからすらりと伸びた脚には、黒いストッキングを履いていたけれど、片足は濡れて色が濃くなっている。

「わ、思ったより濡れてる」
「転ぶで、掴まり」
「ごめん、ありがと」

 栄太兄が朝子ちゃんに手を差し出すと、朝子ちゃんも自然とその手に手を添える。
 私は思わず、視線を自分の手元に逸らした。

「ばあちゃん、ちょっと着替え貸したって」
「ああ、はいはい」
「すみません、お義母さん」
「いいのいいの。朝子に合うのあるかしら」

 声だけを聞きながら、コップの中身をこくりと飲む。健人兄が小さく呟いた。

「お似合いだよねぇ、結構」

 不意に、目の前が真っ白になる。ぎゅっと目をつぶって、健人兄に何か言おうと息を吸って、睨みつけたところで、面白そうに私を見つめる猫目に怯んだ。

「どうかしたの、礼奈」

 にやにやする健人兄は、私の気持ちを分かってるくせに、ほんと、性が悪い。
 私は苛立ちながら目を逸らして、「何でもない」と答えたけど、手が震えていることに気づいた。

「……ちょっと、散歩してくる」
「礼奈?」

 立ち上がった私に、悠人兄が不思議そうに声をかける。
 私は笑みを繕った。

「リップ、忘れちゃって。すぐガサガサになるから、買ってくる」
「一緒に行こうか?」
「ううん、大丈夫。すぐ戻るから」

 小さなポシェットを手に、家を出た。
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