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.第6章 大学1年、前期

150 バスケ(2)

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 中学時代バレー部だったというハルちゃんは、最初、ボールの大きさと質感に慣れないと笑っていたけれど、しばらくするうちコツをつかんできたらしい。シュートはなかなか様になってきた。

「うまいね、ハルちゃん」
「でも、ドリブルがあかんな」
「最初からそれだけできれば充分だよ」

 集中していれば二時間なんてあっという間で、気づけばもう四時半だ。勝巳くんが「おーい」と呼ぶ声がして、小夏が「なにー?」と答える。

「最後、2on2やろーぜ。俺と小夏っちゃんバーサス慶ちゃんカポー」
「あ、リア充爆発しろ的な? いいねやるやる」
「でしょでしょ」

 勝巳くんと小夏が大乗り気になっている横で、私は思わず半眼になる。

「何それ……別にリア充じゃないよ」
「あっ、礼奈ちゃんそういうこと言うー。いいですか、カレピカノジョがいる人はそういうこと言っちゃいけないんです、特に独り身の前では」

 そういうもん……?
 私が呆れていると、慶次郎もふんと鼻を鳴らした。

「負けた方が勝った方に飯おごる」
「マージ!? 慶ちゃんおっとこまえー!」
「ごちになりまーす!」
「まだお前らが勝ったって決まってねーだろ!」

 慶次郎が苛立たし気に言う。私は慌てた。

「ちょっと慶次郎……私久々で勘も鈍ってるのに」
「あぁ? 大丈夫だろ。身体が覚えてるって」

 そういう問題!?

「ハルちゃん、得点見ててくれる? 先に5点取った方が勝ち。フツーのシュートは2点、スリーポイントが3点だよ」
「わ、分かった」

 ハルちゃんがこくこく頷く。勝巳くんが首をかしげた。

「でも、ちょっと礼奈ちゃんにハンデつけてあげようよ。礼奈ちゃんだけ、スリーポイントあり。他はどんなシュートでも2点」
「あ、それいいかも」

 勝巳くんの発案に、小夏が手を打つ。私もため息混じりに頷いた。

「分かったよ……」

 そうは言っても、とてもじゃないけどスリーポイントなんて打つ気にはなれない。
 だって、さっきのシュート練、ただでさえ五分五分だったシュート率が二割切ってた気がするもん。

「よし、行くぞー」

 勝巳くんがボール片手に半袖を引き上げ、肩をむき出しにして円の中心に立った。

「えっ、勝巳が前?」
「だってゴール下、小夏っちゃんの方が得意だもん」
「身長あんま変わんないしー」

 小夏がゴール下で言う。私はため息をついて、その前に立った。

「先、俺らがオフェンスね」

 勝巳くんが私にボールを放って、私も投げ返した。
 ……と、勝巳くんがへらっと笑う。

「礼奈ちゃんとプレイできるなんて嬉しいなー」
「勝巳、お前セクハラ発言したらぶん殴るぞ」

 慶次郎が低い声で唸って、「言わないよ!」と勝巳くんが慌てた。

 ***

 数本やるうち、勝巳・小夏チームがシュートを2本、私たちが1本決めて、勝巳くんたちが攻めるターンになった。
 少し勘は戻って来たけど、なにぶん足がついていかない。

「橘、膝伸びてんぞ」
「わ、分かってるけどぉ」
「馬場先生キビシー」

 小夏が笑っている。私はもう、結構へとへとだ。
 だって、勝巳くんてばドリブル速いし、よく動くんだもん。かき回しまくって小夏にボールをつないでいく。
 今まで数度止められたのだって、勝巳くんがミスってくれたからだ。
 勝巳くんは、小夏と慶次郎がゴール下で競っているときだって、またボールを受けられるように走る。ギリギリまで走ってる。それにつき合っていたのだから、体力も限界だ。

「じゃ、これで最後にしてあげよう」
「させるか」

 勝巳くんの勝ち誇ったような声に、慶次郎が舌打ちする。私も覚悟を決めて腰を落とした。
 これで勝巳くんか小夏がシュートを決めたら、私たちの負けだ。
 勝巳くんがボールを放る。私がそれを投げ返す。
 受け取った勝巳くんが、左から右へとボールを回してーー
 ドリブルは左。
 私もそちらについていく。
 やや斜めに走り込んだところで、くるりと右ドリブルに切り替えーーと見せかけて、背中で私を押さえて回ると、中へ切り込む。
 背中に押さえられた私は動けない。慶次郎が前に出る。フリーになった小夏に、バウンドさせたボールが行く。
 慶次郎に代わって私が走る。
 ーー間に合え!
 走って来る私が見えたんだろう、小夏が若干後ろに跳びながらシュートをする。私は思いっきりジャンプして手を伸ばす。
 指がボールを掠った。床に着地して、ゴールを見上げながら小夏を背中に押さえる。ボールがゴールにぶつかった。
 ーー落ちろ!
 慶次郎も勝巳くんを押さえているのが見える。
 跳ね返ったボールが、ちょうど私たちの真ん中を通って外へと跳んでいく。私は慌てて足を踏み出し、手を伸ばす。向こうからも手が伸びてきた。
 --慶次郎。

「ぅわ!」
「おわっ」

 ボールを掴んだのはいいけれど、踏ん張りが効かずに止まれなかった。思いっきりバランスを崩した私を、慶次郎が身体で止める。

「大丈夫か?」
「だ、大丈夫……」

 ぜはー、ぜはー、と互いの荒い息が聞こえる。見上げると、慶次郎が笑った。

「ナイスリバウンド」
「そっちも、ナイスディフェンス」

 私も笑い返すと、後ろから「ちっ」と舌打ちが聞こえる。
 振り向けば、勝巳くんが不服そうに唇を尖らせ、小夏はニヤニヤしていた。

「くっそー。もうちょっとだったのに」
「見せつけるねぇ。動画撮れなくて残念だわぁ」

 慶次郎は私から手を離して、「見せもんじゃねぇ」とむくれる。
 私は苦笑しながら、コートに描かれた丸の中心、ラインの前に向かった。
 今度は私たちがオフェンスだ。
 向かう途中、慶次郎が囁いた。

「橘。チャンスがあったら遠慮せず放れ」
「え?」

 目を上げると、慶次郎がにやりと笑っている。

「リバウンドは俺が取る。外から放れ」

 --それって。

「もう体力限界だろ。はやく終わらせるにはそれしかないぞ」

 そう言われれば、そうなんだけど。
 私は思わず顔が引きつるのが分かった。
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