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.第5章 春休み

130 花見(3)

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 父を呼んだ健人兄は、私の反応を面白がっただけだ。「やっぱなんでもなーい」と言った健人兄に「何だよお前は」と半眼を向け、障子に手をかけたまま父が私を見やる。

「栄太郎といえば、礼奈。誕生日、一緒に出かけてたな。どこに行ったんだ?」

 --爆弾魔がここにもいたーー!!

 思わず顔を青くしたり赤くしたりする私の横で、アキちゃんが噴き出している。

「最強の天然がいた……は、腹痛い……ひー、ひー……さ、咲也……笑い死ぬ……」
「アキちゃん、大丈夫……?」

 笑い転げる後輩を見下ろして、父が「何だよその反応」と訝しそうな顔をした。私は口を開いては閉じ、開いては閉く。言葉がまとまらないまま頭をぐるぐるした。

「マーシーもかわええなぁ」

 おっとりヨーコさんが言う横から、

「ちょっと! マーシー、他人の妻口説くのやめてくださいよ!」

 ジョーさんが慌てて割り込む。
 父は呆れた顔でジョーさんを見やり、「口説いてねぇ」と言えば、「マーシーは目が合っただけでも口説いたことになるの!」とジョーさんが真顔で力説する。父は聞いていられないとばかりにため息をついた。

「そ、それで、礼奈ちゃん、デート……じゃない、栄太郎くんとのお出かけは、どちらに?」

 アキちゃんに聞かれて、私は目を泳がせる。

「午前中は……大学のキャンパスを見に……」
「えっ、もしかして彼の母校?」

 あっ、しまった! 無難だと思ってたのにそうでもなかった!

 はわはわしていたら、ジョーさんが父を見上げる。

「礼奈ちゃんが受かったとこ、マーシーも同じ大学でしたよね。だから選んだと思ってたけど」
「……俺もそう思ってたけど」

 父とジョーさんが顔を見合わせ、私を見てくる。
 ああ、針のむしろ……!

「そ、そ、そ、そうだよ。もちろん、そうだよ。それ以外に何が」
「あれ? そうなの? 俺はてっきり、父さんを追いかけて入った栄太兄を追いかけて礼奈が」

 へらへら口を滑らせる健人兄に、私は迷わずタックルした。ぐえ、とか言いながら、全然揺らがない。くそっ、無駄な体幹! 元柔道部員め!!

「何を言ってるの健人兄……そんなわけないでしょ……?」

 叶うなら襟元を引っ張ってぐいぐい揺さぶって、お気に入りのTシャツの襟元をべろべろにしてやりたいところだけど、みんなの前だからそうもいかない。
 怒りのオーラを放つ私の頭に、父の手がぽんと乗った。

「まあ、昔から栄太郎を慕ってたからなぁ、礼奈は」

 ……それ、どういう意味……?

 一瞬、私は目の前が暗くなる。

 その言葉通りの意味? それともやっぱり、お父さん知ってた? ええ? どこまで? どこまで知ってて、誕生日に二人っきりで出かけさせるとか、そんなーー

 思っていたら、フローリングより少し高くなっている和室の縁に、とん、と父が腰掛ける。そして私に穏やかな笑顔を向けた。

「……で、妹分から昇格できる見込みはありそうか?」

 ~~~~~っ……!!!!

 言葉を失い硬直する私を見て、台所の方では悠人兄と母が「何の話?」「さあ……」と首を傾げている。
 健人兄がぶはっと噴き出し、げらげら笑いだした。

「俺……父さんのこと尊敬するわ……ジョーさんの次に」

 健人兄の言葉に、父が眉を寄せた。

「最後に要らないオマケついたな。なんだジョーの次って」

 すると、ジョーさんが真剣な顔で口を開く。

「いや、それは実質一番尊敬してるってことじゃないっすか? 俺はマーシー尊敬してますよ。抱かれてもいい」
「だからそのネタマジでやめろ。いい加減やめろ」
「ネタじゃないですよ。本気なのに本気にしてくれないからじゃないですか」
「本気だから本気でやめろっつってんのが分かんねーのか」

 言い合う二人に呆れたようなため息をついたのはアキちゃんだ。

「ふたりとも、いつまでそんなやりとりしてんですか、まったく。だいたい、そんな機会があったらうちの咲也も混ぜてやってください」
「ちちちちちちょっと! ああああアキちゃん!!」
「おいおい、話が完全に訳分かんねぇ方向に行ってるぞ」

 ぎゃいぎゃいと騒がしい中、阿久津さんがツッコミを入れて、私を手招きしてくれる。私はそろりと和室を抜け出し、促されるまま、そのコワモテの隣にちょんと腰掛けた。

「まあ、お前もいろいろあるだろうが、楽しい大学生活になるといいな」
「はい……」
「まあ飲め」
「ちょーっと阿久津! 未成年に飲ませない!!」

 母が慌てて手で制す。阿久津さんは「分かってるよ」と笑った。
 その横で、トイレから戻ってきていたヒメさんが手を手を上げる。

「じゃあ代わりに私がもらうー」
「え? お前そんな飲んで大丈夫か?」
「だいじょうぶー。帰り、タクシー乗るんでしょー?」

 首を傾げたヒメさんは、私から見てもとっても可愛い。14離れてるってことは、今は40くらい? でも童顔だからか、もっと若く見える。

「歩けなくなったら、光彦さんに運んでもらうー。お姫様抱っこー」

 うふふと笑いながらコップに口をつける妻の姿に、阿久津さんは呆れた目を向けた。

「子どもたちがいるのにそんな余裕ねぇよ」
「えー、じゃあおんぶー」
「パパのおんぶ、みこの!」
「えー。ママもしてほしいよー」
「だめー、みこのだもん!」

 末っ子の美子ちゃんとヒメさんの言い合いに、少しだけ心を慰められつつ、内心ため息をついた。

 --妹分から昇格できる見込みはありそうか?--

 父の言葉が頭の中をリフレインする。
 ……やっぱり、父が一番の強敵、かもしれない。
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