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.第5章 春休み
128 花見(1)
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「礼奈ちゃんの卒業を祝して! かーんぱーい!!」
いえーい、とノリノリでプラスチックのコップを合わせるのは、両親の会社の後輩、アキちゃん。
ひょろっとしているから一見そうは見えないのだけど、相当な酒豪だ。たぶん。
「お前、さっきもしたろ、それ」
「さっきのは合格を祝しての乾杯で、今のは卒業を祝して乾杯したので違います」
「……相変わらずだなー」
横からのツッコミに真顔で答えたアキちゃんは、コップの中のものをぐいと飲み干し、
「神崎さーん! おかわりっっ!!」
と父に差し出した。
本日、3月末日。
予定通り、両親の会社の友人とその家族を招いてのお花見だ。花見と言ったってうちの庭から見える桜はご近所さんの1本くらいだけど、まあ要するに理由をつけて集まろうよ、ということなので、私もあんまり気にしてない。
「アキちゃん……ほどほどにね……」
「いい、いい。いつものことだ、放っとけ」
「咲也くんも苦労するね」
苦笑してアキちゃんをたしなめた夫の咲也さんに、阿久津さんと父が言う。
阿久津さんは両親の同期だ。目つきが鋭くて怖く見えるけど、意外と優しい人だ。と、今は分かっているけれど、私自身、小さい頃は怖くて泣いて困らせてしまった覚えがある。
今日は、一回り歳が離れた奥さん、ヒメさんも、3人のお子さんいる。
「光彦さーん。子どもたち、トイレみたいだから、行ってくるぅ」
「ああ、俺行こうか?」
「うぅんー、大丈夫ー。瑞姫は残るみたいだから、一緒にいてあげてー」
「了解」
おっとりしたヒメさんのテンポにはいつも癒される。2人の会話を聴きながら、ふと思った。
「……阿久津さんとこって、どれくらい離れてるんでしたっけ」
「うん? 年齢のこと?」
ひそひそとアキちゃんに聞いたら、「確か14か15か……」と首を傾げ、
「アニキー。アニキんとこ、ヒメちゃんと何歳差?」
「どぅえっ! あ、アキちゃん……!!」
こ、こっそり聞いた意味がないじゃないか! 何で本人に聞くの!?
動じる私とは裏腹に、阿久津さんは気にする様子もなく答える。
「14だよ。何だ急に」
「いや、礼奈ちゃんがー」
「いやいやいやいやっあのっ何でもないんで! 何でもっ……!!」
慌てまくりの私に、ヨーコさんがふふふと笑った。
「礼奈ちゃんも、そういうこと気になりはる年頃なんやねぇ」
「そうですね」
その隣、相変わらず執事の如くかしずくのは夫のジョーさんだ。
その二人にギャルソンの如くワインを注ぎながら、健人兄がニヤニヤしている。
「まあ、礼奈もお年頃だからなぁ」
「おっ? 健ちゃん、その顔は何か知ってるね?」
ぎゃー! やめてジョーさん! 健人兄を煽らないで!!
「ち、ちょっと。違いますって、やめてくださいよ」
私があわあわしていると、安田夫婦は顔を見合わせてくすりと笑った。
「ええことやわ。青春やねぇ」
やんわりと柔らかな関西弁。栄太兄のそれとは違って、優しくて色っぽくて、なんだか聞くだけで照れる。
すると、横からアキちゃんが割り込んできた。
「えー、なに、なに? 礼奈ちゃんに彼氏?」
「い、いや、違いますからっ」
「そうなの? でも、いいなーって人はいるんだ?」
「えっ!? あっえっと!?」
あああああ! しまった! アキちゃん、こういうの遠慮なくずかずか聞くタイプだった!!
めっちゃ目泳いじゃった! ヤバい!!
「あああああの、ええとその、それは」
「あーっ、もしかして結構年の差あるとか? だから阿久津家のこと気になったとか?」
でしょでしょ、違う? と顔を覗き込まれ、思わず顔が熱を持つ。アキちゃんはその瞬間を逃さず、きらりと目を輝かせた。
「マジ? きゃー! 礼奈ちゃん、こっち集合! 咲也とヨーコさんも!」
「えー、アキちゃん、俺は?」
「安田さんはこっちで神崎さんと彩乃さんの相手してて! アニキも!」
「何だよ。そういうことなら俺の話こそ聞きたいんじゃねぇの?」
「そういうターンになったら呼びますから!」
ぐいぐいと奥の和室に連行されて、私はちょっとしたパニック状態。
えー! そういうターンってどういうターン!? 待って待って! アキちゃん、いったいどうする気!?
指名された咲也さんとヨーコさんが来たのを確認して、アキちゃんが「はいはい、失礼しますよー」と障子を閉める。
キッチンからつまみを運んできた両親が「何やってんだ?」「さあ」と首を傾げていた。
わー! もう勘弁してー!!
ただでさえ、肉親にバレにバレている状態なのだ。これで両親にバレたら……いや、健人兄いわく、父にはもう既にバレてると言ってたけど、でも、そんなの、つらい! つらすぎる!!
ひとり動揺のあまり正座を崩せずにいたら、アキちゃんが私の肩をぽんぽん叩いた。
「はい、足は楽にしてねー、緊張しないでー、息吸ってー、吐いてー、りらーっくす」
「アキちゃん……」
咲也さんが何とも言えない顔をしている。その表情に私への同情を読み取って、ちょっとだけ救われた。
きちんと膝を揃えて座ったヨーコさんは、くすくす笑っている。そういえばヨーコさん、お茶とかお花とか、一通りのお嬢様教育を受けていたんだっけ。和室に座る所作が綺麗。いや全部綺麗だけど。
ちょっと現実逃避気味に思っていたら、アキちゃんがこほんと咳ばらいをした。
「えーさて。それではこれから、礼奈ちゃんの成長をことほぐ会分科会、恋愛相談会第1回を開催いたします。わたくしは本日ファシリテーターを務めます、ことほぐ会会長の大澤アキラです。では、よろしくお願いします」
もっともらしく言い放たれて、思わず苦笑する。
「何ですかその、ことほぐ会って……」
「あ、橘家のお子たちの成長を見守る会の方がよかったかな?」
「……いや、いいです何でも……」
私は半ばあきらめて黙ることにした。
アキちゃんはぐいとコップをあおり、「あ」という顔でコップの中を見て、咲也さんに顔を向ける。
「咲也ー、私の黒糖焼酎持ってきて。氷も。ついでに神崎さんにちゅーでもしておいで」
「あ、アキちゃんってば。もう酔ってるんでしょ」
「まさか。私の脳がこの程度のアルコールで融けるとお思いか? ほらさっさと行ってきてよ。せっかくとっておきの肴があるのにお酒がないんじゃ話になんない。--ちゅーが難しければ手握って来るでもいいから」
「オマケの方が難易度高いなぁ。うちが手伝おか?」
「い、いや、結構です……」
くつくつ笑うヨーコさんに答えて、咲也さんが困り顔で台所へと向かう。父と2、3言葉を交わして、焼酎の酒瓶を手渡されるのが見えた。
「そこでさりげなさを装って手を! 握れないのが咲也なんだよなー」
「ええ子やからねぇ」
「もっと強引に行けばいいのに」
「まあ、マーシーが困るん気にしてはるんやろ」
横でアキちゃんとヨーコさんが楽しそうに実況している。
咲也さんも相変わらずいじられてるんだなぁ。
というのも、咲也さんは、実はうちの父に憧れているらしい。栄太兄のそれとは違って、恋愛感情的な意味で。つまり、咲也さんは同性愛者、というわけだ。
アキちゃんと結婚してはいるけれど、それはあくまで、生活上のパートナーということのようだ。そういう家族の在り方もあるんだなぁ、と、二人を見ているといつも思う。
なんか、いいんだよね。親友の延長っていうか、まさにパートナー、って感じで。
咲也さんと話しを終えたらしい父が、その肩をぽんぽん叩いた。咲也さんは照れ臭そうに笑う。
「あ、出た、無意識ボディタッチ」
「相変わらず人たらしやなぁ」
二人の解説に私も噴き出す。咲也さんが酒瓶と氷を手にこちらに戻って来ると、アキちゃんは満足げに「ご苦労!」と胸を張った。
「もー、変なこというから緊張したじゃない……」
「変なことなんて言ってないじゃん。ちゅーはどうしたちゅーは」
「ちょっと、もう。やめてよー、お子さんの前で」
顔を赤らめる咲也さんは、男の人だけど可愛い。私が微笑ましく思っていたら、咲也さんはますます困り顔になった。
「礼奈ちゃんまでそんな顔して。……じゃあ次は、君の話を聞かせてもらおうかな」
わざとらしく唇を尖らせ言われて、私ははっと我に返った。
しまった、味方を失った。
「じゃ、しばしお嬢さんお預かりしまーす」
「はぁ? よう分からんがお手柔らかにな」
障子を閉めるアキちゃんに、父が呆れたような声を返した。
いえーい、とノリノリでプラスチックのコップを合わせるのは、両親の会社の後輩、アキちゃん。
ひょろっとしているから一見そうは見えないのだけど、相当な酒豪だ。たぶん。
「お前、さっきもしたろ、それ」
「さっきのは合格を祝しての乾杯で、今のは卒業を祝して乾杯したので違います」
「……相変わらずだなー」
横からのツッコミに真顔で答えたアキちゃんは、コップの中のものをぐいと飲み干し、
「神崎さーん! おかわりっっ!!」
と父に差し出した。
本日、3月末日。
予定通り、両親の会社の友人とその家族を招いてのお花見だ。花見と言ったってうちの庭から見える桜はご近所さんの1本くらいだけど、まあ要するに理由をつけて集まろうよ、ということなので、私もあんまり気にしてない。
「アキちゃん……ほどほどにね……」
「いい、いい。いつものことだ、放っとけ」
「咲也くんも苦労するね」
苦笑してアキちゃんをたしなめた夫の咲也さんに、阿久津さんと父が言う。
阿久津さんは両親の同期だ。目つきが鋭くて怖く見えるけど、意外と優しい人だ。と、今は分かっているけれど、私自身、小さい頃は怖くて泣いて困らせてしまった覚えがある。
今日は、一回り歳が離れた奥さん、ヒメさんも、3人のお子さんいる。
「光彦さーん。子どもたち、トイレみたいだから、行ってくるぅ」
「ああ、俺行こうか?」
「うぅんー、大丈夫ー。瑞姫は残るみたいだから、一緒にいてあげてー」
「了解」
おっとりしたヒメさんのテンポにはいつも癒される。2人の会話を聴きながら、ふと思った。
「……阿久津さんとこって、どれくらい離れてるんでしたっけ」
「うん? 年齢のこと?」
ひそひそとアキちゃんに聞いたら、「確か14か15か……」と首を傾げ、
「アニキー。アニキんとこ、ヒメちゃんと何歳差?」
「どぅえっ! あ、アキちゃん……!!」
こ、こっそり聞いた意味がないじゃないか! 何で本人に聞くの!?
動じる私とは裏腹に、阿久津さんは気にする様子もなく答える。
「14だよ。何だ急に」
「いや、礼奈ちゃんがー」
「いやいやいやいやっあのっ何でもないんで! 何でもっ……!!」
慌てまくりの私に、ヨーコさんがふふふと笑った。
「礼奈ちゃんも、そういうこと気になりはる年頃なんやねぇ」
「そうですね」
その隣、相変わらず執事の如くかしずくのは夫のジョーさんだ。
その二人にギャルソンの如くワインを注ぎながら、健人兄がニヤニヤしている。
「まあ、礼奈もお年頃だからなぁ」
「おっ? 健ちゃん、その顔は何か知ってるね?」
ぎゃー! やめてジョーさん! 健人兄を煽らないで!!
「ち、ちょっと。違いますって、やめてくださいよ」
私があわあわしていると、安田夫婦は顔を見合わせてくすりと笑った。
「ええことやわ。青春やねぇ」
やんわりと柔らかな関西弁。栄太兄のそれとは違って、優しくて色っぽくて、なんだか聞くだけで照れる。
すると、横からアキちゃんが割り込んできた。
「えー、なに、なに? 礼奈ちゃんに彼氏?」
「い、いや、違いますからっ」
「そうなの? でも、いいなーって人はいるんだ?」
「えっ!? あっえっと!?」
あああああ! しまった! アキちゃん、こういうの遠慮なくずかずか聞くタイプだった!!
めっちゃ目泳いじゃった! ヤバい!!
「あああああの、ええとその、それは」
「あーっ、もしかして結構年の差あるとか? だから阿久津家のこと気になったとか?」
でしょでしょ、違う? と顔を覗き込まれ、思わず顔が熱を持つ。アキちゃんはその瞬間を逃さず、きらりと目を輝かせた。
「マジ? きゃー! 礼奈ちゃん、こっち集合! 咲也とヨーコさんも!」
「えー、アキちゃん、俺は?」
「安田さんはこっちで神崎さんと彩乃さんの相手してて! アニキも!」
「何だよ。そういうことなら俺の話こそ聞きたいんじゃねぇの?」
「そういうターンになったら呼びますから!」
ぐいぐいと奥の和室に連行されて、私はちょっとしたパニック状態。
えー! そういうターンってどういうターン!? 待って待って! アキちゃん、いったいどうする気!?
指名された咲也さんとヨーコさんが来たのを確認して、アキちゃんが「はいはい、失礼しますよー」と障子を閉める。
キッチンからつまみを運んできた両親が「何やってんだ?」「さあ」と首を傾げていた。
わー! もう勘弁してー!!
ただでさえ、肉親にバレにバレている状態なのだ。これで両親にバレたら……いや、健人兄いわく、父にはもう既にバレてると言ってたけど、でも、そんなの、つらい! つらすぎる!!
ひとり動揺のあまり正座を崩せずにいたら、アキちゃんが私の肩をぽんぽん叩いた。
「はい、足は楽にしてねー、緊張しないでー、息吸ってー、吐いてー、りらーっくす」
「アキちゃん……」
咲也さんが何とも言えない顔をしている。その表情に私への同情を読み取って、ちょっとだけ救われた。
きちんと膝を揃えて座ったヨーコさんは、くすくす笑っている。そういえばヨーコさん、お茶とかお花とか、一通りのお嬢様教育を受けていたんだっけ。和室に座る所作が綺麗。いや全部綺麗だけど。
ちょっと現実逃避気味に思っていたら、アキちゃんがこほんと咳ばらいをした。
「えーさて。それではこれから、礼奈ちゃんの成長をことほぐ会分科会、恋愛相談会第1回を開催いたします。わたくしは本日ファシリテーターを務めます、ことほぐ会会長の大澤アキラです。では、よろしくお願いします」
もっともらしく言い放たれて、思わず苦笑する。
「何ですかその、ことほぐ会って……」
「あ、橘家のお子たちの成長を見守る会の方がよかったかな?」
「……いや、いいです何でも……」
私は半ばあきらめて黙ることにした。
アキちゃんはぐいとコップをあおり、「あ」という顔でコップの中を見て、咲也さんに顔を向ける。
「咲也ー、私の黒糖焼酎持ってきて。氷も。ついでに神崎さんにちゅーでもしておいで」
「あ、アキちゃんってば。もう酔ってるんでしょ」
「まさか。私の脳がこの程度のアルコールで融けるとお思いか? ほらさっさと行ってきてよ。せっかくとっておきの肴があるのにお酒がないんじゃ話になんない。--ちゅーが難しければ手握って来るでもいいから」
「オマケの方が難易度高いなぁ。うちが手伝おか?」
「い、いや、結構です……」
くつくつ笑うヨーコさんに答えて、咲也さんが困り顔で台所へと向かう。父と2、3言葉を交わして、焼酎の酒瓶を手渡されるのが見えた。
「そこでさりげなさを装って手を! 握れないのが咲也なんだよなー」
「ええ子やからねぇ」
「もっと強引に行けばいいのに」
「まあ、マーシーが困るん気にしてはるんやろ」
横でアキちゃんとヨーコさんが楽しそうに実況している。
咲也さんも相変わらずいじられてるんだなぁ。
というのも、咲也さんは、実はうちの父に憧れているらしい。栄太兄のそれとは違って、恋愛感情的な意味で。つまり、咲也さんは同性愛者、というわけだ。
アキちゃんと結婚してはいるけれど、それはあくまで、生活上のパートナーということのようだ。そういう家族の在り方もあるんだなぁ、と、二人を見ているといつも思う。
なんか、いいんだよね。親友の延長っていうか、まさにパートナー、って感じで。
咲也さんと話しを終えたらしい父が、その肩をぽんぽん叩いた。咲也さんは照れ臭そうに笑う。
「あ、出た、無意識ボディタッチ」
「相変わらず人たらしやなぁ」
二人の解説に私も噴き出す。咲也さんが酒瓶と氷を手にこちらに戻って来ると、アキちゃんは満足げに「ご苦労!」と胸を張った。
「もー、変なこというから緊張したじゃない……」
「変なことなんて言ってないじゃん。ちゅーはどうしたちゅーは」
「ちょっと、もう。やめてよー、お子さんの前で」
顔を赤らめる咲也さんは、男の人だけど可愛い。私が微笑ましく思っていたら、咲也さんはますます困り顔になった。
「礼奈ちゃんまでそんな顔して。……じゃあ次は、君の話を聞かせてもらおうかな」
わざとらしく唇を尖らせ言われて、私ははっと我に返った。
しまった、味方を失った。
「じゃ、しばしお嬢さんお預かりしまーす」
「はぁ? よう分からんがお手柔らかにな」
障子を閉めるアキちゃんに、父が呆れたような声を返した。
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