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.第4章 高校3年

104 春休みの予定

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「卒業式終わったら、京都と奈良に行きたいんだけど、いいかな?」

 あと数日後に卒業式を控えたある朝。私が言うと、母は「あら、ひとりで?」と首を傾げた。

「だって、お母さんたち仕事でしょ。栄太兄が買ってくれたお守り、お礼がてら返しに行きたいの」
「ああ、そういうこと」

 母が頷いて、困ったように首を傾げる。

「うぅーん、そうねぇ。……政人、どう思う?」

 やっぱりひとりで行かせるのは心配なのか、母が父にそう問う。父は苦笑した。

「いいんじゃないか。ついでに、金田にも顔出してやれ。姉さんが喜ぶぞ」
「うん、お邪魔じゃなければ是非」

 最初からそのつもりだったので、こくりと頷いた。
 そのとき、がちゃっとドアの開く音と共に「ふわぁー」とあくびが聞こえる。
 振り向くと健人兄が立っていた。

「あ、健人兄。久しぶり」

 最近バイトばかりで全然会っていなかったから、ちょっとした厭味のつもりだ。最後に会ったのは父の誕生日か。
 私の言葉に、健人兄は「おー。おはよ」と答えてまたあくびをした。

「何の話してたの?」

 牛乳をグラスに注ぎながら聞かれて、母が「礼奈が京都に行くって」と答える。
 健人兄は「へぇ」と目を開いた。きらん、と輝いたように見えて、眉を寄せる。
 何、その一気に目が覚めた感じ。

「いつ行くの? 俺も行こっかな。どうせあれでしょ、父さんたちも、礼奈ひとりで行かせるのは心配でしょ」

 ずばり言われて両親が顔を見合せる。

「確かに健人も一緒なら安心は安心だけど……」

 どうする、と私を見られて、肩をすくめた。

「うん……まあ、いいけど」

 頷いてから顔を上げる。

「でも、私が行きたいところ優先だからね!」
「分かってる、分かってる。どこへでもおつきあいしますよ、お姫さま」

 健人兄はにっこりして、両親に両手を差し出した。

「ーーてことで、旅費のカンパお願いしまーす」
「それが目的か」
「てへっ」

 健人兄はちらりと舌を出すと、朝食のパンをトースターにつっこむ。

「日にちは? 決まってんの?」
「ううん、まだ。卒業アルバムが3月末にできるから、それまでには行きたいけど」
「そっか。だったらさー、金田んとこも行こうよ。その都合で日程決めたらいいんじゃない。父さん、金田に連絡お願いね」
「へいへい」

 健人兄はてきぱきとそう指示を出して、焼けたパンを手に食卓についた。

「兄さんも行くって言うかな」
「さぁな。聞いてみたらどうだ」
「兄妹3人で旅行とか、したことなくない?」

 目を輝かせた健人兄に言われて、私もふと首を傾げる。

「……考えてみればそうかも」
「いいじゃん、いいじゃん」

 健人兄は心底嬉しそうに笑う。

「悠人兄も就活始まったら余裕なくなるだろうし、いい記念になるんじゃね」
「……で、費用は俺達持ちってことな」
「え、ダメ? いい案だと思うんだけどなぁ」

 悪びれもしない健人兄に、父が苦笑を返す。母はうーんと首を傾げて、

「交通費と宿泊費は出してあげる。けど、お小遣は各自ね。礼奈はお小遣も少しあげるけど」
「ほんと? ありがと」

 小遣いは自腹のつもりだったから目を輝かせると、「合格祝いね」と母からウインクが返ってきた。

「合格祝いといえば、栄太兄に何お願いするか決めたの?」

 パンを口いっぱい頬張りながら、健人兄が問う。「まだ考え中」と答えると、健人兄がにかりと笑った。

「栄太兄のことだから、礼奈のお願いなら何でも聞くだろ。思いっきり盛ってからちょっとずつ引くくらいでちょうどいいんじゃないの。押しに弱いし」
「典型的なドア・イン・ザ・フェイスだな。お前の方が栄太郎よりも営業に向いてそうだ」

 どあいんざふぇいす? と首を傾げたら、健人兄が解説してくれた。心理学的手法で、過大要求から少しずつ程度を下げていくと要求が叶いやすい、ということらしい。確かに栄太兄が弱そうな手法ではある。

「でも俺、そういう仕事する気ないんだよね」
「じゃあ何をしようと思ってるんだ?」

 父の問いに、健人兄は人差し指を口元に当てた。

「内緒」
「……どうせ何も考えてないんじゃないの?」

 私が言うと、健人兄がむくれて返す。

「失礼な。君はこの優秀なお兄さまをいったい何だと思ってるんだ」
「遊び人」

 即答してやると、兄が絶句した。両親もそれを目にして笑っている。

「……思いっきり盛ってから……ねぇ」

 健人兄の言葉を繰り返して、考える。盛るって言ったって、どんなお願いをしようか考えつかない。欲しいものもないし、行きたいところも京都奈良くらいだ。
 わざわざ栄太兄にお願いするなら、栄太兄にしかお願いできないことがいい。……でも。
 浮かんだ望みは非現実すぎて、自嘲気味な苦笑を浮かべる。

「……そういえば、朝子ちゃんのときって、結局どこか出かけたのかな」

 花火大会のとき、栄太兄がそれらしいことを話していた気はしたけれど、あえて具体的に聞く勇気はなかったことだ。
 健人兄に聞いてみると、兄は「ああ」と頷いた。

「そうらしいよ。どこっつったかな。品川……? 丸の内……? とりあえず、都内で映画観たり何たりしたみたい。で、そのときに何か買ってやったって言ってた」
「何か?」
「うん。店ぶらついてたら、朝子ちゃんが気に入ったものがあったみたい。アクセサリーだったと思うけど」
「……ふぅん」

 アクセサリー……ね。
 クリスマスプレゼントのことが脳裏をよぎる。
 健人兄の言葉を聞いていた父が、突然くつくつ笑った。

「その後だか前だかに、隼人も朝子ちゃんと2人で出かけたんだろ。ヤキモチ妬いて……って、香子ちゃんも笑ってた」
「え、そうなの? それは知らなかった」

 健人兄が笑う。

「じゃ、礼奈が同じお願いしたら、父さんも礼奈と2人で出かける?」
「馬鹿言うな。そんなことしないよ」

 父が呆れたように鼻で笑った。

「俺は礼奈と2人で過ごしてる時間が多いからいいんだよ」
「え、そういう意味?」
「そういう意味なのね」

 なぜかどこか誇らしげな父に、健人兄と母が顔を見合わせる。
 私も思わず苦笑した。
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