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.第4章 高校3年

102 合格発表(2)

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 その日の夕飯は本当にお赤飯だった。下準備が必要なものだろうに、どうやったのかと思ったら、昼の内に健人兄に豆の下処理をさせたらしい。
 その健人兄はといえば、またしてもバイトで不在なのだった。しかも翌日も朝からバイトだからと、また都内に泊まる予定らしい。それが栄太兄の家なのか、それともジョーさんの家なのか、はたまたもっと違う友人の家なのかは分からない。
 健人兄を除いた4人で乾杯して、「いやーよくがんばったな」「よかったねぇ」と和む。そこでようやく、家族もここ1年は気を使ってくれていたのだと気づいた。

「なんか、気使ってくれてたんだね。ごめん、ありがとう」
「そりゃそうでしょ! 気づかなかったの?」
「うん、あんまり……」

 それだけ自分のことに必死だったのだ。家族はむしろ、あえていつも通りに過ごすようにしていたのだろうけれど、その演技にすら気づかなかった。

「栄太郎には連絡したのか?」

 父に言われて箸を運んでいた手を止めた。見上げると、「お守りもらってたろ」と目を細める。
 それは甥を茶化す表情だった。

「それにしてもすごい数だったよな。いくつあったんだ?」
「えっと……5つ」
「ははははは」

 父は笑いながら、好きなハイボールを口に運ぶ。

「あいつ、自分のときよりもたくさんお守り買ったんじゃないか、もしかして」
「え? そ、そうなの?」

 意外と小心者の栄太兄のことだから、たくさん持っていたんじゃないかと思ったのだけど、そうではなかったらしい。

「自分で買ったのは1つか2つだろ。後は俺と隼人と孝次郎さんから1つずつかな」

 それでも充分4、5個にはなる計算だ。
 母が笑って口を開く。

「関西の神社のお守りつけて、友達に不思議がられたりしなかった?」
「え……ああ、まあ、多少は……でも、花火大会のときとか、栄太兄に会って知ってるし」
「ああ、そうか」

 愛されてるねー、なんて言われたけど、それは黙っておくことにする。鋭い小夏は何やら勘づいていたみたいだけど、受験に忙しくてお互いそれどころじゃなかったから、その後茶化されたこともない。
 そのとき、父のスマホがメッセージの受信を告げた。父が画面をちらりと見て笑うと、それを私に差し出す。

「自分で答えてやれ。まったく、本人に聞く勇気はないんだからしょうがないな」

 言われて見れば、それは栄太兄からのメッセージだった。

【礼奈はどうだった?】

 端的な質問だけれど、そわそわしながら返事を待つ栄太兄は容易に想像がついた。思わず笑ってしまう。

「愛されてるなぁ、私」

 小夏が言った言葉を冗談めかして繰り返すと、父が「はは」と笑った。

「そりゃあ、そうだろ。我が家のお姫さまだからな」
「あら、じゃあ私は王女さまね」

 母の目が茶目っ気たっぷりに輝くと、父は「仰せのままに(イエスユアマジェスティ)」と冗談めかして頭を下げる。母がふふふと笑った。

「気にしてるみたいだし、返事してやれよ。栄太郎のことだから、このままじゃ夕飯も喉を通らない、なんてことになりかねないぞ」
「ふふふ、ありえるね」

 父の言葉に悠人兄が笑う。空けたグラスを手に、「お父さんも飲む?」と立ち上がった。「ああ、頼む」と父が悠人兄にグラスを預ける。

「ちょっと。二人とも、ペース速いんじゃないの?」
「緊張が一気に解れて、つい」
「そうだね。そんな感じ」

 母の言葉に、父と悠人兄が答える。

「ずるいなー。めでたいのは私なのに、ひとりだけお酒飲めないなんて」

 栄太兄への返事を入力しながら言うと、「それもそうね」と母が笑った。

「若さってのは、自由と不自由の両方がつきものなのよ」
「はいはい、そーですか」

【合格しました 礼奈】

 送信ボタンを押してから、追加でもう一文入力する。

【ご心配おかけしました。今日はみんなでお祝いです】

 そして、酒を酌み交わす3人の家族の姿をカメラに収め、栄太兄に送ってみた。

「はい、ありがと、お父さん」
「ん? ああーー」

 父が受け取ったとき、また栄太兄から返事がある。

【主役が写ってへんやん】

「ご所望だぞ」
「え?」

 戸惑う私にカメラを向けて、父が栄太兄に送り返した。私は思わず赤くなる。

「や、やだ。もっとちゃんとした顔撮ってよ」
「構えたら撮らせてくれないくせに。そうだろ?」

 そ、そうだけど……。
 ひとりで写真に写るなんて、難易度の高いことを言われても困る。
 そう思ってたら、また返事が来たらしい。父が「ん」と見せてきたのは、

【元気そうでよかった。やつれてはるんやないかって心配しててん】

「そう言う栄太郎こそやつれてそうだけどな。まあ、それなら健人が何か言うか」

 父は言いながらまたハイボールを口にする。母が「ほんと今日ピッチ速い」と眉を寄せると、父が笑った。
 「たまにはいいだろ」と母に答えると、ふと遠い目をする。

「栄太郎も、そろそろ近くで心配してくれる人が欲しいだろうなぁ」
「それ、健人も言ってたよ」
「あら。いるじゃない、私たちが」
「そういう問題じゃないだろ」

 アルコールが入ってご機嫌になった家族の会話は、わやわやと賑やかに流れていく。いつもよりも少し浮ついた空気を楽しんだ後、お風呂を済ませて部屋に戻った。
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