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.第3章 高校2年、後期
69 修学旅行(14)
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4日目、最終日。
羽田空港に戻ってきたのは午後2時過ぎだった。
集合と同じく解散も空港なので、生徒は荷物を手にした順に、クラス担当に声をかけ、電車やバスに乗り換えて帰っていく。
私は家族が車で迎えに来てくれることになっていた。高速バスもあるのだし、自分で帰ると言ったのだけど、「高速乗る機会あんまりないし、ちょうどいい練習になるから」と悠人兄が迎え担当を買って出たのだ。
うちの家族はいちいち私に甘いような気がする。健人兄を除いて。
「誰が来るの? パパ? ママ? それともお兄さま??」
早々に荷物を手にした小夏は、全然帰路につこうとせず私の横に張り付いている。家族が車で迎えに来る、という以外に伝えてなかったから、目をキラキラ輝かせていた。
「お兄ちゃんが来るはずだけど」
苦笑しながら答えると、小夏は「よっしゃ!」とガッツポーズ。
「イケメンに一目会ってから帰る!」
さあ行こうと腕を引っ張られるようにして、2人でゲートの外へ出た。
出口から離れた柱の横に、長身の姿があった。
ーー悠人兄だ。
目にした家族の姿に少しほっとする。
悠人兄は私に気づいて手を挙げた。
「礼奈」
「悠人兄」
ガラガラとキャリーバッグを引いて近づくと、悠人兄は当然のようにそれに手を伸ばした。私も素直に甘えることにしてバッグを預ける。
「おかえり」
微笑むアーモンド型の目は優しく私をとらえてから、ふと私の後ろにいる小夏へ向いた。
「ああ、文化祭のときの。--こんにちは」
悠人兄の屈託のない笑顔がまっすぐに小夏へ向いた。
「小夏ちゃん、だったかな。礼奈がいつもお世話になってます」
「へ、あ、は、いやあの、こちらこそお世話になってます……」
小夏が珍しくへどもどしながら顔を赤くしている。いつものごとく「イケメン!」とミーハーに騒がないのは、悠人兄の王子様光線が直撃したからだろうか。
そういえば、小夏は好きな人っているのかな。
今度機会があれば聞いてみよう、とひとり頷く。
「じゃあ、礼奈。行こうか」
悠人兄の穏やかな声に呼ばれて、はっと顔を上げた。
「あ、うん」
私は頷いて、小夏を振り返る。
「じゃあ、小夏。お疲れ。気を付けて帰ってね」
「う、うん。礼奈も……」
小夏は言うと、ちらっと悠人兄を見上げてから頭を下げた。はにかんだ小夏の表情がかわいらしい。
悠人兄の隣を歩く。
少し行くと、悠人兄は私がにやにやしていることに気づいて、不思議そうに首を傾げた。
「どうかした?」
「別に、なんでも」
私はにこにこしながら首を横に振る。
ただ、小夏もオンナノコなんだなー、なんて当然のことを思っただけだ。
きっと、好きな人の前では自然とかわいくなるんだろうな、って。
照れ臭そうな小夏の表情を思い出してまたにやついた。
「九州、楽しかった?」
「うん、楽しかったよ」
答えながら、半ば無意識に悠人兄の袖に手を添える。ふと視線を感じて振り向いた。
慶次郎だ。
けれど、私が振り向くと同時に顔を逸らし、バス乗場へと歩いて行ってしまった。
悠人兄と合流して緩んでいた気分が、また少し落ち込む。
慶次郎とは、昨日の夜から一度も口をきいていない。
私を避けている訳ではなさそうだったけれど、茶化してくることも声をかけてくることもなく、よそよそしいままだ。
やっぱりなにか、気に障ることをしただろうか。言っただろうか。いつもとさして変わらない態度をとったつもりなのに。
ぐるぐると頭の中に渦巻くマイナス思考に気づいて渋面になる。
いや、きっと考えすぎだ。
慶次郎とは、10年来のつき合いなのだ。
たった3日で、それまでの関係が変わるわけもないだろう。
学校で会えば、きっとまた、今まで通りのくだらない応酬が始まるはずーー
それは半ば私の願望だったけれど、そう信じていたかった。
「どうかした、礼奈?」
歩調を緩めた私に、悠人兄が不思議そうに問う。私は苦笑して、「ううん」と首を振った。
「楽しかったけど……ちょっと、つかれたかな」
「うん、そうだろうね」
悠人兄は私の言葉をそのまま素直に受けとったようだった。そんな兄の姿に私も微笑む。
そのまま駐車場に向かう気配に、私はふと周りを見渡した。
「そういえば、健人兄は? 一緒じゃなかったっけ」
悠人兄は「来るときは一緒だったよ」と微笑んだ。
車で私の迎えに行くと言ってくれた悠人兄に、父が許可を渋った。ある程度運転には慣れているものの、若葉マークも取れたばかりだ。ひとりで高速に乗るのはさすがに……と不安そうな父に、健人兄が「俺も一緒に乗るから」と進言した。
父もそれならと頷いたのだったけれどーー
「ここまで一緒に来て、電車で都内に行ったよ」
「そうなの? またバイト?」
「さあ」
悠人兄は目を細めて肩をすくめた。実際のところ、健人兄の行く先を知っているのかどうか。
けれど、まあ気にすることもないだろう。
気ままな次兄を思って、私はため息をついた。
「自由だねぇ」
「そうだね。ときどき羨ましいよ」
「ふふふ。私もそう思う」
長兄の台詞に思わず笑う。
「けど、悠人兄が健人兄みたいになっちゃ私困る」
言いながら、筋肉質な腕に抱き着く。
優しい長兄と2人のときには、私もついつい甘えん坊になるのだ。
「安心して。なろうと思ってもなれないから」
「だろうね」
二人で笑い合うと、帰って来たんだなと実感が沸いた。
細く長く息を吐き出す。
たった3日離れていただけだけれど、やっぱり家族の元が落ち着く。いつもは学校でしか会わない友人たちとずっと行動するのは、思っていた以上に気を遣うらしい。
肩の力が抜けてそう気づく。
「今日、夕飯何かな」
「煮込みハンバーグだって。昨日父さんが下準備してた」
「わ、ほんと? 嬉しい」
車に乗り込む頃には、もう修学旅行で感じた複雑な感情はすっかり薄れてしまっていた。
羽田空港に戻ってきたのは午後2時過ぎだった。
集合と同じく解散も空港なので、生徒は荷物を手にした順に、クラス担当に声をかけ、電車やバスに乗り換えて帰っていく。
私は家族が車で迎えに来てくれることになっていた。高速バスもあるのだし、自分で帰ると言ったのだけど、「高速乗る機会あんまりないし、ちょうどいい練習になるから」と悠人兄が迎え担当を買って出たのだ。
うちの家族はいちいち私に甘いような気がする。健人兄を除いて。
「誰が来るの? パパ? ママ? それともお兄さま??」
早々に荷物を手にした小夏は、全然帰路につこうとせず私の横に張り付いている。家族が車で迎えに来る、という以外に伝えてなかったから、目をキラキラ輝かせていた。
「お兄ちゃんが来るはずだけど」
苦笑しながら答えると、小夏は「よっしゃ!」とガッツポーズ。
「イケメンに一目会ってから帰る!」
さあ行こうと腕を引っ張られるようにして、2人でゲートの外へ出た。
出口から離れた柱の横に、長身の姿があった。
ーー悠人兄だ。
目にした家族の姿に少しほっとする。
悠人兄は私に気づいて手を挙げた。
「礼奈」
「悠人兄」
ガラガラとキャリーバッグを引いて近づくと、悠人兄は当然のようにそれに手を伸ばした。私も素直に甘えることにしてバッグを預ける。
「おかえり」
微笑むアーモンド型の目は優しく私をとらえてから、ふと私の後ろにいる小夏へ向いた。
「ああ、文化祭のときの。--こんにちは」
悠人兄の屈託のない笑顔がまっすぐに小夏へ向いた。
「小夏ちゃん、だったかな。礼奈がいつもお世話になってます」
「へ、あ、は、いやあの、こちらこそお世話になってます……」
小夏が珍しくへどもどしながら顔を赤くしている。いつものごとく「イケメン!」とミーハーに騒がないのは、悠人兄の王子様光線が直撃したからだろうか。
そういえば、小夏は好きな人っているのかな。
今度機会があれば聞いてみよう、とひとり頷く。
「じゃあ、礼奈。行こうか」
悠人兄の穏やかな声に呼ばれて、はっと顔を上げた。
「あ、うん」
私は頷いて、小夏を振り返る。
「じゃあ、小夏。お疲れ。気を付けて帰ってね」
「う、うん。礼奈も……」
小夏は言うと、ちらっと悠人兄を見上げてから頭を下げた。はにかんだ小夏の表情がかわいらしい。
悠人兄の隣を歩く。
少し行くと、悠人兄は私がにやにやしていることに気づいて、不思議そうに首を傾げた。
「どうかした?」
「別に、なんでも」
私はにこにこしながら首を横に振る。
ただ、小夏もオンナノコなんだなー、なんて当然のことを思っただけだ。
きっと、好きな人の前では自然とかわいくなるんだろうな、って。
照れ臭そうな小夏の表情を思い出してまたにやついた。
「九州、楽しかった?」
「うん、楽しかったよ」
答えながら、半ば無意識に悠人兄の袖に手を添える。ふと視線を感じて振り向いた。
慶次郎だ。
けれど、私が振り向くと同時に顔を逸らし、バス乗場へと歩いて行ってしまった。
悠人兄と合流して緩んでいた気分が、また少し落ち込む。
慶次郎とは、昨日の夜から一度も口をきいていない。
私を避けている訳ではなさそうだったけれど、茶化してくることも声をかけてくることもなく、よそよそしいままだ。
やっぱりなにか、気に障ることをしただろうか。言っただろうか。いつもとさして変わらない態度をとったつもりなのに。
ぐるぐると頭の中に渦巻くマイナス思考に気づいて渋面になる。
いや、きっと考えすぎだ。
慶次郎とは、10年来のつき合いなのだ。
たった3日で、それまでの関係が変わるわけもないだろう。
学校で会えば、きっとまた、今まで通りのくだらない応酬が始まるはずーー
それは半ば私の願望だったけれど、そう信じていたかった。
「どうかした、礼奈?」
歩調を緩めた私に、悠人兄が不思議そうに問う。私は苦笑して、「ううん」と首を振った。
「楽しかったけど……ちょっと、つかれたかな」
「うん、そうだろうね」
悠人兄は私の言葉をそのまま素直に受けとったようだった。そんな兄の姿に私も微笑む。
そのまま駐車場に向かう気配に、私はふと周りを見渡した。
「そういえば、健人兄は? 一緒じゃなかったっけ」
悠人兄は「来るときは一緒だったよ」と微笑んだ。
車で私の迎えに行くと言ってくれた悠人兄に、父が許可を渋った。ある程度運転には慣れているものの、若葉マークも取れたばかりだ。ひとりで高速に乗るのはさすがに……と不安そうな父に、健人兄が「俺も一緒に乗るから」と進言した。
父もそれならと頷いたのだったけれどーー
「ここまで一緒に来て、電車で都内に行ったよ」
「そうなの? またバイト?」
「さあ」
悠人兄は目を細めて肩をすくめた。実際のところ、健人兄の行く先を知っているのかどうか。
けれど、まあ気にすることもないだろう。
気ままな次兄を思って、私はため息をついた。
「自由だねぇ」
「そうだね。ときどき羨ましいよ」
「ふふふ。私もそう思う」
長兄の台詞に思わず笑う。
「けど、悠人兄が健人兄みたいになっちゃ私困る」
言いながら、筋肉質な腕に抱き着く。
優しい長兄と2人のときには、私もついつい甘えん坊になるのだ。
「安心して。なろうと思ってもなれないから」
「だろうね」
二人で笑い合うと、帰って来たんだなと実感が沸いた。
細く長く息を吐き出す。
たった3日離れていただけだけれど、やっぱり家族の元が落ち着く。いつもは学校でしか会わない友人たちとずっと行動するのは、思っていた以上に気を遣うらしい。
肩の力が抜けてそう気づく。
「今日、夕飯何かな」
「煮込みハンバーグだって。昨日父さんが下準備してた」
「わ、ほんと? 嬉しい」
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