上 下
72 / 368
.第3章 高校2年、後期

69 修学旅行(14)

しおりを挟む
 4日目、最終日。
 羽田空港に戻ってきたのは午後2時過ぎだった。
 集合と同じく解散も空港なので、生徒は荷物を手にした順に、クラス担当に声をかけ、電車やバスに乗り換えて帰っていく。
 私は家族が車で迎えに来てくれることになっていた。高速バスもあるのだし、自分で帰ると言ったのだけど、「高速乗る機会あんまりないし、ちょうどいい練習になるから」と悠人兄が迎え担当を買って出たのだ。
 うちの家族はいちいち私に甘いような気がする。健人兄を除いて。

「誰が来るの? パパ? ママ? それともお兄さま??」

 早々に荷物を手にした小夏は、全然帰路につこうとせず私の横に張り付いている。家族が車で迎えに来る、という以外に伝えてなかったから、目をキラキラ輝かせていた。

「お兄ちゃんが来るはずだけど」

 苦笑しながら答えると、小夏は「よっしゃ!」とガッツポーズ。

「イケメンに一目会ってから帰る!」

 さあ行こうと腕を引っ張られるようにして、2人でゲートの外へ出た。
 出口から離れた柱の横に、長身の姿があった。
 ーー悠人兄だ。
 目にした家族の姿に少しほっとする。
 悠人兄は私に気づいて手を挙げた。

「礼奈」
「悠人兄」

 ガラガラとキャリーバッグを引いて近づくと、悠人兄は当然のようにそれに手を伸ばした。私も素直に甘えることにしてバッグを預ける。

「おかえり」

 微笑むアーモンド型の目は優しく私をとらえてから、ふと私の後ろにいる小夏へ向いた。

「ああ、文化祭のときの。--こんにちは」

 悠人兄の屈託のない笑顔がまっすぐに小夏へ向いた。

「小夏ちゃん、だったかな。礼奈がいつもお世話になってます」
「へ、あ、は、いやあの、こちらこそお世話になってます……」

 小夏が珍しくへどもどしながら顔を赤くしている。いつものごとく「イケメン!」とミーハーに騒がないのは、悠人兄の王子様光線が直撃したからだろうか。
 そういえば、小夏は好きな人っているのかな。
 今度機会があれば聞いてみよう、とひとり頷く。

「じゃあ、礼奈。行こうか」

 悠人兄の穏やかな声に呼ばれて、はっと顔を上げた。

「あ、うん」

 私は頷いて、小夏を振り返る。

「じゃあ、小夏。お疲れ。気を付けて帰ってね」
「う、うん。礼奈も……」

 小夏は言うと、ちらっと悠人兄を見上げてから頭を下げた。はにかんだ小夏の表情がかわいらしい。
 悠人兄の隣を歩く。
 少し行くと、悠人兄は私がにやにやしていることに気づいて、不思議そうに首を傾げた。

「どうかした?」
「別に、なんでも」

 私はにこにこしながら首を横に振る。

 ただ、小夏もオンナノコなんだなー、なんて当然のことを思っただけだ。
 きっと、好きな人の前では自然とかわいくなるんだろうな、って。
 照れ臭そうな小夏の表情を思い出してまたにやついた。

「九州、楽しかった?」
「うん、楽しかったよ」

 答えながら、半ば無意識に悠人兄の袖に手を添える。ふと視線を感じて振り向いた。
 慶次郎だ。
 けれど、私が振り向くと同時に顔を逸らし、バス乗場へと歩いて行ってしまった。
 悠人兄と合流して緩んでいた気分が、また少し落ち込む。

 慶次郎とは、昨日の夜から一度も口をきいていない。
 私を避けている訳ではなさそうだったけれど、茶化してくることも声をかけてくることもなく、よそよそしいままだ。
 やっぱりなにか、気に障ることをしただろうか。言っただろうか。いつもとさして変わらない態度をとったつもりなのに。
 ぐるぐると頭の中に渦巻くマイナス思考に気づいて渋面になる。
 いや、きっと考えすぎだ。
 慶次郎とは、10年来のつき合いなのだ。
 たった3日で、それまでの関係が変わるわけもないだろう。
 学校で会えば、きっとまた、今まで通りのくだらない応酬が始まるはずーー

 それは半ば私の願望だったけれど、そう信じていたかった。

「どうかした、礼奈?」

 歩調を緩めた私に、悠人兄が不思議そうに問う。私は苦笑して、「ううん」と首を振った。

「楽しかったけど……ちょっと、つかれたかな」
「うん、そうだろうね」

 悠人兄は私の言葉をそのまま素直に受けとったようだった。そんな兄の姿に私も微笑む。
 そのまま駐車場に向かう気配に、私はふと周りを見渡した。

「そういえば、健人兄は? 一緒じゃなかったっけ」

 悠人兄は「来るときは一緒だったよ」と微笑んだ。
 車で私の迎えに行くと言ってくれた悠人兄に、父が許可を渋った。ある程度運転には慣れているものの、若葉マークも取れたばかりだ。ひとりで高速に乗るのはさすがに……と不安そうな父に、健人兄が「俺も一緒に乗るから」と進言した。
 父もそれならと頷いたのだったけれどーー

「ここまで一緒に来て、電車で都内に行ったよ」
「そうなの? またバイト?」
「さあ」

 悠人兄は目を細めて肩をすくめた。実際のところ、健人兄の行く先を知っているのかどうか。
 けれど、まあ気にすることもないだろう。
 気ままな次兄を思って、私はため息をついた。

「自由だねぇ」
「そうだね。ときどき羨ましいよ」
「ふふふ。私もそう思う」

 長兄の台詞に思わず笑う。

「けど、悠人兄が健人兄みたいになっちゃ私困る」

 言いながら、筋肉質な腕に抱き着く。
 優しい長兄と2人のときには、私もついつい甘えん坊になるのだ。

「安心して。なろうと思ってもなれないから」
「だろうね」

 二人で笑い合うと、帰って来たんだなと実感が沸いた。
 細く長く息を吐き出す。

 たった3日離れていただけだけれど、やっぱり家族の元が落ち着く。いつもは学校でしか会わない友人たちとずっと行動するのは、思っていた以上に気を遣うらしい。
 肩の力が抜けてそう気づく。

「今日、夕飯何かな」
「煮込みハンバーグだって。昨日父さんが下準備してた」
「わ、ほんと? 嬉しい」

 車に乗り込む頃には、もう修学旅行で感じた複雑な感情はすっかり薄れてしまっていた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...