57 / 368
.第3章 高校2年、後期
54 自由時間は計画的に(2)
しおりを挟む
「九州支社? そんなとこ、行っても何もないぞ」
部活を終えて帰宅すると、父はもうキッチンにいた。私の問いに、困惑した様子でそう返してくる。
私は父の横で手を洗いながらその顔を見上げた。
「だって、そこでアキちゃんと出会って、阿久津さんとも仲良くなったんでしょ」
「あぁ……まあ、そうだけど」
アキちゃんと阿久津さんは父の職場の仲間だ。2人とも大の酒好き。酒盛りとあらば必ず参加する人たちで、花見やらなんやらと、私も何かと会う機会が多かった。
ヨーコさん夫婦共々、我が家とは家族ぐるみのつき合いだ。
アキちゃんは福岡出身だから、酔うとときどき方言が出たりもする。先輩であるはずの父たちに対しても遠慮ない物言いをする、気前がよくて楽しい女性だ。
一方の阿久津さんは私の両親と同期らしい。妻のヒメさんとは一回り以上年齢が離れていて、その子ども3人はまだ小学生やそこら。いつも末っ子扱いされる私にとっては新鮮な存在で、年下のイトコがいたらこんな感じだったかな、なんて思いながら可愛がっている。
その2人と父が親しくなったのは、九州にいた期間でのことらしい。
父が2人と話す様子は、他の友達や知人とはちょっと違う。互いに遠慮がないというか、すごく打ち解けているのだ。
人好きのする父だけれど、本当に打ち解けて接する人は限られている。身内を除けば、二人とジョーさんくらいなもの。
そのジョーさんとは、かなり長いこと近くで働いているらしいから納得もできるけれど、アキちゃんや阿久津さんと仕事したのは九州にいた数ヶ月だけらしい。だからきっと、何か絆を強めるような出来事があったのだろうと思っている。
もちろん、その場に行ったからってそれが分かるわけもないけれど、せっかくの機会だから足を運んでみたいのだ。
……小夏も楽しみにしてるみたいだし。なぜだかよく分かんないけど。
「そこって、博多からは遠いの?」
「普通列車で一時間弱、特急で30分てとこかな」
あっさり言われて動きが止まる。思っていたより遠そうだ。
「だから言ったろ、九州は広いぞって」
私の気持ちを察したらしい父は、そう笑った。私は小さく唇を尖らせる。
「それは……分かってるけど」
頭の中で時間を換算する。往復1時間。滞在時間1時間。……それなら、行けないこともない。
そんなことを思っていたら、またしても私の思考を読んだらしい父が苦笑していた。
「そんなとこより、その近くの織物工場を見た方が面白いと思うけどなぁ……」
父の呟きに顔を上げる。
「織物って、博多織?」
「まあ、そうだな」
面白そう! と目を輝かせると、父が苦笑した。
「そこは仕事の連携先だったところだよ。当時の社長さんはもうだいぶ高齢で、世代交代したはずだけど……」
「え、いいな。行ってみたい!」
「ただ、駅から少し離れてるんだよな……車があればそんなに不便じゃないんだが」
父は首をかしげて困ったような顔をした。
「そっか……なら無理かー」
ちょっと期待した分、残念感が強い。
肩を落とす私を、父はちらりと見下ろすと、ため息をついた。
「……日にちも差し迫ってるから、都合がつくか分からないけど……案内役になってくれそうな奴なら心当たりがあるよ。ダメ元で都合聞いてみるか?」
「えっ、ほんと? やった!」
案内してくれる人がいるなら安心だ。私が手を叩くと、父は「都合がつくか分からないぞ、向こうも仕事してるんだから」とますます苦笑した。
そのとき、玄関の方から声がする。
「ただいまぁ」
「あ、お母さん、おかえり」
帰宅した母をご機嫌で出迎えると、母が訝しげな顔をして私と父を見比べた。
父があらかたの事情を話すと、母が半眼になる。
「……それ、ヒカルちゃんに頼むつもり?」
「お母さんも知ってる人なの?」
父が苦笑している横で、母が呆れたようにため息をついた。「挨拶したことはあるわ」と言うと、腰に手を当てて父に向き直る。
「まったく。ほんと礼奈には甘いんだから」
「そう言うなよ……自覚はしてるんだから」
父が所在なさげに肩をすくめる。ヒカルちゃん、と言うからには両親からみて年下の人なのだろう。女性だろうか。それとも男性?
「まあ、みんな元気にしてるか気になってもいたところだし。もし礼奈が顔を見てきてくれるなら、俺も嬉しいよ」
「みんな?」
「ヒカルの家族」
「ふうん……」
そんなに仲のいい人なのか。
父の知らない一面を垣間見て、なんだかわくわくする。そんな気分を隠そうともしない私に、父がさらに苦笑を強めた。
「でも、礼奈。何度も言うようだけど、向こうの都合次第だからな」
「分かってるって!」
さすがに私もそこまで馬鹿じゃないもの。そんなに何度も言われなくてもちゃんと覚えてるって!
唇を尖らせると、私と父のやりとりを見ていた母があからさまなため息をついた。
でも、こういうときには不思議と運が強い私である。
父の知人である「ヒカルさん」は、幸い都合がつき、快く私の案内役を引き受けてくれた。
ということで、私は晴れて、独身時代の父が過ごした辺りを案内してもらえることになったのだった。
部活を終えて帰宅すると、父はもうキッチンにいた。私の問いに、困惑した様子でそう返してくる。
私は父の横で手を洗いながらその顔を見上げた。
「だって、そこでアキちゃんと出会って、阿久津さんとも仲良くなったんでしょ」
「あぁ……まあ、そうだけど」
アキちゃんと阿久津さんは父の職場の仲間だ。2人とも大の酒好き。酒盛りとあらば必ず参加する人たちで、花見やらなんやらと、私も何かと会う機会が多かった。
ヨーコさん夫婦共々、我が家とは家族ぐるみのつき合いだ。
アキちゃんは福岡出身だから、酔うとときどき方言が出たりもする。先輩であるはずの父たちに対しても遠慮ない物言いをする、気前がよくて楽しい女性だ。
一方の阿久津さんは私の両親と同期らしい。妻のヒメさんとは一回り以上年齢が離れていて、その子ども3人はまだ小学生やそこら。いつも末っ子扱いされる私にとっては新鮮な存在で、年下のイトコがいたらこんな感じだったかな、なんて思いながら可愛がっている。
その2人と父が親しくなったのは、九州にいた期間でのことらしい。
父が2人と話す様子は、他の友達や知人とはちょっと違う。互いに遠慮がないというか、すごく打ち解けているのだ。
人好きのする父だけれど、本当に打ち解けて接する人は限られている。身内を除けば、二人とジョーさんくらいなもの。
そのジョーさんとは、かなり長いこと近くで働いているらしいから納得もできるけれど、アキちゃんや阿久津さんと仕事したのは九州にいた数ヶ月だけらしい。だからきっと、何か絆を強めるような出来事があったのだろうと思っている。
もちろん、その場に行ったからってそれが分かるわけもないけれど、せっかくの機会だから足を運んでみたいのだ。
……小夏も楽しみにしてるみたいだし。なぜだかよく分かんないけど。
「そこって、博多からは遠いの?」
「普通列車で一時間弱、特急で30分てとこかな」
あっさり言われて動きが止まる。思っていたより遠そうだ。
「だから言ったろ、九州は広いぞって」
私の気持ちを察したらしい父は、そう笑った。私は小さく唇を尖らせる。
「それは……分かってるけど」
頭の中で時間を換算する。往復1時間。滞在時間1時間。……それなら、行けないこともない。
そんなことを思っていたら、またしても私の思考を読んだらしい父が苦笑していた。
「そんなとこより、その近くの織物工場を見た方が面白いと思うけどなぁ……」
父の呟きに顔を上げる。
「織物って、博多織?」
「まあ、そうだな」
面白そう! と目を輝かせると、父が苦笑した。
「そこは仕事の連携先だったところだよ。当時の社長さんはもうだいぶ高齢で、世代交代したはずだけど……」
「え、いいな。行ってみたい!」
「ただ、駅から少し離れてるんだよな……車があればそんなに不便じゃないんだが」
父は首をかしげて困ったような顔をした。
「そっか……なら無理かー」
ちょっと期待した分、残念感が強い。
肩を落とす私を、父はちらりと見下ろすと、ため息をついた。
「……日にちも差し迫ってるから、都合がつくか分からないけど……案内役になってくれそうな奴なら心当たりがあるよ。ダメ元で都合聞いてみるか?」
「えっ、ほんと? やった!」
案内してくれる人がいるなら安心だ。私が手を叩くと、父は「都合がつくか分からないぞ、向こうも仕事してるんだから」とますます苦笑した。
そのとき、玄関の方から声がする。
「ただいまぁ」
「あ、お母さん、おかえり」
帰宅した母をご機嫌で出迎えると、母が訝しげな顔をして私と父を見比べた。
父があらかたの事情を話すと、母が半眼になる。
「……それ、ヒカルちゃんに頼むつもり?」
「お母さんも知ってる人なの?」
父が苦笑している横で、母が呆れたようにため息をついた。「挨拶したことはあるわ」と言うと、腰に手を当てて父に向き直る。
「まったく。ほんと礼奈には甘いんだから」
「そう言うなよ……自覚はしてるんだから」
父が所在なさげに肩をすくめる。ヒカルちゃん、と言うからには両親からみて年下の人なのだろう。女性だろうか。それとも男性?
「まあ、みんな元気にしてるか気になってもいたところだし。もし礼奈が顔を見てきてくれるなら、俺も嬉しいよ」
「みんな?」
「ヒカルの家族」
「ふうん……」
そんなに仲のいい人なのか。
父の知らない一面を垣間見て、なんだかわくわくする。そんな気分を隠そうともしない私に、父がさらに苦笑を強めた。
「でも、礼奈。何度も言うようだけど、向こうの都合次第だからな」
「分かってるって!」
さすがに私もそこまで馬鹿じゃないもの。そんなに何度も言われなくてもちゃんと覚えてるって!
唇を尖らせると、私と父のやりとりを見ていた母があからさまなため息をついた。
でも、こういうときには不思議と運が強い私である。
父の知人である「ヒカルさん」は、幸い都合がつき、快く私の案内役を引き受けてくれた。
ということで、私は晴れて、独身時代の父が過ごした辺りを案内してもらえることになったのだった。
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる