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.第3章 高校2年、後期

46 体育祭(1)

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 夏休みが明けると、体育祭が待っている。
 それまでの約二週間、朝や昼休みのグラウンドでは部活がなくなり、体育祭の練習に使われるのが慣わしだ。
 体育祭の競技は全てチーム対抗で行われる。縦割りで、1~3年が合同チームだ。
 当然、ここで先輩と仲良くなる人も多いし、憧れの先輩が同じチームなら近づくチャンスーーということになる。
 だから、というべきかどうか。昨年の健人兄はほとんどハーレム状態だった。
 そうは言っても、バランス感覚のいい健人兄だから、当人は男子にばかり声をかけ、近づいてくる女子にはほどほどの距離感で接するだけ。結果、男子に恨まれず、女子に過度な期待を抱かせず、ますます神格化されたのだけれどーー
 まあ、今や卒業した人の話だから、思い出語りはこの辺りで留めておくことにする。

 始業式の後のホームルームでは、先生の伝達事項に続いて、リーダーシップを取る3年生から体育祭の練習について話があった。

「リレーの選手は明日からバトン練します。8時にグラウンド集合で。二人三脚の人も練習します。他の競技については曜日決めて練習するんで、予定表張っておくから確認してくださーい」
「バックボードは夏休み中に大体できましたけど、まだまだ手直しするんで協力よろしくー。作業場所は夏休みのときと変わってるので気を付けてください」
「1年の衣装、最終調整してます。あと5人、夏休み中にできなかったのでこれから調整予定です。直しの協力できる人は放課後3年の教室までお願いします」

 これからは2、3日ごとに、こうして上級生がチームの状況を説明に来る。
 衣装とは、わが校の体育祭の華である1年生のダンスのものだ。女子は応援合戦でチアを、男子は競技で仮装ダンスを披露する。その衣装は3年がデザインして、2年と共に作ることになっている。
 もちろん、いかにも体育祭らしい競技もある。チーム対抗リレーもその一つで、うちのクラスからは慶次郎と小夏が出る予定だ。
 3年が去った後、私の前の席に来た小夏に「がんばってね」と声をかけた。小夏からは「もっちろん」とにっこり笑顔が返ってくる。
 そして肘で私をつつくと、通路を挟んだ隣の席の慶次郎を指し示した。

「慶ちゃんにも言ってあげてよ」

 慶次郎は私に背中を向け、後ろの席の男子と話していた。私と小夏のやりとりには気づいていない。

「なんで」

 間髪入れず無表情で返すと、小夏は苦笑した。

「そんな即座に拒否しなくても……」

 私は頬杖をついて、ため息まじりに慶次郎を見やった。私にとっては、あえて応援する必要性など感じない。

「別に私が応援しなくても、応援してくれる子いるんじゃない?」

 ……例えば、あーちゃんとか。
 あ、でもだめか。あーちゃんはチームが違うから、応援したくともできないに違いない。
 別のチームの走者を応援したくともできず、もどかしい想いを抱える後輩の姿を妄想して、なんだかきゅんと切なくなった。

 はー、いいよなぁ、そういうの。なんだかとっても青春っぽい。

 勝手な妄想に勝手に身もだえ、うんうんと頷いた私は慶次郎の肩を叩いた。

「言葉は届かずとも、気持ちは受け取れよ、慶次郎」
「……はぁ?」

 突然の声掛けに、呆れたような半眼が返ってきた。小夏が目を輝かせる。

「それってつまり、言葉にはしないけど応援してるよ、っていう意味?」
「変な訳つけないでくれる? 全然、全っ然、違う」

 ぶんぶん首を横に振ったけれど、小夏は「まったまたー照れちゃって」と取り合ってくれない。
 私はやれやれとため息をついた。
 小夏のこの手の「お節介」も困りものだ。

「それにしても、残念だったね。コンクール」

 急に変わった話題に、私は苦笑する。

「そっちもね」
「そーねぇ。もう一息行けるかと思ったけど。特に男子」

 女子バスケ部は2回戦で敗退、男子は県大会手前まで行ったところで敗退したらしい。

「ま、勝負事だから仕方ないよね。次は体育祭、その次は受験か。まだまだ勝負は続くね」
「勝負かー。確かに。でも、勝負事ばっかりだとお腹いっぱいになりそう。たまには息抜きもしたいよね」

 私がううむと唸ると、小夏が前のめりになった。

「じゃあさ、来年の花火大会、行こうよ」
「花火大会?」
「夏休み入る前に話してたじゃん。鎌倉の」
「ああ……」

 そういえばそんな話もしたかも。
 小夏、本気だったんだ。
 曖昧に頷いた私に斟酌せず、

「ねっ、慶ちゃんも行こうね!」

 小夏はばしんと慶次郎の背を叩いた。
 慶次郎が「痛ってぇな!」と小夏を睨む。
 夏休みを挟んでも、この2人も相変わらずだ。
 私はあははと笑った。

「仲良しだねぇ」
「やめろ!」
「断固拒否!」

 いつも私が小夏に言われている言葉を、ここぞとばかりに口にしてやると、慶次郎と小夏は声を重ねて否定した後、険悪な表情でにらみ合った。

 ***

 ーーということで、3年生の言っていた通り、翌朝から体育祭の練習が始まった。校門から校舎に向かう途中ででグラウンドを眺め、リレーの練習をしているチームメイトを探す。
 リレーで走る順番は1年女子男子、2年女子男子、3年女子男子、そしてアンカー。アンカーのみはどの学年からでもオーケーだけど、3年生のリーダーがトリを飾るのが慣習だ。
 練習中のメンバーの中に慶次郎と小夏を見つけて口元がほころんだ。
 今日はバトンの受け渡しの練習をしているらしい。ちょうど、小夏から慶次郎へバトンが渡された。

 がんばってんじゃーん。

 2人の姿に微笑が浮かぶ。慶次郎も真剣な面持ちだ。
 いつもなんだかんだ言ってはいるけど、やっぱり幼馴染が活躍しているのを見るのは嬉しいことだ。自分と同じチームであるならなおさらのこと。
 まだホームルームまでは少し時間がある。少し見てから行こうと立ち止まって眺めていたら、後ろから「おはようございます」と声をかけられた。
 振り向くと、部活の後輩ーー1年のあーちゃんが立っている。

「あ、おはよー」

 私がへらりと微笑むと、あーちゃんはかわいらしい笑顔で首を傾げた。私が見ていた先を見て、はっと頬を染める。

「……あ」
「ああ、うん。いるよ、馬場慶次郎」

 フルネームは知らないかもしれないと、慶次郎を指さして教えてやる。

「運動は割とできる方だからね。バスケ部でもエースだったらしい」

 中学時代は私もバスケ部だったからそのプレイを見ていたけど、高校に入学してからは一度も見ずじまいだったと気づく。
 最後の大会くらいは行ってやればよかった。中学の友人と会うときにも、話のネタになっただろうに。
 ついそんなことを考えるあたり、やっぱり私にとって慶次郎は、異性としてどう、という対象ではないらしい。よくも悪くも、幼馴染だ。今まで腐れ縁でいたし、たぶんこれからも……

 思いかけて苦笑する。いや、さすがにここまでだろう。わざわざ同じ大学に入るとは思えないし、入ったとしても学部が違えば通うキャンパスだって変わってくる。

「……馬場先輩、リレー出るんですね」

 確認するように、あーちゃんが呟く。私より少し高い位置にある目は、グラウンドの向こうを走る慶次郎のことをじっと見つめていた。
 周囲のことなど目に入っていないようだ。

 ……これが恋する乙女の目、ってやつかな。

 それが気の知れた幼馴染に向いたものだと思うと、私はなんだか気恥ずかしくなって、小夏に目を向けた。小夏が1年の男子からバトンを受け取るのが見える。
 バトンを受け取って、明るく笑う小夏の顔が見えた。小夏はいつも、一所懸命で明るい。私の大好きな笑顔だ。
 口の横に手を添えて息を吸う。

「小夏ー! がんばー!」

 小夏が私に気づいてぱっと顔を輝かせ、手を振ってくれた。
 私も手を振り返す。
 私の声に気づいて、慶次郎もこっちを見ていた。はっとしてあーちゃんの肘をつつく。
 あーちゃんはうろたえながら、慶次郎に頭を下げた。
 慶次郎は不思議そうな顔で会釈を返す。
 首を傾げる様子は、どこで会ったか思い出そうとしているようだ。

 なによぅ。こんなに可愛い子、忘れたっての?
 文化祭で一度挨拶をしたし、バスの中でも庇ってあげてたくせに。
 ……バスの中のはあんまり認識してないのかな。

「うーん、分からん」

 私が呻くと、隣に立っているあーちゃんが困惑した様子で「何のことですか」と聞いた。私は「ううん、こっちの話」と手を振って、校庭横に立っている時計に目をやる。

「私、そろそろ行こ。じゃーね、あーちゃん」
「あっ、はい」
「そうだ。ダンス、楽しみにしてるね」

 私が笑って手を振ると、あーちゃんは丸い目をまたたかせて気恥ずかしそうに笑った。

 んあっ。可愛いっ。
 あーちゃんは白い肌がもっちもちで、丸顔だけど手足は華奢だ。
 癖っ毛だという髪は高すぎない位置でひとくくりにしていて、これでチアなんて踊ったら可愛すぎると思う。

 慶次郎もほろっと行っちゃうんじゃないの~。

 なーんて、ニヤニヤしながら校内へ入って行った。
 いつか、機会を見つけて、慶次郎を茶化してやろう。
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