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.第2章 高校2年、夏休み

36 イトコ会(3)

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 大量のそうめんを茹でたのが女子二人だったから、夕飯は男性陣に任せることになった。

「何にしようか」
「肉!」
「カレー!」

 男3人は、わいわいと騒がしく玄関先へ向かう。靴を履きかけた健人兄が「そういえば」と翔太くんに顔を向ける。

「花火って、どれくらいあんの? 足りる?」
「どうだろ。みんながどんだけやりたいかによる」
「久しぶりだからじゃんじゃんやろうよ」

 翔太くんが持ってきた花火を確認し、「全然少なくね? 買い物ついでに買い足そう」と言いながら、健人兄が靴を履いた。お祭り好きの本領発揮というところか。
 あーだこーだと話しながら出ていく3人を見送って、祖母が心配そうな顔をした。

「ほんとに任せちゃって大丈夫かしら」
「大丈夫でしょ、多分」
「偏ったメニューだったら、ありもので一品作るよ」

 私と朝子ちゃんが言うのを聞いて、祖父が苦笑する。

「誰も彼も、しっかりしてるなぁ。香子ちゃんと彩乃ちゃんの教育の賜物だな」
「そうかなぁ」

 祖父の言葉に、私は首を傾げた。

「お父さんが普通に台所に立ってるから、お兄ちゃんたちも自然と台所に立つんだと思うよ。そういう意味ではお父さんの教育かも」
「それってあるよね。自然にできるかどうかって大事」

 頷いてから、朝子ちゃんがふと考えるような顔になる。

「そういえば、栄太郎お兄ちゃんも普通に台所立つイメージあるけど、孝次郎さんって家にいないこと多かったらしいし、何でだろう」
「そりゃ、和歌子だからな」

 笑ったのは祖父だ。隣で祖母も笑う。
 栄太兄の母である伯母、和歌子さんは、家族にとって相当強烈なキャラクターらしい。ときどき会う私たちにとっては、「しっかり者のカッコイイ女性」というくらいのイメージしかないのだけど。
 警察官である伯父の孝次郎さんも、ああいう女性なら安心して家を任せて職務に専念できるだろう。和歌子さんはそう納得できるような雰囲気のある、自立した女性だ。
 私にとって、ヨーコさんと並んで、憧れる女性の一人だ。

「和歌子のことだから、『これからの男は家事を一通りできないと結婚できないわよ』くらいは言ったんじゃないの」
「ありえる」

 祖母と笑い合った後、祖父は肩をすくめた。

「じいちゃんも、『料理の一つもできないと、そのうちお母さんに捨てられちゃうわよ!』って言われたからな」
「ふふふふふ」

 祖母が笑う。

「おじいちゃん、それから慌ててあれこれするようになったものね。和歌子の一撃は効くわぁ」
「必殺だからなぁ。政人も相当にやられてたなぁ」
「あら、おかげで彩乃ちゃんみたいな素敵な子と一緒になれたんだからいいじゃない」
「和歌子の教育の賜物か」

 祖父は笑った後、気づいたように腕組みをした。

「それにしても、栄太郎はそういう話もないな。就職した頃はデートだなんだとも聞いたが」
「それもそうねぇ。朝子たちが大学生ってことは、栄太郎は今……いくつだったかしら」
「私より10上だから……29じゃない?」

 言ってから、朝子ちゃんが首を傾げた。
 指折り数えてから、ふと思い出したように笑う。

「礼奈ちゃん、政人さんって結婚したのいくつのときだったっけ」
「え? えと……32……か33か……」
「そっか」

 くつくつ笑う朝子ちゃんに、「それが何か?」と尋ねると、楽しげな笑顔が返ってきた。

「栄太郎お兄ちゃん、前に言ってたの。政人より早く結婚して、俺の優秀な遺伝子をたくさん残すんだって」
「何、それ」

 呆れつつ、栄太兄らしさに笑ってしまう。栄太兄が何かと父をライバル視するのは今に始まったことではない。まだ小さな、幼少期と呼べる頃からだそうだ。
 でもそれは、父への尊敬の念の裏返しらしい。当人の前では口にしないものの、酔う度私に父の長所を語ることからもそれは分かる。
 だから、栄太兄はわざわざ親元を離れ、都内の大学ーー父の母校に進学したのだ。
 当人が口にした訳ではないらしいけど、そうだろうとみんな察している。それは母である和歌子さんもで、大学進学が決まると同時に、父に電話をしたんだそうだ。

『政人。あんたのせいでうちの息子がそっちに行くことになったんだから、責任取りなさいよ。変なことしないように見張って。女の子泣かせたなんて聞いたらすぐ殴りに行くから!』

 父がその話を伝えると、栄太兄は本気で苦り切った顔をしていた。父もその表情を見て「お前も苦労するな……」と同情していたくらいだ。普段は「政人には負けへん」といきる栄太兄も、こと、母である和歌子さんの話題になると父を同士とみなしているらしい。
 叔父と甥にしては不思議な関係だけれど、それも和歌子さんという存在あってのことだろう。

「栄太郎ももう30か……」

 祖父がしんみりと言った。

「あいつもタキシードが似合うだろうなぁ。じいちゃんは晴れ舞台が見られるかな」
「やだな、縁起でもない」

 私は笑って祖父の肩をたたいた。その肩は、記憶にある祖父のそれよりも骨ばっている。改めてそう気づいて、内心どきりとした。

「元気でいてよ。私だって晴れ姿、見て欲しいんだから」
「私もー」

 朝子ちゃんが笑って、祖父母の手を握る。

「若いエネルギー分けてあげる」
「あっ、いいね。私も。びびびびび」

 四人で円になって手を繋ぎ、誰からともなく笑った。
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