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.第1章 高校2年、前期

21 文化祭(2)

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 昼食を済ませ、2時頃からキッチンの仕事についた。教室の片隅に作った簡易な仕切りの内側で、注文の品を揃えて並べて、接待役の男子に渡す。
 出し物は午後4時に終えることになっているから、私の仕事の時間は2時間くらいだ。
 狭いキッチンスペースでは、この小柄さが役にたつ。そう予想されていたから、特段希望がなければキッチン担当は小柄な子を、とこれも気転がきく小夏の発案だった。
 教室の壁にかけられた時計が、敷居の向こうにちょっとだけ見える。午後3時過ぎ。1時間が経過したらしい。

「礼ちゃん、ちょっと休んできてもいいよ。人、足りてるし」
「ううん、大丈夫。こう見えても元運動部だし、体力あるから。みんなの方こそ休んでもいいよ」

 クラスメイトにそう返し、手を動かす。確かに私一人がいなくても回るだろうけど、ばたつくのは目に見えている。
 うちのクラスは昼食向きのメニューがない代わり、昼から少し時間が経った今、一息つくには格好の場所だ。お客さんの数は今の時間がピークに思える。

 でも、あと1時間。1時間がんばれば。

 そう思っていたとき、きゃぁ、と廊下で黄色い歓声が上がった。「え、マジで?」と男子もばたばた廊下に向かう気配がする。

 同時にーー私の胸中に、嫌な予感がよぎった。

「礼奈、礼奈っ! お兄様よ!!」

 キッチンの仕切りを思い切り開いたのは小夏だ。出入りのときには最低限の開閉を心がけていたのに、小夏ががっつり広げたので、キッチンの中が丸見え。慌てて小夏を外に押し出し、自分も外に出て仕切りを閉める。
 そのとき、頭上が陰った。

「よ、礼奈。来てやったぞ」

 爽やかな声と笑顔。

 要らねぇえ!!!!

 心中全力で叫びつつ、言葉に出さなかったのは健人兄の隣に悠人兄がいたからだ。余裕の笑顔を浮かべている健人兄とは違い、不慣れな学校にちょっと戸惑い気味の悠人兄は困惑顔で立っている。
 私はがっくりとうなだれた。

「……来るって、言ってなかったじゃん……」
「あー、うん。そうなんだけど」

 健人兄は頭を掻いて、悠人兄と顔を見合わせた。

「父さんたちは、明日の午後来るっつってたけど、俺たちは明日予定あっからさ。じゃあ今日行っちゃう? って話になって」
「……いいよ……別に来なくても……」

 私はもう、気が気じゃない。
 母似の健人兄の目は、私と同様猫目気味。髪を短く切り揃えたスポーツマンらしい容姿をしている。
 悠人兄はさらりとした髪をほどほどの長さに整え、優しい顔立ちに筋肉質な身体つき。
 二人とも180センチを超えていて、身長だけでも「目印」になるほどには目立つのだ。

 帰って。もういいから。早く帰って。
 そう言いたいのをぐっと堪えて、もう少し穏やかな言葉を探すうち、悠人兄がふわりと微笑んで首を傾げた。

「ごめんね、驚かせて。今日の演奏は、終わっちゃったんだっけ?」

 ……可愛いから許す(悠人兄は)。

 私は深々と息を吐き出して頷いた。

「今日は午前中だけだったから。明日は午後だけど」
「あー。だから父さんたち、明日の午後来るっつってたのか。なーるー」

 なーるーじゃないよ。テキトー過ぎでしょ。悠人兄、振り回されてかわいそうじゃんよ。

 呆れと苛立ちに黙って健人兄を見上げる。クラスメイトもお客さんも、廊下の外の人たちも、ちらちら兄たちを見ているのを感じる。
 控えめに言って、視線が痛い。
 こういうことがあるたび、私は消え入りたくなる。もし透明人間になれるなら、兄の近くにいるときの私は迷わず透明になっているだろう。

「公立高校って、こんな感じなんだね」

 悠人兄は周りを見回しながらおっとりと言った。同じ家に育っているはずなのに、どことなく王子様仕様なのは第一子故か。

「そうだね……まあ、楽しんでって……」
「何言ってんだよ。お前、フリータイムないの? もうぼちぼち出店終わりだろ? 10分くらいつき合えよ」

 手首の時計を確認しながら健人兄が言う。
 どんだけ横暴よ。
 これまた違う意味で王子様仕様だ。ううん、俺様の間違い。俺様健人兄。

「今忙しいの、見て分かるでしょ。そういうことはーー」
「あ、いいですよー。私ヘルプに入りますから。兄妹水入らずで行ってきてください」

 口を開きかけた私を、ぐいと押し出したのは小夏だ。
 な、何を。
 慌てて振り返ろうとしたけど、小夏は全然意に介せず。「あ、ほんと? じゃ借りるね」とにこやかに私の手首を握った健人兄ににこりと手を振って、私には親指をびしりと立ててきた。

 ……何を余計な……!!

 だいたい、なんだ兄妹水入らずって。夫婦でも親子でもないんだから!
 ぐぬぬと奥歯を噛み締めている私の横で、悠人兄がふふ、と笑った。

「礼奈、面白い友達がいて楽しいね」

 悠人兄はそう言って、心底喜ばしそうに細めた目で私を見下ろした。
 その優しい表情に何も反論できなくなり、私はため息混じりに「まぁね……」とだけ答える。
 一方、どう考えても確信犯の健人兄が、私たちの後ろでくっくっと笑っていた。
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