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.第1章 高校2年、前期

16 合宿(5)

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 ナーガと一緒にみんなのところへ戻ると、夕飯後に2年だけでミーティングすることになった。
 合宿棟の和室は、十畳の部屋が3つ繋がっていて、ふすまを取ればつなげられる。
 ソフトドリンク片手に、それぞれ今の練習のやり方に感じていた疑問をぶつけ、話し合う。生徒の主体性を尊重する学校だから、顧問の先生は求められたときにしか意見を言わない。先生にはミーティングすることを告げたけれど、あえて列席してもらうのはやめ、2年だけでとことん、話し合った。

「そうは言うけど、あえて負け戦するのも変じゃない? コンクールにはコンクールのやり方っていうのがあるんだから、それにはそれの傾向を把握して、対策を立てて出演すべきだろ。ただ楽しい演奏がしたいんなら、3月の定演にやればいいじゃん」
「それも分かるし、ナーガの言うことも分かる。今年の1年生は初心者も多いから、まず楽しんでもらうっていうのは大事かも」
「個人の考えがどうっていうより、団体競技なんだからさ。今の俺達にとっての最高のパフォーマンスが、どうすればできるか、っての考えるのはどうなの? それが譜面通り演奏することならそうすればいいし、まず楽しむっていうならそれもアリじゃない?」

 ナーガの意見に賛同する人、反対する人、中立派、それぞれ同じくらいの人が声をあげる。

「どーすんのかなぁ、こんだけ紛糾して。解決方法は、まさかの多数決?」

 部屋の隅でみんなの様子を眺めていたコアラは、こういうときもどこか楽しげだ。飄々とするその姿勢に、男子の一部が苛立って「お前、本気で考えてんの?」と睨みつける。コアラは肩をすくめた。

「だぁって、みんな分かってるんでしょ。どれも、考えようによっては正論だよ。正論と正論ぶつけあって、で、どうすんの? って話。分裂して2つの部活作るわけには行かないんだからさー、一つにまとめる必要があるよね。その手法について、さて礼ちゃんはいかがお考えか」

 いきなり話を振られて、ぎくりと肩をすくめる。私はそこまで、あえて自分の意見を口にはしていなかった。ナーガが話すとき、ついついふて腐れたような口調になるのを横からフォローしてあげたくらいだ。
 和室の中は、熱気でもやんとしていた。約25人、50個近い目が黙って私を見つめてくる。私はその圧に耐えかねて目をさ迷わせ、「私は……」と言いかけたところでナーガと目が合い、次いでナルナルと目が合った。
 二人とも、私の意見を聞く姿勢になってくれている。
 そう分かり、ますます意見が言いづらくなる。
 かといって、コアラがあえて私を示したのも意図があるだろう。ニヤニヤしているのか、笑った顔がデフォルトなのか、コアラはいつもと変わらない緊張感のない表情で私を見ている。
 まるで「お手並み拝見」とでも言われているみたいだ。
 私はため息をついた。

「……正直、私にも分からない」

 ああ、また言われるかな。八方美人とか、優柔不断とか。
 偽善者。優等生。いい子ちゃんーー

 今まで深い意図なく言われた言葉が脳裏を巡る。けど、これが私の本音なんだから仕方ない。
 お腹に力を込めて、言葉を吐き出した。

「コンクールに挑戦するからには、全力を尽くしたい、と思う。その結果が賞に繋がって、みんなと舞台で演奏できる回数が増えたら、それは嬉しいなと思う。だけど、それよりも……私は、みんなで、舞台に立ちたい」

 私はそこまで言って、ひと息ついた。さっきの賑やかさが嘘のように、みんな黙って私の言葉を聞いている。我ながらつたない言葉を、それでも精一杯考えながら紡ぎ出す。

「まずは、みんなで舞台に立ちたい。物理的に舞台の上にいる、っていうんじゃなくて、そこにみんなの気持ちがあってほしい。演奏の完成度は高ければ高いほどいいけど、それよりみんなの気持ちが一つであってほしい。音が一つになるのと違って、気持ちが一つになってるなんて、全然、見えないことだけど……でも、そういう中で演奏できたら、多分、演奏してる私たちには分かると思うんだ」

 知らずうつむきがちになった視線を上げると、そこにはナルナルがいた。

「きっと、そういう……私たちの気持ちが一つになる演奏ができるかどうか、分かるのはナルナルだと思う。私はトランペットのことしかわかんないけど、ナルナルはみんなの音を聞いてくれてるから。だから、ナルナルの判断にーーううん、指揮者の判断に従う」

 私はまっすぐナルナルを見た。ナルナルは微笑んでいる。一瞬、沈黙が訪れる。沈黙を破るように、ふふ、と笑ったのはコアラだ。

「さっすが、礼ちゃん」

 私は先日の厭味を思い出して身構える。けど、コアラは心底嬉しそうに、私に抱き着いてきた。

「期待を裏切らない回答。礼ちゃんのそういうとこ、安定感あって好きだわー」

 私は戸惑いながら、「あ、ありがとう……?」と曖昧な返答をした。褒められたのかけなされたのか、よく分からない。コアラがけらけら笑う。部長のダダちゃんとはしもっちゃんが、顔を見合わせてため息をついた。

「まあ、指揮者あっての吹奏楽だもんね。異論なし」
「私も異論なし」

 次々、異論なし、と声が上がる。中には渋々頷く人もいたけど、空中分解するくらいなら従うというところか。

「つまりー」

 ナーガがいきなり、すっくと立ち上がった。平均より低い身長だけど、他の部員が畳に直接座っているから、必然的に上から目線になる。

「今の話を受けた上で、指揮者としてどう曲を解釈し、指示を出すか、というのは成田大先生にお任せするということで、2年一同合意を得ました!」
「お前が偉そうに言うな!」
「何を言う! 喧嘩の火種は早いうちに摘んだ方がいいんだよ!」
「そこまで考えてやったことなら、それなりに評価もするけどね」

 みんながやいややいやと茶化す中、ナーガの近くにいる私の目には、真っ赤になった耳が見えた。
 私は抱き着いたままのコアラと顔を見合わせて笑う。

「責任重大だなぁ」

 ナルナルは首に手を当てて言ったけど、その目はキラキラと輝いていた。

「ーー俺が、解釈していいってことね」

 今まで見たこともない、挑むような目。
 負けず嫌い、っていうのはーーあながち、間違いではないのかもしれない。

「今の俺たちが、一番パフォーマンスを発揮できる指揮……」

 私の耳元で、「成田大先生、着火しちゃったね」とコアラが囁いた。
 私は反応に困って肩をすくめた。
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