さくやこの

松丹子

文字の大きさ
上 下
97 / 99
第三章 さくらさく

96 ホーム

しおりを挟む
 送別会をしたのだから歓迎会もしなきゃね、と言ってくれたのはアヤさんだったようだ。連絡は神崎さんから来たけど。
 またしても二人の家を会場に、ホームパーティーが開かれたのは年度が始まる直前の週末。
【一人連れていってもいいですか?】
 という私の連絡に、先輩たちは色めき立ったらしい。
「ドイツで男見つけて来たのかと思ったわ」
 そう言って笑うアヤさんは、初めて会う咲也をいつもと変わらぬ態度で迎えてくれた。
「ホントに喧嘩別れじゃなかったのか」
 無表情に言うのは阿久津さん。
「よかったな」
 神崎さんに笑顔を向けられ、咲也はひどくうろたえた。
 私は咲也の脇腹を肘でつつく。
 咲也は決心したように頷いて、鞄から袋を取り出した。
「あ、あの……これ」
「え?」
「ずっと、返しそびれていて、すみません」
 それは三年前、花見の時に借りたタオルだ。
 神崎さんはぽかんとした後、口元を手で押さえて噴き出す。
「よかったのに、こんなの。そんな丁寧にーー」
「違うんです」
 咲也は真っ赤になって言った。とても顔を見られないらしく、袋を差し出した自分の手元を見ている。
「俺ーーまた、会いたくて」
 声は、小さくなった。
 神崎さんが動きを止める。咲也の顔をじっと見たが、咲也はほとんど泣きそうな顔で俯いたままだ。
 私は黙って咲也の手に手を添えた。咲也が私を横目でとらえ、気弱に笑う。私は笑い返した。
 神崎さんは首の後ろに手を当てて、小さく嘆息した。
「なるほどな……そういうことか」
 呟いて、タオルを受け取る――と見せかけ、その手首をつかんで引き寄せると、乱暴にハグをした。
「おかえり」
 低い台詞に、咲也は身じろぎもせず涙ぐむ。
 身動きが取れないのは、物理的に身体を包まれているせいではないだろう。涙はほとんど生理的な反応かもしれない。
 私は思わず噴き出した。
「帰ってきたご褒美にしては、贅沢過ぎません?」
「せやなぁ。うちも総会の前後にはお願いしたいわ」
「ヨーコさぁん」
 違う意味で涙ぐむのは安田さんだ。変わらぬ夫婦模様に私は笑う。
「どういうこと?」
 キョトンとした顔でアヤさんが言った。神崎さんが笑いながら咲也から離れる。
「ま、おいおいな」
 咲也はくたりと上体を曲げて膝に手をついた。
「今なら死んでもいい……」
「あんたが言うとそれ、シャレにならんからやめて」
 咲也は潤む目を私に向けて、へにょりと力無く笑う。
「どういうことだ?」
 神崎さんがキョトンとした。
 阿久津さんがその肩を叩く。
「それも、おいおいな」
 言って、私たち二人の顔を見比べた。
「……だろ?」
 私と咲也は顔を見合わせ、笑い合った。
「神崎さん。お願いがあるんですけど――」
 私が話し始める横で、咲也が鞄の中を探り、薄いファイルを取り出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】会いたいあなたはどこにもいない

野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。 そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。 これは足りない罪を償えという意味なのか。 私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。 それでも償いのために生きている。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...