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第三章 さくらさく
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送別会をしたのだから歓迎会もしなきゃね、と言ってくれたのはアヤさんだったようだ。連絡は神崎さんから来たけど。
またしても二人の家を会場に、ホームパーティーが開かれたのは年度が始まる直前の週末。
【一人連れていってもいいですか?】
という私の連絡に、先輩たちは色めき立ったらしい。
「ドイツで男見つけて来たのかと思ったわ」
そう言って笑うアヤさんは、初めて会う咲也をいつもと変わらぬ態度で迎えてくれた。
「ホントに喧嘩別れじゃなかったのか」
無表情に言うのは阿久津さん。
「よかったな」
神崎さんに笑顔を向けられ、咲也はひどくうろたえた。
私は咲也の脇腹を肘でつつく。
咲也は決心したように頷いて、鞄から袋を取り出した。
「あ、あの……これ」
「え?」
「ずっと、返しそびれていて、すみません」
それは三年前、花見の時に借りたタオルだ。
神崎さんはぽかんとした後、口元を手で押さえて噴き出す。
「よかったのに、こんなの。そんな丁寧にーー」
「違うんです」
咲也は真っ赤になって言った。とても顔を見られないらしく、袋を差し出した自分の手元を見ている。
「俺ーーまた、会いたくて」
声は、小さくなった。
神崎さんが動きを止める。咲也の顔をじっと見たが、咲也はほとんど泣きそうな顔で俯いたままだ。
私は黙って咲也の手に手を添えた。咲也が私を横目でとらえ、気弱に笑う。私は笑い返した。
神崎さんは首の後ろに手を当てて、小さく嘆息した。
「なるほどな……そういうことか」
呟いて、タオルを受け取る――と見せかけ、その手首をつかんで引き寄せると、乱暴にハグをした。
「おかえり」
低い台詞に、咲也は身じろぎもせず涙ぐむ。
身動きが取れないのは、物理的に身体を包まれているせいではないだろう。涙はほとんど生理的な反応かもしれない。
私は思わず噴き出した。
「帰ってきたご褒美にしては、贅沢過ぎません?」
「せやなぁ。うちも総会の前後にはお願いしたいわ」
「ヨーコさぁん」
違う意味で涙ぐむのは安田さんだ。変わらぬ夫婦模様に私は笑う。
「どういうこと?」
キョトンとした顔でアヤさんが言った。神崎さんが笑いながら咲也から離れる。
「ま、おいおいな」
咲也はくたりと上体を曲げて膝に手をついた。
「今なら死んでもいい……」
「あんたが言うとそれ、シャレにならんからやめて」
咲也は潤む目を私に向けて、へにょりと力無く笑う。
「どういうことだ?」
神崎さんがキョトンとした。
阿久津さんがその肩を叩く。
「それも、おいおいな」
言って、私たち二人の顔を見比べた。
「……だろ?」
私と咲也は顔を見合わせ、笑い合った。
「神崎さん。お願いがあるんですけど――」
私が話し始める横で、咲也が鞄の中を探り、薄いファイルを取り出した。
またしても二人の家を会場に、ホームパーティーが開かれたのは年度が始まる直前の週末。
【一人連れていってもいいですか?】
という私の連絡に、先輩たちは色めき立ったらしい。
「ドイツで男見つけて来たのかと思ったわ」
そう言って笑うアヤさんは、初めて会う咲也をいつもと変わらぬ態度で迎えてくれた。
「ホントに喧嘩別れじゃなかったのか」
無表情に言うのは阿久津さん。
「よかったな」
神崎さんに笑顔を向けられ、咲也はひどくうろたえた。
私は咲也の脇腹を肘でつつく。
咲也は決心したように頷いて、鞄から袋を取り出した。
「あ、あの……これ」
「え?」
「ずっと、返しそびれていて、すみません」
それは三年前、花見の時に借りたタオルだ。
神崎さんはぽかんとした後、口元を手で押さえて噴き出す。
「よかったのに、こんなの。そんな丁寧にーー」
「違うんです」
咲也は真っ赤になって言った。とても顔を見られないらしく、袋を差し出した自分の手元を見ている。
「俺ーーまた、会いたくて」
声は、小さくなった。
神崎さんが動きを止める。咲也の顔をじっと見たが、咲也はほとんど泣きそうな顔で俯いたままだ。
私は黙って咲也の手に手を添えた。咲也が私を横目でとらえ、気弱に笑う。私は笑い返した。
神崎さんは首の後ろに手を当てて、小さく嘆息した。
「なるほどな……そういうことか」
呟いて、タオルを受け取る――と見せかけ、その手首をつかんで引き寄せると、乱暴にハグをした。
「おかえり」
低い台詞に、咲也は身じろぎもせず涙ぐむ。
身動きが取れないのは、物理的に身体を包まれているせいではないだろう。涙はほとんど生理的な反応かもしれない。
私は思わず噴き出した。
「帰ってきたご褒美にしては、贅沢過ぎません?」
「せやなぁ。うちも総会の前後にはお願いしたいわ」
「ヨーコさぁん」
違う意味で涙ぐむのは安田さんだ。変わらぬ夫婦模様に私は笑う。
「どういうこと?」
キョトンとした顔でアヤさんが言った。神崎さんが笑いながら咲也から離れる。
「ま、おいおいな」
咲也はくたりと上体を曲げて膝に手をついた。
「今なら死んでもいい……」
「あんたが言うとそれ、シャレにならんからやめて」
咲也は潤む目を私に向けて、へにょりと力無く笑う。
「どういうことだ?」
神崎さんがキョトンとした。
阿久津さんがその肩を叩く。
「それも、おいおいな」
言って、私たち二人の顔を見比べた。
「……だろ?」
私と咲也は顔を見合わせ、笑い合った。
「神崎さん。お願いがあるんですけど――」
私が話し始める横で、咲也が鞄の中を探り、薄いファイルを取り出した。
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