さくやこの

松丹子

文字の大きさ
上 下
93 / 99
第三章 さくらさく

92 選択と確信

しおりを挟む
 ドイツでは二年を過ごした。長期休暇には大抵ヨーロッパを周遊した。
 どこかで私は探し続けていた。咲也の父と母を。そして咲也自身を。奇跡のような偶然を、半ば願い、半ば恐れて、そんな自分に苦笑したりした。
 私は海外転勤にあたり、スマホを変えていた。契約の変更の過程で、連絡先が変わったが、咲也には知らせなかった。連絡を取る勇気がなかったのだ。
 咲也と、咲也の思い出は、私の大切な記憶になった。思い出というには、あまりに生々しすぎた。
 四季を感じる度に、笑う度にーー咲也のことを思い出した。想いを馳せた。
 それでも、咲也に連絡はできなかった。とてもじゃないけどーーできなかった。だいいち、なんて連絡すればいいかも分からない。
 元気?今どうしてる?どこにいるの?
 当たり障りのない問いはいろいろ浮かんだけれど、一番聞きたいのはそんなことじゃなかった。
 一番聞きたいこと。
 咲也。あんたはーー
 生と死、どちらを選んだの?
 そしてその答えを、私は聞く勇気が持てずにいるのだ。
 二年経った今でも。
 そしてそれが、私にとっての泣きどころなのだと、自分で分かっている。

 咲也は、私に気付かせてくれた。
 死を願った幼少期すらも、私は結局のところ生きることを選んでいたんだということに。
 朝が来なければいいと思いながら眠りにつき、翌朝目を覚ましては落胆する日々。
 それでも、私は死を選ばなかったのだ。
 間違いなく。だから、今、ここにいる。
 生きろと当然のように彼に言い放つには、私はあまりに生に無気力過ぎた。

 一度でも、自らの死を願ったことがある咲也にとって、彼の前に突きつけられた選択肢はどういう意味を持つのだろう。
 いずれにせよーー
 もし、咲也が選んだのが死であるなら。
 私はその事実を知らないまま、彼がどこかで生きていると信じつづけたい。
 もし、彼が生きることを選んだのなら。
 生きていく場所に私の隣を選ばなかったと、分かりたくない。

 ずいぶんわがままなものだ、と自嘲する。
 あれだけ、一人で生きていくんだと言っていたのに。
 誰も縛り付けず、誰からも縛られない日々を送るのだと、決意していたのに。
 もし許されるのであれば。受け止めてもらえるのであれば。
 私は咲也を縛り付けてでも、私が咲也に縛られてでも、彼の隣で生きていきたい。
 その思いは変わらないどころか、揺るがない確信になっていた。

 咲也に再び会える保証などーーどこにもないのに。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】会いたいあなたはどこにもいない

野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。 そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。 これは足りない罪を償えという意味なのか。 私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。 それでも償いのために生きている。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...