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第二章 ふくらむつぼみ
67 いびつな家族
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咲也の叔父に会ったのは、同棲を始めて一ヶ月が経とうという頃だ。近くに来たからご飯でもどうだと言われて咲也と出て行き、食事をご馳走になった。
咲也の叔父は五十と聞いたが、通風の持病があるらしい。見た目は年齢相応だが、比較的こざっぱりとしていた。
「家族のことは咲也に聞きましたか」
食事で少し緊張が緩んだところで、不意に咲也の叔父は言った。聞いた内容が内容なので、私はぎくりと肩をすくめる。
咲也とその母の関係性を、叔父がどこまで知っているのかも分からない。当たり障りない程度に流しておこうと微笑んだ。
「ええ、まあ、だいたいのことは」
「そうですか。いや、同棲するくらいだからね、話してはいるんだろうと思ったけれど」
叔父は言いながら、残った焼酎を口に運んだ。
「咲也の父もね、決して妻を嫌って出て行った訳じゃないんですよ。ただーー仕事柄ね、なかなか家でゆっくり、という訳に行かないものだから、互いにストレスがたまってしまったんでしょうね」
はあ、と曖昧に頷きながら、私もグラスを傾けた。私も片親に育てられたことを、咲也の叔父は知らない。片親に育てられたことへの社会の偏見を慮ってのことだろうと推測しつつ、ちらりと咲也の横顔を見ると、いつもの微笑を浮かべたまま、皿に残ったおかずを口に運んでいる。
「私の父も、咲也の母のことは本当に可愛がっていましたよ。私の母は若くして他界したものだから、ほとんど小さな恋人のように思っていてーーきっと父が生きていたら、結婚なんて許さなかっただろうな」
咲也の叔父は言いながら笑った。私はまた、はあ、と言う。早くに他界した母。娘を恋人代わりにした父。ーーどこか似た構図を感じて目を反らす。
「私が社会人になったとき、父が他界しましてね。咲也の父が何かと気遣って、手伝ってくれた。ーーもしかしたら、多少は下心があったのかもしれないですけどね。その後、二人はつき合いはじめて、咲也が産まれた。二人とも喜んでいたし、とても可愛がって育てていましたよ」
叔父は嬉しそうに話していた。そこに他意があるように思えず、私は戸惑いながら聞いていたが、咲也が苦笑を浮かべた。
「叔父さん。もうそろそろ、いいから。分かったから」
「いやぁ。だって、父親の話は咲也もよく覚えてないだろう。私が話してあげなければ」
話好きなところは妹とよく似ているのかもしれない。私は叔父をたしなめる咲也をやんわりと抑えて、使命感に駆られたかのようなその話をほどほどに流しつつ聞いた。
咲也の叔父と別れ、夜道を歩きながら、私は深々と嘆息した。咲也がそれを聞いて苦笑する。
「ごめんね、誰も彼もうるさくて」
「ううん、いいの」
私も苦笑を返す。
「咲也が私のおしゃべりを受け止めてくれる理由が分かった気がする」
「あの二人に鍛えられたって?」
「うん」
「まあ、そうかもね」
咲也はますます苦笑を強めた。
「叔父さん、妹のことが大切なのね」
ひいては、妹の息子である咲也のことも、だろうが。
「うんーー」
咲也は物言いたげな目線を投げて寄越した。
「何?」
「いい?話しても」
問われて、一瞬ためらった。ある程度、覚悟はしている。私は一息ついて、いいよ、と言った。
「母が俺にしていたことは、自分が父にされていたことなんだ」
私は自分の推測が当たっていたと思いつつ、うん、と頷く。
「母は、それが愛情の示し方だと思ってる」
「うん」
「父にも、それを求めてーー拒否されると、傷ついて、自分を傷つけた」
咲也は言いながら、前方に広がる暗闇を遠い目をして眺めている。
私は黙ってその手を取った。
「父に、出ていくことを進めたのは、叔父だと思うんだ」
私は咲也と繋がった手に力を込めた。
咲也も、やんわりと握り返して来る。
「母をそれ以上傷つけないためにーー俺に、一人暮らしを勧めたときと同じように」
咲也の手は、わずかに震えているように感じた。
「父がいなくなったときには、母には俺がいたし、叔父には伴侶がいた」
私は咲也の手の震えを押さえようと、両手でその手を包み込む。
「今はーー」
「考えなくてもいいじゃない」
咲也の震える声を遮って、私は言った。
「咲也は、自分を取り戻せた。それだけでいいじゃない」
咲也が私の方を見る。私は咲也の顔を見ず、その手を見ている。
「お母さんのことは、気になるかもしれないけど、お母さんが、それでいいんなら、いいじゃない」
言い切って、顔を上げた。表情が抜け落ちた咲也の顔がそこにある。私は自分の表情が強張っていたことに気づき、両手を咲也の手から離して自分の両頬を叩く。
「ちょ、あきちゃん?」
「気合い入れただけ。帰るよ!」
私は戸惑う咲也の手首を取った。
「今から飲み直し。つき合ってね」
咲也は苦笑を浮かべて、仕方ないなと言った。
咲也の叔父は五十と聞いたが、通風の持病があるらしい。見た目は年齢相応だが、比較的こざっぱりとしていた。
「家族のことは咲也に聞きましたか」
食事で少し緊張が緩んだところで、不意に咲也の叔父は言った。聞いた内容が内容なので、私はぎくりと肩をすくめる。
咲也とその母の関係性を、叔父がどこまで知っているのかも分からない。当たり障りない程度に流しておこうと微笑んだ。
「ええ、まあ、だいたいのことは」
「そうですか。いや、同棲するくらいだからね、話してはいるんだろうと思ったけれど」
叔父は言いながら、残った焼酎を口に運んだ。
「咲也の父もね、決して妻を嫌って出て行った訳じゃないんですよ。ただーー仕事柄ね、なかなか家でゆっくり、という訳に行かないものだから、互いにストレスがたまってしまったんでしょうね」
はあ、と曖昧に頷きながら、私もグラスを傾けた。私も片親に育てられたことを、咲也の叔父は知らない。片親に育てられたことへの社会の偏見を慮ってのことだろうと推測しつつ、ちらりと咲也の横顔を見ると、いつもの微笑を浮かべたまま、皿に残ったおかずを口に運んでいる。
「私の父も、咲也の母のことは本当に可愛がっていましたよ。私の母は若くして他界したものだから、ほとんど小さな恋人のように思っていてーーきっと父が生きていたら、結婚なんて許さなかっただろうな」
咲也の叔父は言いながら笑った。私はまた、はあ、と言う。早くに他界した母。娘を恋人代わりにした父。ーーどこか似た構図を感じて目を反らす。
「私が社会人になったとき、父が他界しましてね。咲也の父が何かと気遣って、手伝ってくれた。ーーもしかしたら、多少は下心があったのかもしれないですけどね。その後、二人はつき合いはじめて、咲也が産まれた。二人とも喜んでいたし、とても可愛がって育てていましたよ」
叔父は嬉しそうに話していた。そこに他意があるように思えず、私は戸惑いながら聞いていたが、咲也が苦笑を浮かべた。
「叔父さん。もうそろそろ、いいから。分かったから」
「いやぁ。だって、父親の話は咲也もよく覚えてないだろう。私が話してあげなければ」
話好きなところは妹とよく似ているのかもしれない。私は叔父をたしなめる咲也をやんわりと抑えて、使命感に駆られたかのようなその話をほどほどに流しつつ聞いた。
咲也の叔父と別れ、夜道を歩きながら、私は深々と嘆息した。咲也がそれを聞いて苦笑する。
「ごめんね、誰も彼もうるさくて」
「ううん、いいの」
私も苦笑を返す。
「咲也が私のおしゃべりを受け止めてくれる理由が分かった気がする」
「あの二人に鍛えられたって?」
「うん」
「まあ、そうかもね」
咲也はますます苦笑を強めた。
「叔父さん、妹のことが大切なのね」
ひいては、妹の息子である咲也のことも、だろうが。
「うんーー」
咲也は物言いたげな目線を投げて寄越した。
「何?」
「いい?話しても」
問われて、一瞬ためらった。ある程度、覚悟はしている。私は一息ついて、いいよ、と言った。
「母が俺にしていたことは、自分が父にされていたことなんだ」
私は自分の推測が当たっていたと思いつつ、うん、と頷く。
「母は、それが愛情の示し方だと思ってる」
「うん」
「父にも、それを求めてーー拒否されると、傷ついて、自分を傷つけた」
咲也は言いながら、前方に広がる暗闇を遠い目をして眺めている。
私は黙ってその手を取った。
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私は咲也と繋がった手に力を込めた。
咲也も、やんわりと握り返して来る。
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咲也の手は、わずかに震えているように感じた。
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「気合い入れただけ。帰るよ!」
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