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第二章 ふくらむつぼみ
66 改姓
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こうして、なし崩し的に、私と咲也の同棲生活が始まった。咲也の住んでいるアパートは会社の所有物だということで、とりあえず半年間同棲する旨を伝えたらしい。
私の家は契約の関係もあってすぐに解約はできないが、持ち物の整理などもできてちょうどいいと思うことにした。海外勤務の話があってもなくても、身軽に動けるよう整理しておくのはいいことだ。
晃さんがどうしているかは知らない。連絡はブロックし、煙草の吸い殻の有無は意識的に確認しないようにしている。とりあえずポストにも不審なものは入っていないので、諦めてくれたのかもしれない。
そうなればわざわざ咲也の家に転がり込む必要もない気がしたが、一週間、二週間と過ごしてみると、何の連絡をせずとも咲也がいる環境は、悪くなかったーーいや、むしろ、居心地がよかった。大変、不本意だけれど。
いつでも飲みたくなればつき合ってもらえて、記憶を飛ばしてもぐだぐだになっても気にしなくていい。それだけでも素晴らしいのだが、やっぱり、残業で疲れて帰ってきた家に明かりがついている、そしてご飯のいい匂いがしているーーというのは、知ってしまうとかなり、病み付きになるのだと気づいた。
そして何よりーー
「おかえり」
「ただいま」
たった一言、そう交わし合うことが、気持ちを穏やかにしてくれるものなのだと、私は初めて知った。
安心できる場所というのは、安心できる人がいる場所なのかもしれない。
咲也といると、自然とそう思える。
咲也も多分、同じように感じているのだろうとーーそんな気がしていた。
ある夜、夕飯後に食器を洗っていたとき、ふと、神崎さんが言っていたことを思い出した。
ーー江原もとうとう結婚かなぁ。
結婚。
その言葉にぶつかる度に、私は得も言われぬ抵抗を感じていた。
咲也と暮らし始めてからは、抵抗はモヤモヤに変わりーー今も、その靄は晴れることがない。
手元から目を上げて、咲也を見やった。
咲也はテレビを見ている。同性カップルの挙式を取り上げたドキュメンタリーの宣伝が映った。
「同性カップルの結婚て」
私は食器を洗いつつ、咲也に声をかけた。
「どうして、認められないんだろうね」
咲也はちらりと私の顔を見て、またテレビに視線を戻した。
「ヨーロッパでは、認められてるところもあるよ」
「うん、まあ……それは聞いたことあるけど」
食器を洗い終わった私は、手を拭きながら考え考え口を開く。
「だってさ、なんか変じゃない?ほら、性的マイノリティについては、どんな人を好きになっても人それぞれなんだから、差別はいけません、とか言いながら、結婚はできないなんて」
咲也は私を横目で見ながら面白そうに笑っている。
「誰と結婚するかって、自分で選択できるのも人権でしょ。なんか片手落ちっていうか、そりゃ差別も減らないよねって」
咲也はそうかもね、と答えた。
話し始めるとついつい長くなる私だ。関連してモヤモヤの一端を思い出し、唇を尖らせながら続けた。
「だいたい、男女での結婚だってさ、いまだに夫婦別姓が認められないっていうのも、どうなのと思うのよね。名前一つで家族の絆が弱まるんなら、そんな家族、解散した方が互いの為だと思わない?しかも、結局女が苗字を変えて当然っていう風潮は変わらないじゃない」
私の主張に、咲也はくすくす笑い始める。
「あきちゃんの大好きな政人さんは、改姓したんでしょ」
私は途端に顔をしかめる。
「大好きって何よ」
「違うの?」
「違う。断じて違う」
「まあ、それはともかく」
咲也は相変わらずくすくす笑っている。
「その件について、政人さんは何か?」
私は首を傾げた。
「婿入りしたって言われて面倒くさいから否定しないとか、免許証やらクレジットカードやら手続きが面倒くさいとか、とにかく面倒くさいって言ってた」
私は思い出して頷く。
「そうそう。だから、結婚するならどっちが改姓するかちゃんと話し合えよって」
咲也はにこにこしている。私は思わず言った。
「私は変えないよ」
咲也は笑った。
「じゃあ、そのときは俺が変えよう」
私の家は契約の関係もあってすぐに解約はできないが、持ち物の整理などもできてちょうどいいと思うことにした。海外勤務の話があってもなくても、身軽に動けるよう整理しておくのはいいことだ。
晃さんがどうしているかは知らない。連絡はブロックし、煙草の吸い殻の有無は意識的に確認しないようにしている。とりあえずポストにも不審なものは入っていないので、諦めてくれたのかもしれない。
そうなればわざわざ咲也の家に転がり込む必要もない気がしたが、一週間、二週間と過ごしてみると、何の連絡をせずとも咲也がいる環境は、悪くなかったーーいや、むしろ、居心地がよかった。大変、不本意だけれど。
いつでも飲みたくなればつき合ってもらえて、記憶を飛ばしてもぐだぐだになっても気にしなくていい。それだけでも素晴らしいのだが、やっぱり、残業で疲れて帰ってきた家に明かりがついている、そしてご飯のいい匂いがしているーーというのは、知ってしまうとかなり、病み付きになるのだと気づいた。
そして何よりーー
「おかえり」
「ただいま」
たった一言、そう交わし合うことが、気持ちを穏やかにしてくれるものなのだと、私は初めて知った。
安心できる場所というのは、安心できる人がいる場所なのかもしれない。
咲也といると、自然とそう思える。
咲也も多分、同じように感じているのだろうとーーそんな気がしていた。
ある夜、夕飯後に食器を洗っていたとき、ふと、神崎さんが言っていたことを思い出した。
ーー江原もとうとう結婚かなぁ。
結婚。
その言葉にぶつかる度に、私は得も言われぬ抵抗を感じていた。
咲也と暮らし始めてからは、抵抗はモヤモヤに変わりーー今も、その靄は晴れることがない。
手元から目を上げて、咲也を見やった。
咲也はテレビを見ている。同性カップルの挙式を取り上げたドキュメンタリーの宣伝が映った。
「同性カップルの結婚て」
私は食器を洗いつつ、咲也に声をかけた。
「どうして、認められないんだろうね」
咲也はちらりと私の顔を見て、またテレビに視線を戻した。
「ヨーロッパでは、認められてるところもあるよ」
「うん、まあ……それは聞いたことあるけど」
食器を洗い終わった私は、手を拭きながら考え考え口を開く。
「だってさ、なんか変じゃない?ほら、性的マイノリティについては、どんな人を好きになっても人それぞれなんだから、差別はいけません、とか言いながら、結婚はできないなんて」
咲也は私を横目で見ながら面白そうに笑っている。
「誰と結婚するかって、自分で選択できるのも人権でしょ。なんか片手落ちっていうか、そりゃ差別も減らないよねって」
咲也はそうかもね、と答えた。
話し始めるとついつい長くなる私だ。関連してモヤモヤの一端を思い出し、唇を尖らせながら続けた。
「だいたい、男女での結婚だってさ、いまだに夫婦別姓が認められないっていうのも、どうなのと思うのよね。名前一つで家族の絆が弱まるんなら、そんな家族、解散した方が互いの為だと思わない?しかも、結局女が苗字を変えて当然っていう風潮は変わらないじゃない」
私の主張に、咲也はくすくす笑い始める。
「あきちゃんの大好きな政人さんは、改姓したんでしょ」
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「違うの?」
「違う。断じて違う」
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「じゃあ、そのときは俺が変えよう」
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