66 / 99
第二章 ふくらむつぼみ
65 空っぽの冷蔵庫
しおりを挟む
すっかり一人暮らしに戻る気力をなくした私は、引っ越しの手筈をぼんやりと考えながら週末を過ごした。翌日は咲也が出社したので、私は一人で自宅に帰り、必要なものをまたひと包み、荷造りする。
荷物はこうしてぼちぼち運ぼう。大して重いものもないし。
身辺整理、とアヤさんが口にしたのを思い出した。その言葉に当然のように人間関係を思い浮かべた私。あくまでモノの話に終始したアヤさん。その意識のすれ違いに気づきながらただ笑っていたヨーコさん。
そういえば、と冷蔵庫も開けて、傷みそうなものがないか確認したが、元々さして自炊しない私の家の冷蔵庫はがらんがらんだ。安心して戸を閉めた後、わずかに虚しさが込み上げる。
「……自炊かぁ」
一人暮らしだと何の楽しみにもならないが、咲也が一緒に食べると思えばやる気が起きないことも……ない、かもしれない。
段々尻すぼみになる気持ちを、首を振って振り払った。
「いや、私だってやろうと思えば」
咲也が昨日作ったカレーを思い出しつつ、小さく拳を握る。あれくらいならできるはず。そうだ、安田さんだってラザニア作ったんだし、文明の理器を使えば、私だって。
さりげなく安田さんをディスっているが気にしない。ヨーコさんと一緒にいると安田さんへのディスりが仕様過ぎて麻痺しているのかもしれないけど。
何を作ろうかと考えたが、いい案が浮かばない。どうせ咲也に食べてもらうのだから、咲也に聞こうとメッセージを送った。
【夕飯食べたいものある?】
咲也からは、しばらくしてから返事があった。
【作ってくれるの?ありがとう】
少ししてから、さらにメッセージが届く。
【台所壊さなければ、何でもいいよ】
馬鹿にされた悔しさに、私は頬を膨らませた。
自宅の片付けと買い物を済ませ帰宅した私は、夕飯の準備に取り掛かった。文明の理器の一つ、料理レシピの掲載された大手サイトを活用すれば、何でも作れるような気がしてきた。
【夕飯、楽しみにして帰るね】
咲也からのメッセージを受け取り、よし、と気合いを入れ直す。とりあえず炊飯器任せの炊き込みピラフにスープ、そしてハンバーグにしてみた。これまた献立例そのままだけど、初心者は無理しないが吉、と自分に言い聞かせる。
玉ねぎのみじん切りに泣き、目をこすって更なる激痛にひいひい言いながらどうにかこうにか作り終えたハンバーグは、ひっくり返すと崩れてもろもろになった。唇を噛み締めたとき、鍵の開く音がする。咲也だ、と思って玄関へ顔を覗かせた。
「ただいま」
「おかえり」
「いい匂い。何だろう、楽しみだなぁ」
「うん、形は悪いけど多分味は大丈夫だと思……」
二人で顔を見合わせる。
「……焦げ臭くない?」
「あああ!」
私はバタバタとキッチンに戻ってコンロの火を消した。ハンバーグから黒い煙が出ている。隣のスープも沸騰して吹きこぼれそうになっていたので慌てて火を消した。
「大丈夫だった?」
ネクタイを緩めながら、咲也が問い掛けてくる。私はちょっと泣きそうだ。その顔を見た咲也は苦笑を浮かべてコンロの前に立った。
「大丈夫じゃない?片面だけでしょ」
咲也はハンバーグをへらで持ち上げて覗き込んだ。
「大丈夫、食べられる食べられる」
言って手を洗い皿を出しはじめた。
「よくがんばったね、えらいえらい」
咲也は私の頭を軽く叩いて、さあ食べよう、と微笑んだ。炊飯器を開け、わあ、ピラフだ。すごいじゃない、美味しそう、と明るく驚いて見せる。何だか気を使ってもらっている気がして私は肩を竦めた。
見た目はイマイチだし、ハンバーグは焦げ臭かったけど、味はまあまあだった。レシピ通りに作ったから当然といえば当然だけど。
ハンバーグはソースまで手が回らなかったので塩胡椒だけの味付けだが、ちょっとだけいい肉にしたおかげか、なかなかの味に思えた。
「でも、どうしたの?急に。普段自炊なんてしないのに」
問われて私は答えに迷った。理由らしい理由はない。ただ、何となくーー作ってみようかなという気になっただけだ。
「ま、いいや。ありがとう」
咲也は微笑んで言った。私はどういたしまして、と答えながら、美味しそうにご飯を頬張る咲也の姿をうれしく思っている自分に気づいた。
荷物はこうしてぼちぼち運ぼう。大して重いものもないし。
身辺整理、とアヤさんが口にしたのを思い出した。その言葉に当然のように人間関係を思い浮かべた私。あくまでモノの話に終始したアヤさん。その意識のすれ違いに気づきながらただ笑っていたヨーコさん。
そういえば、と冷蔵庫も開けて、傷みそうなものがないか確認したが、元々さして自炊しない私の家の冷蔵庫はがらんがらんだ。安心して戸を閉めた後、わずかに虚しさが込み上げる。
「……自炊かぁ」
一人暮らしだと何の楽しみにもならないが、咲也が一緒に食べると思えばやる気が起きないことも……ない、かもしれない。
段々尻すぼみになる気持ちを、首を振って振り払った。
「いや、私だってやろうと思えば」
咲也が昨日作ったカレーを思い出しつつ、小さく拳を握る。あれくらいならできるはず。そうだ、安田さんだってラザニア作ったんだし、文明の理器を使えば、私だって。
さりげなく安田さんをディスっているが気にしない。ヨーコさんと一緒にいると安田さんへのディスりが仕様過ぎて麻痺しているのかもしれないけど。
何を作ろうかと考えたが、いい案が浮かばない。どうせ咲也に食べてもらうのだから、咲也に聞こうとメッセージを送った。
【夕飯食べたいものある?】
咲也からは、しばらくしてから返事があった。
【作ってくれるの?ありがとう】
少ししてから、さらにメッセージが届く。
【台所壊さなければ、何でもいいよ】
馬鹿にされた悔しさに、私は頬を膨らませた。
自宅の片付けと買い物を済ませ帰宅した私は、夕飯の準備に取り掛かった。文明の理器の一つ、料理レシピの掲載された大手サイトを活用すれば、何でも作れるような気がしてきた。
【夕飯、楽しみにして帰るね】
咲也からのメッセージを受け取り、よし、と気合いを入れ直す。とりあえず炊飯器任せの炊き込みピラフにスープ、そしてハンバーグにしてみた。これまた献立例そのままだけど、初心者は無理しないが吉、と自分に言い聞かせる。
玉ねぎのみじん切りに泣き、目をこすって更なる激痛にひいひい言いながらどうにかこうにか作り終えたハンバーグは、ひっくり返すと崩れてもろもろになった。唇を噛み締めたとき、鍵の開く音がする。咲也だ、と思って玄関へ顔を覗かせた。
「ただいま」
「おかえり」
「いい匂い。何だろう、楽しみだなぁ」
「うん、形は悪いけど多分味は大丈夫だと思……」
二人で顔を見合わせる。
「……焦げ臭くない?」
「あああ!」
私はバタバタとキッチンに戻ってコンロの火を消した。ハンバーグから黒い煙が出ている。隣のスープも沸騰して吹きこぼれそうになっていたので慌てて火を消した。
「大丈夫だった?」
ネクタイを緩めながら、咲也が問い掛けてくる。私はちょっと泣きそうだ。その顔を見た咲也は苦笑を浮かべてコンロの前に立った。
「大丈夫じゃない?片面だけでしょ」
咲也はハンバーグをへらで持ち上げて覗き込んだ。
「大丈夫、食べられる食べられる」
言って手を洗い皿を出しはじめた。
「よくがんばったね、えらいえらい」
咲也は私の頭を軽く叩いて、さあ食べよう、と微笑んだ。炊飯器を開け、わあ、ピラフだ。すごいじゃない、美味しそう、と明るく驚いて見せる。何だか気を使ってもらっている気がして私は肩を竦めた。
見た目はイマイチだし、ハンバーグは焦げ臭かったけど、味はまあまあだった。レシピ通りに作ったから当然といえば当然だけど。
ハンバーグはソースまで手が回らなかったので塩胡椒だけの味付けだが、ちょっとだけいい肉にしたおかげか、なかなかの味に思えた。
「でも、どうしたの?急に。普段自炊なんてしないのに」
問われて私は答えに迷った。理由らしい理由はない。ただ、何となくーー作ってみようかなという気になっただけだ。
「ま、いいや。ありがとう」
咲也は微笑んで言った。私はどういたしまして、と答えながら、美味しそうにご飯を頬張る咲也の姿をうれしく思っている自分に気づいた。
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】会いたいあなたはどこにもいない
野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。
そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。
これは足りない罪を償えという意味なのか。
私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。
それでも償いのために生きている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる