さくやこの

松丹子

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第二章 ふくらむつぼみ

62 買い食い

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 まだ日は高いが、時間的には夕方になりつつある住宅街を、私と咲也は駅に向かって歩いていく。
「パワフルな人だったね。咲也ママ」
 私は隣の咲也に言った。念のため、軽く手を繋いで歩いている。咲也の母の印象が強くて、何となくドキドキ言っていた鼓動は、その手のおかげでだいぶ落ち着いてきた。
「うんーー」
 咲也は物言いたげな目をしたが、穏やかに微笑みだけを返してきた。
 ーー遠足の後で。
 咲也の母と会う前に、咲也が言っていた言葉を思い出す。
 ーー家に帰るまでが、遠足です。
 家に着くまでは話す気はないのだろうと踏んで、私は黙った。
「もう秋だね」
 咲也は言った。
「こんな暑いのに?」
 残暑は厳しく、相変わらず日差しは強く降り注いでいる。
「でも、ほら」
 咲也は日陰を指差した。二輪、彼岸花が咲いている。
「白い彼岸花、初めて見た」
 彼岸花といえば、秋の始まりに毒々しい赤で咲く花だ。花弁と言うには細すぎる腕を広げ、華奢な茎の上に乗っている。そのアンバランスさが、私は何となく好きになれない。
「秋だね」
 咲也はまた繰り返した。
「秋ねぇ」
 肯定も否定もできず、言葉を返す。
 繋いだ咲也の手が緩やかに力を失いかけたのを感じて、私はもう一度力をこめなおした。咲也がそれに気づき、私に微笑を投げる。
「こうやって歩いてると」
 私は咲也に微笑み返しながら言った。
「見えるのかな。カップルに」
「見えるんじゃないの」
 咲也は答える。
「だって、母にもそう見えたみたいだから」
 私はその横顔を見た。そしてまた前方へ視線を戻す。
「言わないの?」
「何を?」
「お母さんに」
 咲也は私にまた微笑を寄越した。
 私は気まずい気分になって目を反らす。
「帰ったらね」
「うん、そう。帰ったら」
「家に帰るまでが遠足だもんね」
「そう。家に帰るまでが遠足」
 歩いていると、美味しそうなパンの匂いがした。思わずそちらを見やると、パン屋さんがある。
「パン、おいしそう」
 私がパン屋を示すと、
「買い食いはいけません」
 咲也は笑いながら言った。
「大人だからいいでしょ」
 私も笑う。
「大人だからって、何でも許される訳じゃないよ」
 言いながらも、段々とパン屋の方に歩み寄って行く。
「夕飯これにしよう」
「夕飯?おやつじゃなくて?」
「パンなんか食べたらもうお腹いっぱいだよ」
「あきちゃん、菓子パンが昼ご飯、みたいな生活してたことある?」
「してたしてた」
 菓子パンどころか、おかずとして賞味期限切れ直前の缶詰に栄養補助食品、ゼリー飲料その他、多分企業側からの寄附か何かだったんだろうものを食べていたのを覚えている。
 施設にいたときは、三食のごはんはちゃんと出してもらえてたけど、成長期の子供にはとても足りなかった。ーーとはいえ食べられただけマシである。母と二人で暮らしはじめたときの方が生活的にはカツカツで、やっぱり寄附を時々もらっては食べていた。高校に入ると私もバイトをして、それで食費を賄うのだが、お金は使わなければ減らないと気づいて平気で昼食を抜いたりしていた。
「食細いもんね」
「それは体質じゃないの」
「それもあるかもしれないけど」
 私たちは言いながらパン屋に入り、互いにあれこれと見繕った。咲也は堅めのパンが好きで、私は柔らかいパンが好きなので、全然好みがかぶらない。唯一、メロンパンとラスクだけは互いの同意が得られた。
 店を出て、また駅に向かって歩きながら、私と咲也はどちらからともなく手を繋いだ。
「遠足だからね。ちゃんとはぐれないようにしないと」
「そうだね。あきちゃん、フラフラ行って、車に轢かれたら困るし」
「私ぃ?」
 二人で笑う。
「ね、どうして堅いパンが苦手なの?」
「えー。堅いパン食べ飽きたから」
「食べ飽きた……ねぇ」
 咲也はちらりと私の横顔を見た。私は笑った。咲也はそれ以上何も聞かなかった。
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