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第二章 ふくらむつぼみ
61 咲也の母
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咲也の母は、びっくりするほど、綺麗な人だった。まだ外はやや汗ばむ陽気だが、主義なのか長袖の服を着ている。
二十で咲也を産んだと言うので、四十七のはずだが、肌は艶やかで瞳も少女のようにきらきらしていた。
同年代の女性として思い浮かべたのはヨーコさんだ。ヨーコさんも綺麗な人だが、大人の綺麗さ、という印象を受ける。酸いも甘いも知っている、落ち着きと妖艶さ。しかし、咲也の母から受ける印象は、少女のような明るさだった。それ故逆に、どこか危うい印象を受けるのだ。
「初めまして!よく来てくれたわね」
玄関先で私の手を取った咲也の母は、私が靴を脱ぐ間すらもどかしいというように、ぐいぐいと家の中へ引っ張り込んだ。
「靴、僕が揃えとくからいいよ」
咲也の声を背中で聞きながら、私は導かれるままに奥へ入って行った。
ダイニングキッチンには二人掛けのテーブルと椅子、一人用のソファとその正面にはテレビが置いてあった。勧められて椅子に座る。
「咲也は台使ってね」
「うん」
踏み台のようなものを持ってきて、咲也は私の斜め横に腰掛けた。
「あきちゃん、紅茶でいいかしら?」
「あ、はい。ありがとうございます」
言いながら、手元のお菓子をいつ渡そうかと考えていた。私を椅子に座らせるや否やお茶をいれに行ってしまったので、ろくに挨拶も交わせていない。咲也から大体は聞いているようだが。
「嬉しいわぁ。咲也、顔立ちも性格も悪くないと思うんだけど、全然女っ毛がなくって。もしかしたら男の子が好きなのかしらってずっと思ってたのよ。そしたら、彼女がいるって、兄から聞いてーー同棲も考えてるんですって?」
咲也の母は一人で口早に話し、紅茶のポットとティーカップをお盆で運んできた。
「いいわよね、今は順番なんてあってないようなものでしょ。私はいいと思うわ、一緒に住んでみてちゃんと相性を確認した上で結婚するのも。ほら、それぞれ距離感とか、生活リズムとかあるでしょう。大事だと思うもの」
流れていく言葉に、私は口を挟むチャンスを掴めずただただ苦笑する。
「お母さん」
咲也が小さい声でたしなめると、咲也の母ははっとして口元を手で押さえた。
「あら、ごめんなさい。やあね、ついつい話しすぎちゃうのよ。いっつも咲也に怒られるの、人の話はちゃんと聞きなさいって。そういうの、苦手で。いい歳して駄目よね」
それはそれでまた違う話が始まりそうだと思った私は、手にしていたお菓子を差し出した。
「これ、近所のお菓子屋さんのものです。少しですけど、どうぞ」
「あら、わざわざお気遣いありがとう」
咲也の母は私から紙袋を受け取りにこりと笑った。
「お持たせで悪いけど、それなら、みんなで食べましょうか」
言いながら、一度キッチンに引っ込み、包みを開けて器に盛って来てくれる。
「おいしそう。ありがとう、あきちゃん」
咲也の母は少女のように小首を傾げて笑った。
咲也の母との会話は、何の変哲もない話ばかりだった。会話といってもほとんど咲也の母が一方的に話しているような状態で、咲也は時々私に苦笑を向けて、ごめんねと視線で謝る。私は大丈夫とやはり視線で返して、また母の話しに耳を傾けるーーそんな時間がしばらく過ぎた。
「嬉しいわ、あきちゃんみたいに可愛くて気立てのいい子が咲也とお付き合いしてくれてるだなんて。あきちゃんみたいな子が娘になったら、私も嬉しいわ」
「それはーーその」
あまりに嬉しそうに話すので、期待させるべきではないと言葉を探す。
「ああ、そうよね。同棲してから決めるんだったわね。ごめんなさいね、せっかちで。ついつい先走っちゃうのよね。これまた咲也に怒られるんだけど」
咲也の母は言って笑うと、時計を見た。
「あら、もうこんな時間。夕飯の買い物に行かなきゃ」
「うん。でも僕たちそろそろ帰るよ。ちょっとよりたいところがあるんだ」
「ええーっ、もう?」
「うん、今度、またゆっくり。今日はちょっと急だったし」
言われて、咲也の母は残念そうに肩をすくめた。
「そうね。……じゃあ、あきちゃん、またね」
私は内心ほっとしながら、極力丁寧に一礼して、咲也と共に外へ出た。
二十で咲也を産んだと言うので、四十七のはずだが、肌は艶やかで瞳も少女のようにきらきらしていた。
同年代の女性として思い浮かべたのはヨーコさんだ。ヨーコさんも綺麗な人だが、大人の綺麗さ、という印象を受ける。酸いも甘いも知っている、落ち着きと妖艶さ。しかし、咲也の母から受ける印象は、少女のような明るさだった。それ故逆に、どこか危うい印象を受けるのだ。
「初めまして!よく来てくれたわね」
玄関先で私の手を取った咲也の母は、私が靴を脱ぐ間すらもどかしいというように、ぐいぐいと家の中へ引っ張り込んだ。
「靴、僕が揃えとくからいいよ」
咲也の声を背中で聞きながら、私は導かれるままに奥へ入って行った。
ダイニングキッチンには二人掛けのテーブルと椅子、一人用のソファとその正面にはテレビが置いてあった。勧められて椅子に座る。
「咲也は台使ってね」
「うん」
踏み台のようなものを持ってきて、咲也は私の斜め横に腰掛けた。
「あきちゃん、紅茶でいいかしら?」
「あ、はい。ありがとうございます」
言いながら、手元のお菓子をいつ渡そうかと考えていた。私を椅子に座らせるや否やお茶をいれに行ってしまったので、ろくに挨拶も交わせていない。咲也から大体は聞いているようだが。
「嬉しいわぁ。咲也、顔立ちも性格も悪くないと思うんだけど、全然女っ毛がなくって。もしかしたら男の子が好きなのかしらってずっと思ってたのよ。そしたら、彼女がいるって、兄から聞いてーー同棲も考えてるんですって?」
咲也の母は一人で口早に話し、紅茶のポットとティーカップをお盆で運んできた。
「いいわよね、今は順番なんてあってないようなものでしょ。私はいいと思うわ、一緒に住んでみてちゃんと相性を確認した上で結婚するのも。ほら、それぞれ距離感とか、生活リズムとかあるでしょう。大事だと思うもの」
流れていく言葉に、私は口を挟むチャンスを掴めずただただ苦笑する。
「お母さん」
咲也が小さい声でたしなめると、咲也の母ははっとして口元を手で押さえた。
「あら、ごめんなさい。やあね、ついつい話しすぎちゃうのよ。いっつも咲也に怒られるの、人の話はちゃんと聞きなさいって。そういうの、苦手で。いい歳して駄目よね」
それはそれでまた違う話が始まりそうだと思った私は、手にしていたお菓子を差し出した。
「これ、近所のお菓子屋さんのものです。少しですけど、どうぞ」
「あら、わざわざお気遣いありがとう」
咲也の母は私から紙袋を受け取りにこりと笑った。
「お持たせで悪いけど、それなら、みんなで食べましょうか」
言いながら、一度キッチンに引っ込み、包みを開けて器に盛って来てくれる。
「おいしそう。ありがとう、あきちゃん」
咲也の母は少女のように小首を傾げて笑った。
咲也の母との会話は、何の変哲もない話ばかりだった。会話といってもほとんど咲也の母が一方的に話しているような状態で、咲也は時々私に苦笑を向けて、ごめんねと視線で謝る。私は大丈夫とやはり視線で返して、また母の話しに耳を傾けるーーそんな時間がしばらく過ぎた。
「嬉しいわ、あきちゃんみたいに可愛くて気立てのいい子が咲也とお付き合いしてくれてるだなんて。あきちゃんみたいな子が娘になったら、私も嬉しいわ」
「それはーーその」
あまりに嬉しそうに話すので、期待させるべきではないと言葉を探す。
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私は内心ほっとしながら、極力丁寧に一礼して、咲也と共に外へ出た。
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