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第二章 ふくらむつぼみ
53 地雷
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「何やったの、部長の話」
「ああ、ええと」
デスクに戻った私に、手元の書類に目を落としていたヨーコさんが声をかけてきた。最近老眼でなぁと言いながらかけている赤い細縁眼鏡はその色気を益々増幅させている。
「……ランチでも」
「ええよ」
私がためらいながら言いかけると、ヨーコさんはにこりとして即答した。
「アーヤも呼ぶか?」
「え、神崎さんはいいです」
「何や、そこまでセット扱いせえへんでも」
ヨーコさんは笑った。
「マーシーは呼ばんで、アーヤだけ呼べばええやろ」
言われて、私は頷いた。
「それならいいです」
ヨーコさんはくすくすと笑う。
「嫌われたもんやなぁ、マーシーは」
「いや、嫌いではないですけど、好きでもないです」
「ほんまに?」
ヨーコさんの目が、意味ありげに私を見た。
「ほ、ほんまです」
私はあえて幼い仕種で唇を尖らせる。
「まあ、なら、そういうことにしとこ」
「しといてください」
嫌いでもないし、好きでもないです。
ヨーコさんとアヤさんはちょっとだけ好きだけど、他の人は、好きでも、嫌いでも、ないです。
ほとんど自分に言い聞かせていることには、気付かないふりをした。
「アキちゃん、久しぶりー!」
久々に会ったアヤさんは、三児のママとは思えないくらい若やいでいる。小柄なため昔はよく履いたというハイヒールとスカートは封印して、せいぜいローヒールパンプスとガウチョ止まり。でも、ワイドパンツ系はロング丈だと裾踏むから駄目なのよね、と笑ってた。階段で数度転んで、夫の神崎さんから禁止令が出たらしい。そんな二人の様子も、話に聞くだけで充分想像がつく。
「お久しぶりですー」
言って軽く頭を下げる。
「先日はパパをお借りしまして」
「ああ、全然。どうぞどうぞ」
勧めるような手を出しつつアヤさんが笑う。独身時代はふんわり巻いたロングヘアーだったけれど、今ではばっさりショートボブ。その耳に小さなピアスがきらりと光る。
「あ、そのピアス可愛いですね。よく似会ってます」
「ありがとう。もらったの」
誰から、とは聞かないし、言わない。聞かなくても分かるのが、他人事なのに気恥ずかしい。
内心、褒めるんじゃなかった、と後悔したが、その心中を察したのだろう、ヨーコさんが口元に手をあてて笑った。
「センスいいからなぁ。よう似合うもの見立てるわ」
「そうなの。私自身より上手かもしれない。似合ってるって言われるの、大概アドバイスしてもらったやつとかなのよね」
歩き始めたヨーコさんの台詞に答えつつ、アヤさんも歩きはじめる。
ーーまったく、どこに地雷が埋まっているか分かったもんじゃない。
思いながら、私は先輩二人とオフィスの外へ出た。
「ああ、ええと」
デスクに戻った私に、手元の書類に目を落としていたヨーコさんが声をかけてきた。最近老眼でなぁと言いながらかけている赤い細縁眼鏡はその色気を益々増幅させている。
「……ランチでも」
「ええよ」
私がためらいながら言いかけると、ヨーコさんはにこりとして即答した。
「アーヤも呼ぶか?」
「え、神崎さんはいいです」
「何や、そこまでセット扱いせえへんでも」
ヨーコさんは笑った。
「マーシーは呼ばんで、アーヤだけ呼べばええやろ」
言われて、私は頷いた。
「それならいいです」
ヨーコさんはくすくすと笑う。
「嫌われたもんやなぁ、マーシーは」
「いや、嫌いではないですけど、好きでもないです」
「ほんまに?」
ヨーコさんの目が、意味ありげに私を見た。
「ほ、ほんまです」
私はあえて幼い仕種で唇を尖らせる。
「まあ、なら、そういうことにしとこ」
「しといてください」
嫌いでもないし、好きでもないです。
ヨーコさんとアヤさんはちょっとだけ好きだけど、他の人は、好きでも、嫌いでも、ないです。
ほとんど自分に言い聞かせていることには、気付かないふりをした。
「アキちゃん、久しぶりー!」
久々に会ったアヤさんは、三児のママとは思えないくらい若やいでいる。小柄なため昔はよく履いたというハイヒールとスカートは封印して、せいぜいローヒールパンプスとガウチョ止まり。でも、ワイドパンツ系はロング丈だと裾踏むから駄目なのよね、と笑ってた。階段で数度転んで、夫の神崎さんから禁止令が出たらしい。そんな二人の様子も、話に聞くだけで充分想像がつく。
「お久しぶりですー」
言って軽く頭を下げる。
「先日はパパをお借りしまして」
「ああ、全然。どうぞどうぞ」
勧めるような手を出しつつアヤさんが笑う。独身時代はふんわり巻いたロングヘアーだったけれど、今ではばっさりショートボブ。その耳に小さなピアスがきらりと光る。
「あ、そのピアス可愛いですね。よく似会ってます」
「ありがとう。もらったの」
誰から、とは聞かないし、言わない。聞かなくても分かるのが、他人事なのに気恥ずかしい。
内心、褒めるんじゃなかった、と後悔したが、その心中を察したのだろう、ヨーコさんが口元に手をあてて笑った。
「センスいいからなぁ。よう似合うもの見立てるわ」
「そうなの。私自身より上手かもしれない。似合ってるって言われるの、大概アドバイスしてもらったやつとかなのよね」
歩き始めたヨーコさんの台詞に答えつつ、アヤさんも歩きはじめる。
ーーまったく、どこに地雷が埋まっているか分かったもんじゃない。
思いながら、私は先輩二人とオフィスの外へ出た。
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