さくやこの

松丹子

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第一章 こちふかば

35 仮面舞踏会

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 二杯目の飲み物が来た後、咲也は前菜の盛り合わせを突きながら私を見た。
「あきちゃんは、恋愛しないの?」
「身体だけ貸してもらえるならそれでいいんだけどねぇ」
 私のあけすけな台詞に、咲也は噴き出した。
「それ、今言って平気?」
 小さな声で言いながら、キッチンの方角を指差す。
「聞こえてないでしょ」
「わ、わかんないじゃない。壁に耳ありだよ」
 私は鼻で息をついて肩を竦めた。
「私なんかのどこがいいんだろう」
 ポロリと本音を吐きながら、次は何を頼もうかな、とドリンクメニューを眺める。ちなみに二杯目は、関東ではめったに見ない銘柄の芋焼酎を見つけたので頼んでみた。
 咲也はそんな私を見ながら苦笑する。
「だって、あきちゃんといると楽しいよ」
「そう?ありがとう。私も咲也といると楽しいよ」
 当たり障りのない応酬。でも、真実だ。
 距離的に、時間的に、どれだけ近づいても、咲也は心の中に踏み込んで来ようとしない。互いにそのラインを守っている。だからこそ居心地がいい。
「あはは。うん、それも嬉しいけど。ーー楽しいから、もっと一緒にいたいって思うのは自然だと思う」
 私はドリンクメニューに落としていた目をちらりと上げた。咲也の穏やかな目がそこにある。穏やかだが、心の奥底を探らせない影がある目。その影に、多くの人は気付かないだろう。ーー同類でもなければ。
 そして同類の私は、その影に安心するのだ。温かい光ばかりではないその色に、自分と同じものを見るから。
「楽しい、ね」
 口元に浮かんだのは自嘲の笑みだ。
「俺は分かってるよ」
「うん。ーー分かってる」
 咲也が分かっていることは、分かっている。
 穏やかさが彼の鎧なら、私の鎧はこの楽天主義だ。笑顔の中に、明るさの中に、影を隠す。影に包まれたままでは人の世を生きては行けない。自分自身を保つこともできない。だからこそ隠すのだ、社交的な仮面を被って。
 ーー私たちみたいな人間にとっては、毎日が仮面舞踏会だ。
 浮かんだ幻想に笑う。その笑顔がいつものそれではなく変に歪んだものである自覚はあった。それでも咲也は何も言わない。ただ黙って自分が二杯目に頼んだ梅酒を飲んでいる。
 しばらくの間、私たちは目を合わせず杯を傾け、机上の食べ物をつついた。

 その夜、咲也と別れてから、晃さんからメッセージが来た。
【今日は来てくれてありがとう。】
【彼がもし、本当にただの友達なんだったらーー】
 その先を見る気にならず、私は黙ってスマホの電源を切った。
 込み上げる不穏な感情を吐き出すように、静かに、深々と、息を吐き出す。
「最っ、悪」
 吐き捨てるような声は、ひどく低くなった。
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