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第一章 こちふかば
26 昔なじみとお人よし
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「やあ。先日はどうも」
「こんばんは」
阿久津さんと合流してから待ち合わせ場所に指定した駅に向かうと、咲也くんがすでに待っていた。
神崎さんと咲也くんがにこやかに挨拶を交わす。私はその様子をぼんやり見ていたが、阿久津さんに背中を突かれて我に返った。
「あーと。咲也くん。これがほんとは私と場所取りをする予定だったのにすっぽかした阿久津先輩」
「敵意を感じる紹介ご苦労」
阿久津さんは睨むように私を見てから、咲也くんに向き合った。
「小生意気な江原の世話役の阿久津です。先日はこのちんちくりんがご迷惑おかけしたようで失礼しました」
阿久津さんがさらりと言い放ち、私は思わず舌打ちした。
「おいおい、先輩に舌打ちはないんじゃないの」
阿久津さんがニヤニヤしながら私の肩を叩く。
「あーすみません。咄嗟に本心が」
「お前らなぁ」
神崎さんは完全に呆れている。
「悪いね。こいつら、いつもこんなだから、気にしないで」
咲也くんは笑いをこらえながら頷き、
「仲いいんですね」
「ああ?」
「ただの腐れ縁ですっ」
否定を示す阿久津さんと私の声が重なった。
「忘れない内に」
店に入って乾杯するなり、神崎さんはスーツジャケットの内ポケットから紙を取り出した。神崎さんと阿久津さんが隣り合い、咲也くんと私がその前に座る形だ。咲也くんに神崎さんの正面を譲ってあげたのは私なりの気遣いである。
「これ、息子から」
咲也くんは四つ折のそれを受け取り、ゆっくりと開いた。
「わあ、よく描けてる」
隣から覗き込んだ私もつい笑顔になる。
紙にはちぎったピンク色の折り紙を桜に見立てて張り付け、その下で笑う人が四人描かれていた。
拙い字で、ありがとう、またあそぼうね、とも書いてある。
「君と、息子たちと俺らしい」
「私、いないのー?」
残念すぎてがっくりと肩を落とす。神崎さんが苦笑した。
「子どもの基準ってよく分からないからな。でも、桜と君の姿が印象的だったらしい」
神崎さんは言いながら、彼の好きなハイボールを傾ける。咲也くんは照れ臭そうに笑った。
「ありがとうございます。……嬉しいなぁ」
本当に嬉しそうにその紙を眺める。
「喜んでくれたならよかった。人によっては邪魔になるだけかと思ったから」
「そんなこと。一所懸命描いてくれたのが伝わります。大事にしますね」
神崎さんの言葉に、咲也くんは真剣にかぶりを振った。神崎さんは穏やかな顔で笑う。
「ありがとう。息子も喜ぶよ」
その顔が父親らしくて、私はついマジマジ見てしまった。その視線に気づいた阿久津さんがにやりとして、隣に座る神崎さんを肘で突いた。
「おい、アキが見とれてるぞ、色男」
「どうせまた何か茶化すネタでも探してるんだろ」
「いやー、神崎さんもパパの顔になったなぁと。中学生女子の心を弄んでいたあの頃が懐かしいです」
昔のネタを引き出すと、神崎さんは途端に嫌そうな顔をした。
「中学生?」
「そうそう。まあ、色々あったのよ」
首を傾げた咲也くんに、おばちゃんぽく手を振りながら答える。神崎さんは黙ったまま、目線を反らしてグラスを傾けた。
「でも、もうすっかり大人でしょう。何歳になったんですか、ヒカルちゃん」
福岡でバスケを教えた取引先の孫である。当時、神崎さんはしばらく男だと思いこんでいたくらい、こざっぱりした子だったが。
「ニ十一。立派な大学生だよ」
神崎さんはこれ以上話したくないと言う目で私を見てくるが、そうは行かない。私の目がキラリと輝く。
「もしかして、都内の大学とか」
「ノーコメント」
「二十歳になったから一緒に飲みましょう!とか」
「だからノーコメントだって」
「果ては、彼氏とのつき合い方を相談されたりとか!!」
身を乗り出した私の鼻先に、神崎さんが顔を寄せた。整った顔がいきなり目の前に広がり、つい引け腰になる。
「江原。その話は終了」
私は唇を尖らせながら椅子に座り直した。でも分かっている。きっとこの反応はおおかた当たり。人のいい神崎さんとアヤさんのことだ、慣れない土地で生活する昔なじみを放ってはおけないだろう。
「お人よしは変わりませんね」
「性質なんだから仕方ねぇだろ。墓場までつき合うよ」
私の呟きに、神崎さんも呟きを返した。
「こんばんは」
阿久津さんと合流してから待ち合わせ場所に指定した駅に向かうと、咲也くんがすでに待っていた。
神崎さんと咲也くんがにこやかに挨拶を交わす。私はその様子をぼんやり見ていたが、阿久津さんに背中を突かれて我に返った。
「あーと。咲也くん。これがほんとは私と場所取りをする予定だったのにすっぽかした阿久津先輩」
「敵意を感じる紹介ご苦労」
阿久津さんは睨むように私を見てから、咲也くんに向き合った。
「小生意気な江原の世話役の阿久津です。先日はこのちんちくりんがご迷惑おかけしたようで失礼しました」
阿久津さんがさらりと言い放ち、私は思わず舌打ちした。
「おいおい、先輩に舌打ちはないんじゃないの」
阿久津さんがニヤニヤしながら私の肩を叩く。
「あーすみません。咄嗟に本心が」
「お前らなぁ」
神崎さんは完全に呆れている。
「悪いね。こいつら、いつもこんなだから、気にしないで」
咲也くんは笑いをこらえながら頷き、
「仲いいんですね」
「ああ?」
「ただの腐れ縁ですっ」
否定を示す阿久津さんと私の声が重なった。
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「これ、息子から」
咲也くんは四つ折のそれを受け取り、ゆっくりと開いた。
「わあ、よく描けてる」
隣から覗き込んだ私もつい笑顔になる。
紙にはちぎったピンク色の折り紙を桜に見立てて張り付け、その下で笑う人が四人描かれていた。
拙い字で、ありがとう、またあそぼうね、とも書いてある。
「君と、息子たちと俺らしい」
「私、いないのー?」
残念すぎてがっくりと肩を落とす。神崎さんが苦笑した。
「子どもの基準ってよく分からないからな。でも、桜と君の姿が印象的だったらしい」
神崎さんは言いながら、彼の好きなハイボールを傾ける。咲也くんは照れ臭そうに笑った。
「ありがとうございます。……嬉しいなぁ」
本当に嬉しそうにその紙を眺める。
「喜んでくれたならよかった。人によっては邪魔になるだけかと思ったから」
「そんなこと。一所懸命描いてくれたのが伝わります。大事にしますね」
神崎さんの言葉に、咲也くんは真剣にかぶりを振った。神崎さんは穏やかな顔で笑う。
「ありがとう。息子も喜ぶよ」
その顔が父親らしくて、私はついマジマジ見てしまった。その視線に気づいた阿久津さんがにやりとして、隣に座る神崎さんを肘で突いた。
「おい、アキが見とれてるぞ、色男」
「どうせまた何か茶化すネタでも探してるんだろ」
「いやー、神崎さんもパパの顔になったなぁと。中学生女子の心を弄んでいたあの頃が懐かしいです」
昔のネタを引き出すと、神崎さんは途端に嫌そうな顔をした。
「中学生?」
「そうそう。まあ、色々あったのよ」
首を傾げた咲也くんに、おばちゃんぽく手を振りながら答える。神崎さんは黙ったまま、目線を反らしてグラスを傾けた。
「でも、もうすっかり大人でしょう。何歳になったんですか、ヒカルちゃん」
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「ニ十一。立派な大学生だよ」
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