さくやこの

松丹子

文字の大きさ
上 下
27 / 99
第一章 こちふかば

26 昔なじみとお人よし

しおりを挟む
「やあ。先日はどうも」
「こんばんは」
 阿久津さんと合流してから待ち合わせ場所に指定した駅に向かうと、咲也くんがすでに待っていた。
 神崎さんと咲也くんがにこやかに挨拶を交わす。私はその様子をぼんやり見ていたが、阿久津さんに背中を突かれて我に返った。
「あーと。咲也くん。これがほんとは私と場所取りをする予定だったのにすっぽかした阿久津先輩」
「敵意を感じる紹介ご苦労」
 阿久津さんは睨むように私を見てから、咲也くんに向き合った。
「小生意気な江原の世話役の阿久津です。先日はこのちんちくりんがご迷惑おかけしたようで失礼しました」
 阿久津さんがさらりと言い放ち、私は思わず舌打ちした。
「おいおい、先輩に舌打ちはないんじゃないの」
 阿久津さんがニヤニヤしながら私の肩を叩く。
「あーすみません。咄嗟に本心が」
「お前らなぁ」
 神崎さんは完全に呆れている。
「悪いね。こいつら、いつもこんなだから、気にしないで」
 咲也くんは笑いをこらえながら頷き、
「仲いいんですね」
「ああ?」
「ただの腐れ縁ですっ」
 否定を示す阿久津さんと私の声が重なった。

「忘れない内に」
 店に入って乾杯するなり、神崎さんはスーツジャケットの内ポケットから紙を取り出した。神崎さんと阿久津さんが隣り合い、咲也くんと私がその前に座る形だ。咲也くんに神崎さんの正面を譲ってあげたのは私なりの気遣いである。
「これ、息子から」
 咲也くんは四つ折のそれを受け取り、ゆっくりと開いた。
「わあ、よく描けてる」
 隣から覗き込んだ私もつい笑顔になる。
 紙にはちぎったピンク色の折り紙を桜に見立てて張り付け、その下で笑う人が四人描かれていた。
 拙い字で、ありがとう、またあそぼうね、とも書いてある。
「君と、息子たちと俺らしい」
「私、いないのー?」
 残念すぎてがっくりと肩を落とす。神崎さんが苦笑した。
「子どもの基準ってよく分からないからな。でも、桜と君の姿が印象的だったらしい」
 神崎さんは言いながら、彼の好きなハイボールを傾ける。咲也くんは照れ臭そうに笑った。
「ありがとうございます。……嬉しいなぁ」
 本当に嬉しそうにその紙を眺める。
「喜んでくれたならよかった。人によっては邪魔になるだけかと思ったから」
「そんなこと。一所懸命描いてくれたのが伝わります。大事にしますね」
 神崎さんの言葉に、咲也くんは真剣にかぶりを振った。神崎さんは穏やかな顔で笑う。
「ありがとう。息子も喜ぶよ」
 その顔が父親らしくて、私はついマジマジ見てしまった。その視線に気づいた阿久津さんがにやりとして、隣に座る神崎さんを肘で突いた。
「おい、アキが見とれてるぞ、色男」
「どうせまた何か茶化すネタでも探してるんだろ」
「いやー、神崎さんもパパの顔になったなぁと。中学生女子の心を弄んでいたあの頃が懐かしいです」
 昔のネタを引き出すと、神崎さんは途端に嫌そうな顔をした。
「中学生?」
「そうそう。まあ、色々あったのよ」
 首を傾げた咲也くんに、おばちゃんぽく手を振りながら答える。神崎さんは黙ったまま、目線を反らしてグラスを傾けた。
「でも、もうすっかり大人でしょう。何歳になったんですか、ヒカルちゃん」
 福岡でバスケを教えた取引先の孫である。当時、神崎さんはしばらく男だと思いこんでいたくらい、こざっぱりした子だったが。
「ニ十一。立派な大学生だよ」
 神崎さんはこれ以上話したくないと言う目で私を見てくるが、そうは行かない。私の目がキラリと輝く。
「もしかして、都内の大学とか」
「ノーコメント」
「二十歳になったから一緒に飲みましょう!とか」
「だからノーコメントだって」
「果ては、彼氏とのつき合い方を相談されたりとか!!」
 身を乗り出した私の鼻先に、神崎さんが顔を寄せた。整った顔がいきなり目の前に広がり、つい引け腰になる。
「江原。その話は終了」
 私は唇を尖らせながら椅子に座り直した。でも分かっている。きっとこの反応はおおかた当たり。人のいい神崎さんとアヤさんのことだ、慣れない土地で生活する昔なじみを放ってはおけないだろう。
「お人よしは変わりませんね」
「性質なんだから仕方ねぇだろ。墓場までつき合うよ」
 私の呟きに、神崎さんも呟きを返した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】会いたいあなたはどこにもいない

野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。 そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。 これは足りない罪を償えという意味なのか。 私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。 それでも償いのために生きている。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...