さくやこの

松丹子

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第一章 こちふかば

21 恋する男子と酒豪女子

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「お詫びって言うなら、また政人さんとの飲み会企画してね」
 紅茶を煎れながら、咲也くんがいい笑顔で言った。もう隠す必要もないからすっきりしているんだろう。しっかり恩を作ってしまった私は苦笑するしかない。
「ほんとは昨日返すつもりだったんだけど」
 紅茶を蒸らす間に、私にショールを渡し、透明な袋に入ったタオルを大切そうに持つ。神崎さんが、服を拭けと渡したあれだ。
 そのタオルをしばらく見つめていたかと思えば、咲也くんがほぅと息を吐き出した。
「ドキドキしたなぁ、あのとき」
 紅潮した頬とわずかに伏せられた目。
 ーー恋する乙女。
 咲也くんの横顔についついその言葉が連想されて、気恥ずかしくなり目を反らした。
「でも、既婚者だよ」
 一応、念を押す。
「知ってるよ。ノンケだってのも」
 咲也くんが笑う。
「でも見て楽しむのは自由でしょ。ときめき大事だよ」
「ときめきねぇ」
 そんなの感じたの、いつが最後だろう。
「え、感じない?ドキドキしない?神崎さん」
 私は途端に嫌な顔になった。何も言っていないが、その顔が答えを示していたらしい。咲也くんが苦笑する。
「……感じないんだね、何とも」
「うん全然」
「それは……それで、幸せかも」
 私は暖かい紅茶に口をつけながら、唇を尖らせた。
「むしろヨーコさんにドキドキする」
「あああ」
 咲也くんが不思議な相槌を打った。
「まあ、それも分かる」
「でも私はレズじゃないよ」
「いや、分かってるって」
 私は紅茶を一口飲み干し、ふぅと息をついた。
「あの色気。見惚れる」
「でも触りたいとか、触られたいとか、思わないんでしょ」
「んー、まあね」
 頷きつつ、逆の意味を察する。
「……つまり、咲也くんは神崎さんとの身体的な接触が嬉しいわけだ」
「やめてよそういう言い方」
 にらみ返して来るけれど、その紅潮した頬で言われても意味がない。恋人の惚気を聞いているような気分になり、ハイハイと手を振った。
「とっとと紅茶飲んで帰りまーす」
「そうだよね、仕事だもんね」
 咲也くんは笑った。
「でも、ほんとに二日酔いしないんだ。すごいな」
「まあ、チャンポンして飲んでないし」
 首尾一貫、焼酎を飲みつづけた私である。
「酒豪だなぁ」
「一緒に飲んでぐだぐだにならないの、神崎さんくらいなもんだからね」
 妻のアヤさんも割と飲める方だが、神崎さんの酒量は計り知れない。とはいえ基本的に彼は洋酒を好むので、私と趣味が合致している訳ではない。
 神崎さんとのつき合いが続いているのは、潰れない先輩がいると飲むときに何かと楽だからというのもある。きっと彼もそれを分かっていて、仕方ねぇなぁと言いながらつき合ってくれている。
「そっか、政人さんはお酒、強いんだ。……それはよかった」
「何で?」
「あれで酔い潰れることがあったら……大変だよ」
 咲也くんは困ったような笑顔で言った。それが何を示しているのか察して、私は黙って紅茶を口に含んだ。
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