10 / 99
第一章 こちふかば
09 無言の惚気の破壊力
しおりを挟む
会話している間に、ヨーコさんが持ってきたラザニアを切り分けて皿に盛ってくれた。暖かい湯気が立ち私の頬が緩む。
「うはー。あったまりそう」
「寒かったやろ。一人で退屈やったな」
「いえ、そんなことないです。咲也くんと話したりしてたし」
私が後ろにいる咲也くんを示すと、ヨーコさんはちらりと目を上げた。ヨーコさんはじぃっと相手の目を見るのが癖だ。切れ長だけれど黒目がちな目は、見つめられるとちょっとドキドキする。同性でもそうなのだから、異性なら尚更ーーそれこそ、勘違いする人も多いに違いない。色気という点では、女版神崎さんだ。
「はじめまして」
ちょっとうろたえた咲也くんが微笑んだ。
ヨーコさんはじぃとその顔を見ていたが、じわりと口角を上げる。
「ーーふふ」
ワインの入ったコップを手に、愉快そうに笑った。
「名前は?」
「お、大澤咲也です」
「さよか。うちはヨーコて呼んでええよ。この大型犬はジョー。この子はアキちゃん、悠人くんと健人くん」
ゆっくりではあるが、珍しく多弁な説明だ。
夫をさらりと大型犬と表現するのはさすがだけど、いつものことなのでスルーしておく。
あまりの意外さに、私は目を瞬かせながら二人の様子を伺っていた。
「ーーで、マーシー」
「政人さん、でしたよね」
「ああ、もう自己紹介したんやな。ならそう呼び」
にこり、とヨーコさんは笑った。
いつも男性には警戒して自分から近づかない人なのに、どうしたんだろう。咲也くんが無害そうだからかな。
「サクヤくん。綺麗な響きの名前やな」
ヨーコさんは微笑んで、夫の作ったラザニアを食べ始めた。子ども二人とシートを離れようとしていた安田さんがその表情を見ている。
「ーー美味しい。ジョー、おおきに」
一口咀嚼した後、ふわりとした微笑みと共に夫に告げると、安田さんの頬が上気した。
「どういたしまして」
安田さんが甘ったるい目で微笑みを返し、
「よーし、行くぞー。広場まで競争!」
「わー!」
「砂埃立てないように行けよー」
神崎さんの声が三人の背中を追った。
その姿を見送って、私は知らぬ間に止まっていた息を吐き出す。息を止めた元凶であるヨーコさんは幸せそうにラザニアをぱくついている。
その横顔から、ちらりと視線を咲也くんに向けると目が合った。どちらからともなく苦笑する。
「悪いね。当てられた?」
「ちょっと。いつも、あんな感じで?」
「うーん、まあそうかな」
神崎さん夫妻は普段から激甘だけれど、安田夫妻は普段、割と淡泊な分、時々見せる甘さの破壊力が凄まじい。私と同じく独身の阿久津先輩はときどきぼやくくらいだーー「あの二組の夫婦と一緒にいると、自分がドMじゃないかという気がしてくる」。名言である。
「マーシー。アーヤにも持ち帰る?」
「残ったらでいいっすよ。ラザニア好きだから喜ぶだろうけど。無くなったらまた作ります」
「さよか」
神崎さんがハイボールをあおる。
「ワイン、少し貰おうかな」
「珍しいな」
「ええ。たまには」
ヨーコさんがボトルを傾け、神崎さんが受けた。
酒を注ぎ、受ける。その動作に、二人の育ちの良さが透けて見える。
特にヨーコさんは日本舞踊をやっていたらしいので、時々動作が舞のように見えるのだ。
「……あきちゃん、て呼んでも?」
不意に咲也くんが言った。私と同じ画を、同じ気持ちで眺めていたと何となく察する。
「いいよ。私も咲也くんて呼ぶ」
答えて覚めきった黒糖焼酎のお湯割を飲み干し、コップをぐいと差し出した。
「せんぱーい。私もワインー」
「お前は専用ボトルがあるだろ」
「たまにはいいじゃないですかー」
「ええよ。栓抜いたら飲み切らな勿体ない」
ヨーコさんが笑って私のコップにワインを注ぐ。
「僕も便乗しても?」
咲也くんが控えめに言うと、
「もちろん」
私とヨーコさんの声が重なった。
「何も持ってきてない奴が言うな」
「でも場所取りしたのは私ですー。それに、お湯持ってきたし!何も持ってきてなくないし!」
ヨーコさんは笑いながら、咲也くんのコップに赤ワインを注いだ。
「うはー。あったまりそう」
「寒かったやろ。一人で退屈やったな」
「いえ、そんなことないです。咲也くんと話したりしてたし」
私が後ろにいる咲也くんを示すと、ヨーコさんはちらりと目を上げた。ヨーコさんはじぃっと相手の目を見るのが癖だ。切れ長だけれど黒目がちな目は、見つめられるとちょっとドキドキする。同性でもそうなのだから、異性なら尚更ーーそれこそ、勘違いする人も多いに違いない。色気という点では、女版神崎さんだ。
「はじめまして」
ちょっとうろたえた咲也くんが微笑んだ。
ヨーコさんはじぃとその顔を見ていたが、じわりと口角を上げる。
「ーーふふ」
ワインの入ったコップを手に、愉快そうに笑った。
「名前は?」
「お、大澤咲也です」
「さよか。うちはヨーコて呼んでええよ。この大型犬はジョー。この子はアキちゃん、悠人くんと健人くん」
ゆっくりではあるが、珍しく多弁な説明だ。
夫をさらりと大型犬と表現するのはさすがだけど、いつものことなのでスルーしておく。
あまりの意外さに、私は目を瞬かせながら二人の様子を伺っていた。
「ーーで、マーシー」
「政人さん、でしたよね」
「ああ、もう自己紹介したんやな。ならそう呼び」
にこり、とヨーコさんは笑った。
いつも男性には警戒して自分から近づかない人なのに、どうしたんだろう。咲也くんが無害そうだからかな。
「サクヤくん。綺麗な響きの名前やな」
ヨーコさんは微笑んで、夫の作ったラザニアを食べ始めた。子ども二人とシートを離れようとしていた安田さんがその表情を見ている。
「ーー美味しい。ジョー、おおきに」
一口咀嚼した後、ふわりとした微笑みと共に夫に告げると、安田さんの頬が上気した。
「どういたしまして」
安田さんが甘ったるい目で微笑みを返し、
「よーし、行くぞー。広場まで競争!」
「わー!」
「砂埃立てないように行けよー」
神崎さんの声が三人の背中を追った。
その姿を見送って、私は知らぬ間に止まっていた息を吐き出す。息を止めた元凶であるヨーコさんは幸せそうにラザニアをぱくついている。
その横顔から、ちらりと視線を咲也くんに向けると目が合った。どちらからともなく苦笑する。
「悪いね。当てられた?」
「ちょっと。いつも、あんな感じで?」
「うーん、まあそうかな」
神崎さん夫妻は普段から激甘だけれど、安田夫妻は普段、割と淡泊な分、時々見せる甘さの破壊力が凄まじい。私と同じく独身の阿久津先輩はときどきぼやくくらいだーー「あの二組の夫婦と一緒にいると、自分がドMじゃないかという気がしてくる」。名言である。
「マーシー。アーヤにも持ち帰る?」
「残ったらでいいっすよ。ラザニア好きだから喜ぶだろうけど。無くなったらまた作ります」
「さよか」
神崎さんがハイボールをあおる。
「ワイン、少し貰おうかな」
「珍しいな」
「ええ。たまには」
ヨーコさんがボトルを傾け、神崎さんが受けた。
酒を注ぎ、受ける。その動作に、二人の育ちの良さが透けて見える。
特にヨーコさんは日本舞踊をやっていたらしいので、時々動作が舞のように見えるのだ。
「……あきちゃん、て呼んでも?」
不意に咲也くんが言った。私と同じ画を、同じ気持ちで眺めていたと何となく察する。
「いいよ。私も咲也くんて呼ぶ」
答えて覚めきった黒糖焼酎のお湯割を飲み干し、コップをぐいと差し出した。
「せんぱーい。私もワインー」
「お前は専用ボトルがあるだろ」
「たまにはいいじゃないですかー」
「ええよ。栓抜いたら飲み切らな勿体ない」
ヨーコさんが笑って私のコップにワインを注ぐ。
「僕も便乗しても?」
咲也くんが控えめに言うと、
「もちろん」
私とヨーコさんの声が重なった。
「何も持ってきてない奴が言うな」
「でも場所取りしたのは私ですー。それに、お湯持ってきたし!何も持ってきてなくないし!」
ヨーコさんは笑いながら、咲也くんのコップに赤ワインを注いだ。
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】会いたいあなたはどこにもいない
野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。
そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。
これは足りない罪を償えという意味なのか。
私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。
それでも償いのために生きている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる