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第三章 きみのとなり
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久々に出勤した本社で感じる人の目は、思っていた以上に冷たかった。財務部の忘年会に参加した例の受付嬢ともちらりと目が合い黙礼される。前ならおはようございまぁす、と甘ったるい声で挨拶されたものだが、正直これくらいでちょうどいい。変にほっとしていると、後ろから勢い良く背中を叩かれた。
「痛っ、てぇ」
振り返ると、相変わらず爽やかな短髪の後輩ーージョーである。ジョーくん、おはよう~と、受付嬢から声がかかり、ジョーは丸い目を細めてひらりと手を振った。
「てっめぇ。加減しろよ。元柔道部」
「えー、だって、なんとなく背筋が丸まって見えたから。こう、落ちぶれたサラリーマンみたいに」
ジョーは言いながら肩を竦めて見せる。俺は眉を寄せた。
「嘘だろ」
「嘘です」
「とりあえず、俺にも一発殴らせろ」
「えー、セクハラの次はパワハラですか。勘弁してくださーい」
ああ言えばこう言う。睨みつけるとジョーはけらけら笑った。
「これくらいの意地悪させてくださいよ」
「何でだよ」
「俺の想い人の心、奪った男ですからね」
俺は硬直した。
「ーーは?」
ジョーの表情からは、本気なのか冗談なのか分からない。ははっと笑って、俺の横を通り抜けて行く。
え?うん?今あいつ何言った?どういうことだ?
とりあえず冗談だと思っておこう。そう思いながら止まった足を前に進めると、また肩を叩かれ振り返る。
「おはようさん」
そこにいたのは名取さんだった。切れ長の目を細め、ぽってりとした唇を笑ませて立っている。
「お、はようございます」
「嬉しいわぁ。朝からマーシーに会えて」
「はあ、どうも」
俺がエレベーターホールで待っているジョーと名取さんを見比べていると、ジョーが気づいてこちらに走り寄ってきた。
「あっ!ヨーコさぁん!おっはようございまぁす!!」
その後ろにしっぽが見えた気がして思わず数度瞬きをする。当然そんなものないのだが。
「おはようさん。朝から元気やなぁ」
「ヨーコさんに会えたらいつでも元気ですっ」
名取さんがヨシヨシとジョーの頭を撫でる様は、完全に飼い主と犬だ。まあでもとりあえず仲良くなったんだなと思いつつ、放っておいてエレベーターホールへ向かおうと足を一歩出したとき、コーヒーの香りがした。
振り向くと橘が立っている。
「おはよう」
静かに微笑んで橘は言った。プライベートのときとは違う端正な表情に、思わず一瞬見とれる。
「……おはよう」
それをごまかすように応じると、橘は照れ臭そうに笑った。その手には、カフェでテイクアウトしてきたのだろうコーヒーカップが握られている。いつか俺と待ち合わせた店のものだ。
「妬けるわぁ。アーヤ、うちにおはよう言うてないで」
「え、ごめんなさい。おはよう、ヨーコちゃん」
橘の腕に名取さんが自分の腕を巻付けた。身長は名取さんの方が高いので、何となくちぐはぐしているが、まあいつもこんな調子なのだろう。
ジョーが俺の肩に腕を回した。
「役者も揃いましたね。今晩、マーシーお疲れ会やります?」
「いいよ。しなくて」
「そんなつれへんこと言わんと。アーヤといちゃついても止めへんで、うちら」
「いや、とりあえず普通に仕事戻らせてください。お気持ちだけいただきます」
エレベーターホールに向かいながら言い合っていると、ちくちくと突き刺さっていた周囲の視線は大したことがないように思えた。ーーと同時に、気にしていないつもりだったそれを敏感に察知していた自分にも気づく。
ーー早めに決着つけよう。
人事課からはなるべく早めに会う時間を作るよう言われた。こちらとしてもその方がよさそうだと思いながら、肩にかかったジョーの腕はあえてそのままに、俺たちのフロアである6階へ向かった。
「痛っ、てぇ」
振り返ると、相変わらず爽やかな短髪の後輩ーージョーである。ジョーくん、おはよう~と、受付嬢から声がかかり、ジョーは丸い目を細めてひらりと手を振った。
「てっめぇ。加減しろよ。元柔道部」
「えー、だって、なんとなく背筋が丸まって見えたから。こう、落ちぶれたサラリーマンみたいに」
ジョーは言いながら肩を竦めて見せる。俺は眉を寄せた。
「嘘だろ」
「嘘です」
「とりあえず、俺にも一発殴らせろ」
「えー、セクハラの次はパワハラですか。勘弁してくださーい」
ああ言えばこう言う。睨みつけるとジョーはけらけら笑った。
「これくらいの意地悪させてくださいよ」
「何でだよ」
「俺の想い人の心、奪った男ですからね」
俺は硬直した。
「ーーは?」
ジョーの表情からは、本気なのか冗談なのか分からない。ははっと笑って、俺の横を通り抜けて行く。
え?うん?今あいつ何言った?どういうことだ?
とりあえず冗談だと思っておこう。そう思いながら止まった足を前に進めると、また肩を叩かれ振り返る。
「おはようさん」
そこにいたのは名取さんだった。切れ長の目を細め、ぽってりとした唇を笑ませて立っている。
「お、はようございます」
「嬉しいわぁ。朝からマーシーに会えて」
「はあ、どうも」
俺がエレベーターホールで待っているジョーと名取さんを見比べていると、ジョーが気づいてこちらに走り寄ってきた。
「あっ!ヨーコさぁん!おっはようございまぁす!!」
その後ろにしっぽが見えた気がして思わず数度瞬きをする。当然そんなものないのだが。
「おはようさん。朝から元気やなぁ」
「ヨーコさんに会えたらいつでも元気ですっ」
名取さんがヨシヨシとジョーの頭を撫でる様は、完全に飼い主と犬だ。まあでもとりあえず仲良くなったんだなと思いつつ、放っておいてエレベーターホールへ向かおうと足を一歩出したとき、コーヒーの香りがした。
振り向くと橘が立っている。
「おはよう」
静かに微笑んで橘は言った。プライベートのときとは違う端正な表情に、思わず一瞬見とれる。
「……おはよう」
それをごまかすように応じると、橘は照れ臭そうに笑った。その手には、カフェでテイクアウトしてきたのだろうコーヒーカップが握られている。いつか俺と待ち合わせた店のものだ。
「妬けるわぁ。アーヤ、うちにおはよう言うてないで」
「え、ごめんなさい。おはよう、ヨーコちゃん」
橘の腕に名取さんが自分の腕を巻付けた。身長は名取さんの方が高いので、何となくちぐはぐしているが、まあいつもこんな調子なのだろう。
ジョーが俺の肩に腕を回した。
「役者も揃いましたね。今晩、マーシーお疲れ会やります?」
「いいよ。しなくて」
「そんなつれへんこと言わんと。アーヤといちゃついても止めへんで、うちら」
「いや、とりあえず普通に仕事戻らせてください。お気持ちだけいただきます」
エレベーターホールに向かいながら言い合っていると、ちくちくと突き刺さっていた周囲の視線は大したことがないように思えた。ーーと同時に、気にしていないつもりだったそれを敏感に察知していた自分にも気づく。
ーー早めに決着つけよう。
人事課からはなるべく早めに会う時間を作るよう言われた。こちらとしてもその方がよさそうだと思いながら、肩にかかったジョーの腕はあえてそのままに、俺たちのフロアである6階へ向かった。
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