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第二章 はなれる
88 ヒカルの父
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ヒカルを自宅の前で見つけ、山口会長宅に送り届けた夜、俺は初めてヒカルの父に会った。
焦燥した姿はヒカルを心配したからというだけではなさそうだった。ヒカルを部屋に送り届けた後、改めて挨拶してくれた父親は、日ごろ外周りしたり工場に詰めたりしてばかりでと、挨拶が遅れたことを詫びつつ、慣れない環境に四苦八苦していると苦笑していた。
聡いヒカルはそんな父親に気を使っているーーそれに気づきつつ手が回らずにいる、と。
「東京にいたときは共働きで、家事育児、協力していたつもりでしたが、やっぱりどこか妻に頼っていたんだと、ヒカルと二人になって気づきました」
上がってお茶でもと言われたが断り、車に向かう俺の隣を歩きながら、ヒカルの父は嘆息混じりに言った。
「どっちについて来るかってね。ヒカルが選んだんですよ。――お父さんは、私がいてあげなきゃ駄目そうだからって」
苦笑でごまかそうとしていたが、その目元は潤んでいた。
「情けないですよね。娘一人、守ってやれないで――娘の方が、親父を守ろうとしてくれてるんだから」
俺はどう答えたものかと思ったが、上手い言葉が見つからず、車の横までたどり着く。
「ヒカルは、優しい子ですね」
俺の唐突な言葉に、ヒカルの父は挙げかけた手を下ろした。
「繊細で、よく気づく。人の気持ちを察して、自分の振る舞いをちゃんと合わせられる。俺も、感心してます」
言いながら、言葉を探していた。初めて会うヒカルの父に、何が言いたいのか――伝えたいことはあるはずなのに、うまく言葉にならずもどかしい。
「もっと、自分勝手になれと、言ってやってください。――優しいだけじゃバスケも上手くならないぞと」
ヒカルの父は、一瞬の間の後に笑った。
「あの子はあの子で、神崎さんは優しいからと心配してますよ」
「え?」
「優し過ぎて騙されそうとか、なんだかんだ言って振り回されてとか、まるで子供を心配する親みたいに」
俺は苦笑を返した。あいつの言いそうなことだ。
「ヒカルは、前からああなんですか。あんまり自分の気持ちを表さないというか、甘え下手というか」
ヒカルの父も苦笑した。
「あれは、母親譲りかもしれません。頼るのが下手で。自分で自分のことが一通りできるから余計かな、器用貧乏というか」
「ああ、ありますね。そういうこと」
同意してから、
「でも、ーーそれにしても、あの歳であの落ち着きは、ちょっと心配ですよね」
俺の言葉にヒカルの父は黙って微笑んだ。
「神崎さん、そろそろ関東に帰られるかもしれないそうですね」
急に話題が変わったので戸惑いつつ頷く。
「本当に助かりました。ーーありがとうございました」
深々と頭を下げられて慌てた。
「いや、そんな。俺はただ遊んでたようなもんで」
「ヒカルは神崎さんの前だと好き勝手振る舞っていたんでしょう。直接的な関係がないからこそ、甘えられたのもあるでしょうが……」
ヒカルの父は言葉を切って、複雑そうな笑顔になる。
「ヒカル、神崎さんの話をするときには本当に楽しそうでしたから。正直、父親としてはちょっとヤキモチも妬きましたが、これだけいい男なら仕方ないな」
「やめてください、そんな冗談は」
俺は苦笑してから、ふと真顔になった。
「関東に帰るまでは、ヒカルを見守らせてください。……もう少しの間だけだとしても」
ヒカルの父は、微笑みながら静かに頷いた。
焦燥した姿はヒカルを心配したからというだけではなさそうだった。ヒカルを部屋に送り届けた後、改めて挨拶してくれた父親は、日ごろ外周りしたり工場に詰めたりしてばかりでと、挨拶が遅れたことを詫びつつ、慣れない環境に四苦八苦していると苦笑していた。
聡いヒカルはそんな父親に気を使っているーーそれに気づきつつ手が回らずにいる、と。
「東京にいたときは共働きで、家事育児、協力していたつもりでしたが、やっぱりどこか妻に頼っていたんだと、ヒカルと二人になって気づきました」
上がってお茶でもと言われたが断り、車に向かう俺の隣を歩きながら、ヒカルの父は嘆息混じりに言った。
「どっちについて来るかってね。ヒカルが選んだんですよ。――お父さんは、私がいてあげなきゃ駄目そうだからって」
苦笑でごまかそうとしていたが、その目元は潤んでいた。
「情けないですよね。娘一人、守ってやれないで――娘の方が、親父を守ろうとしてくれてるんだから」
俺はどう答えたものかと思ったが、上手い言葉が見つからず、車の横までたどり着く。
「ヒカルは、優しい子ですね」
俺の唐突な言葉に、ヒカルの父は挙げかけた手を下ろした。
「繊細で、よく気づく。人の気持ちを察して、自分の振る舞いをちゃんと合わせられる。俺も、感心してます」
言いながら、言葉を探していた。初めて会うヒカルの父に、何が言いたいのか――伝えたいことはあるはずなのに、うまく言葉にならずもどかしい。
「もっと、自分勝手になれと、言ってやってください。――優しいだけじゃバスケも上手くならないぞと」
ヒカルの父は、一瞬の間の後に笑った。
「あの子はあの子で、神崎さんは優しいからと心配してますよ」
「え?」
「優し過ぎて騙されそうとか、なんだかんだ言って振り回されてとか、まるで子供を心配する親みたいに」
俺は苦笑を返した。あいつの言いそうなことだ。
「ヒカルは、前からああなんですか。あんまり自分の気持ちを表さないというか、甘え下手というか」
ヒカルの父も苦笑した。
「あれは、母親譲りかもしれません。頼るのが下手で。自分で自分のことが一通りできるから余計かな、器用貧乏というか」
「ああ、ありますね。そういうこと」
同意してから、
「でも、ーーそれにしても、あの歳であの落ち着きは、ちょっと心配ですよね」
俺の言葉にヒカルの父は黙って微笑んだ。
「神崎さん、そろそろ関東に帰られるかもしれないそうですね」
急に話題が変わったので戸惑いつつ頷く。
「本当に助かりました。ーーありがとうございました」
深々と頭を下げられて慌てた。
「いや、そんな。俺はただ遊んでたようなもんで」
「ヒカルは神崎さんの前だと好き勝手振る舞っていたんでしょう。直接的な関係がないからこそ、甘えられたのもあるでしょうが……」
ヒカルの父は言葉を切って、複雑そうな笑顔になる。
「ヒカル、神崎さんの話をするときには本当に楽しそうでしたから。正直、父親としてはちょっとヤキモチも妬きましたが、これだけいい男なら仕方ないな」
「やめてください、そんな冗談は」
俺は苦笑してから、ふと真顔になった。
「関東に帰るまでは、ヒカルを見守らせてください。……もう少しの間だけだとしても」
ヒカルの父は、微笑みながら静かに頷いた。
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