モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第二章 はなれる

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「神崎サンご指名だって。代表電話」
 就業間際、阿久津から電話を渡されて受けとった。
「はい、代わりました。神崎です」
 名乗るが、応答がない。
 しばらく待ってみたが無言のままなので、
「いたずら電話なら切りますけど」
 言うと、電話口で動揺するのが分かった。
「ーー川田?」
 ふと、思いついた名を口にする。
 次いで訪れた沈黙は、肯定を示していた。
 俺は息を大きく吸い、ゆっくりと吐き出した。
「何の用だ?」
 静かに言ったつもりだが、どうしても声に棘がある。
 阿久津がどうしたという目をして俺を見たが、俺は苦笑して手を上げ、何でもないと示して見せた。
「俺に話があるなら、もう少しで仕事終わるから。今、どこにいるんだ」
「……学校の近くの、公衆電話」
 会社から学校までは、歩くと30分以上かかる。俺はうーんと考えて、
「お前んち、どの辺だ?」
「中央公園の近く」
「中央公園……」
 デスクのパソコンで検索すると、ちょうど会社と学校を結ぶ間くらいに位置していると分かる。
「じゃあその公園に、1時間後。いいか?」
「……分かった」
 川田は言葉少なに了解して、電話を切った。
「また何かに巻き込まれてんのか」
 阿久津がちらりとこちらに目をやる。
「そうらしいけどーーここまで来たら、乗りかかった船だな」
 阿久津は頬杖をつきながら俺の苦笑を見て、
「足元掬われないように気をつけろよ」
 小さく言った。
 俺が何のことだと眉を寄せると、
「人に強烈に好かれる奴は、ときに強烈に嫌われるだろ。無自覚なら尚のこと、知らないうちに罠でも仕掛けられてることがあるかもしれない」
 阿久津は言って、あー、と伸びをした。
「ちょっとトイレ」
 真剣なんだか適当なんだか分からない様子に、俺は首を傾げた。

 4月とはいえ日が落ちればまだ肌寒い。どうにか定時に会社を出て、19時頃に公園に着いたが、もう外は真っ暗だった。街灯が照らし出す公園は中規模のもので、原っぱとそれを囲むように置いてあるベンチ、端の方に数種類の遊具があった。
 男とはいえ中学生を待たせている焦りがあったが、思いの外見渡し易い公園でわずかにほっとする。均された土を踏みながら公園に入っていくと、街灯が照らし出すベンチの一つに、川田が座っていた。
 家に帰って一度着替えて来たのか、パーカーにジーパンのラフな姿だ。身長が高いわけではないが、こうして見ると高校生と言われても分からないかもしれない。
 近づいて行くと、川田は手の内で転がしていたバスケットボールをしっかりと抱き抱えるようにしながら俺の顔を見上げた。
「よう」
 何と声をかけるべきか分からず、俺が一声かけると、川田は目礼を返した。
 俺は無言のまま、川田の隣に一人分の空席を開けて腰掛ける。
 風が吹くと、砂埃が舞った。思わず眉を寄せて目を細め、砂埃から目を守る。
「……山口ヒカルが、今日、学校休んだの、聞いた?」
 川田が、ぽつりと言った。
 俺は黙ったまま首を横に振る。
 川田はちらりと俺の横顔を見て、視線を手元のボールに戻した。
「じゃあ……昨日、なかなか家に帰って来なかったって話は」
 俺は川田を横目で見た。少年はボールに視線を落としたままじっとしている。何かに怯えているようでもあり、落胆しているようにも見えた。
「知ってるよ」
 答えて、次いで何を言ったものかと思いつつ口を開いた。
「ヒカルは、……多分、俺以外に言ってない」
 心配かけたくないから。迷惑かけたくないから。
 泣きながら話すヒカルは、合間合間でそう言った。傷ついたのは自分なのに、それでもなお他人を思いやる。思いやるのは、身内だけではないーー
「下校時、変な男に遭ったことにしてる筈だ」
 俺は目を閉じた。腹の底に沸き上がる感情が怒りだと自覚しながら、それを押し殺すように深く息を吐く。
「お前がバスケできなくなったらかわいそう、だとさ」
 川田は驚いて顔を上げた。見開いた目で俺を見る。その目が段々と潤んできたのを見て、俺は顔を背けた。
「お前、こんなこと望んでたの?」
 川田は俯く。
「好きなんだろ。あいつのこと。振り向かせたいと思ったんだろ。ーーすべきこと、全然違うんじゃねぇの」
 相手が二周りも年下の子供だということが、かろうじて俺を冷静に留めさせた。
「だって……全然、俺のこと見てくれんもん」
 川田の声は震えていた。
「悔しいけん、あんたの悪口言って気を引こうとしたら、バリ怒りよるし、こっちも引っ込みつかんで言い合いになって。ーーそんなにあんたのことが大事なんか、そんならいっそ無茶苦茶にしてやる、ちゅう気になって」
 早口にまくしたてる言葉は涙声だ。あふれる涙を拭うこともせず、川田は一気に言い切った。
 俺は黙ってベンチから立ち上がった。
 川田が俺を見上げる。
「知らねぇよ、お前の都合なんか。どんな理由があるにしたってーー」
 俺は奥歯を噛み締めて、怒りからくる震えを止めようと試みたが、無駄だった。
「どんな理由があるにしたって、お前がしたことは最低なことだ」
 泣くほど反省している中学生に、そこまで言うべきか。脳裏をよぎった大人の配慮は、噛み殺せなかった怒りに飲み込まれた。が、言い切った後にまた苦い思いが胸中に満ちる。
 俺は目を閉じ、奥歯を噛み締めながら、鼻腔から息をすべて吐き出した。
「安心しろ。俺はもう少ししたら関東に帰る」
 ポケットに手を突っ込みながら、川田に背を向けた。
「反省してるんなら、償えよ。どんな方法があるんだか俺には分からねぇけど、赦してくれるかもしれない。ーーヒカルなら」
 少女の不器用な優しさと傷つき易さを思い出して、わずかに俯いた。
「あいつからは、妹だと思えと言われたけど」
 一人ごちるように言う。
「もし、本当に俺がただの他人じゃなければーーきっと、二度とお前がバスケなんかできないようにしてただろうな」
 そう、他人の話だ。
 俺には関係のないーー関係してはいけない話だ。
 その事実は俺を安心させると共に、悔しさをも感じさせる。
「二度とお前には会いたくない。ーー二度と」
 俺は言い捨てて、川田の方を見もせずに公園を後にした。
 俺が去るまで、川田が動いた気配は感じなかった。
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