モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第二章 はなれる

80 女バス一年全員集合

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 バスケの練習メンバーが増えるというのは冗談ではなかったらしい。土曜日の午後、いつも通りヒカルの練習につき合おうと山口会長の会社を訪れると、一年女子が6人勢揃いしていた。
 それに気づいた瞬間、回れ右をして帰ろうとした俺を、ヒカルがダッシュで引き止める。
「なに、帰ろうとしてんの」
「いや、お前だってあれ」
 指差す先には期待に満ちた顔をしている少女たち。あれに混ざるとか拷問すぎる。
「冷静に考えてみろよ、傍から見たら通報されかねないだろ」
「そんなことないって」
 ヒカルは大ウケしている。
「神崎さんがわざわざ中学生に手出す必要ないのはみんな見てわかるじゃん」
 あー、これだよこれ。こういうこと言うの、中学生とはいえやっぱり女だ。今までどうして男と思い込んでいたのか不思議なくらいである。
 俺は思いながら嫌そうな顔のままま少女たちを見やった。
 ひそひそと話し合っていた少女たちは、きりりと顔を上げてこちらに駆け寄ってきた。
 声が届く距離に着くと、ぺこりと威勢よく頭を下げる。
「一緒に練習参加させてくださいっ」
「よろしくお願いしますっ」
 完全に引け腰の俺の腕は、ヒカルがガッチリ掴んでいる。逃れられないと分かり嘆息すると、後ろ頭をかきながら渋々答えた。
「……よろしく」
 少女たちの歓声に、俺は思わず視線を反らした。

 練習を始めてみれば、自分が疲れたら当人たちで3on3をさせてみたり、案外楽なもんだと気づいた。あまり見ているだけだと身体が冷えるので適当に参加していたが。
 ヒカルはその中にあっても笑顔が見え、馴染めないと聞いていたのが嘘のように思える。
「フツーに馴染んでんじゃねぇか」
 休憩の間に俺がヒカルに言うと、ヒカルは照れ臭そうにした。
「そうかな」
 横から少女の一人がヒカルに寄って来る。
「ヒカル、急に上手くなったからびっくりしたんよ。私、背も低いしスタメンもレギュラーも取られそう」
 身長150cm前後のその子は、長い髪をうしろでくくっていて、ミチと呼ばれているらしい。
「秘密の特訓の成果やろ。うちらも一緒にさせてもらえば、二年生からもスタメン取れるかも知れんよ」
 もう一人は一番動きがよかったので一番最初に名前を覚えた。マキというそうだ。
「二年、人数多そうだったもんな」
「16人いて、ミニバスからの先輩が10人なんよ」
 俺の言葉に、ミチが答えた。総入れ換えを二度しても余るなら、二年生もなかなか苦労していることだろう。
「でも、先生は男バスの方に力入れてるから、うちらは放ったらけで。ね」
 マキの言葉に一同が頷く。
「男バスって言や、川田、だっけ?あいつは何年なの?」
「一年。でも上手いからスタメンだよ。二年生は8人いるのに、フォワードやってる」
 さすがに司令塔であるポイントガードは二年生か。あれだけ上手いならゲームメイクもできそうだが。
「あいつ結構女子に人気あるんよ。他校の女子からも声かけられてたし」
「えっ、それほんと?」
「声かけた子もすごい勇気やん」
「いつ?どんな子やったん?」
 きゃいきゃいと始まったかしましさについつい耳を塞いでいた俺だったが、不意にミチが俺を振り返った。
「でも、あの時なんで神崎さんとバトりよったと?」
 知らねぇよ、本人に聞いてくれ。
 そう突き放したいのはやまやまだが、さぁなと適当に言葉を濁した。
「あっさり勝ちよったもんね」
「バリ悔しがっとったけんね」
「そうそう。あれから練習でも荒れとらん?」
「あ、やっぱり?何やろね、大人に負けてそんな悔しいんかね」
「自分よりイケメンな人に勝てんで、プライド傷ついたとか」
「おかげで、川田くんカッコイイ~とか言っとった先輩たちも、神崎さんに倉替えしたやろ」
「そうやろな。ヒカルに何度も神崎さんのこと聞いとったし」
 俺はいたたまれない思いで少女たちの話を聞いていた。
 ――もしかして、もうどうしようもない状態になってるんじゃ。
 江原さんの言葉を思い出しながら思う。
「川田にも聞かれたよ。あいつどこにいるんだ、いつどこで会ってるんだ、って」
 ボールを身体の周りでくるくる回しながら、ヒカルが言う。
「何それ、束縛系彼氏みたいな台詞やん」
「束縛系彼氏!ありえる~」
 マキの言葉に少女たちが笑い、俺は嫌な予感に気付かないふりをしながら、ヒカルのボールをはたき落とした。
「あっ」
「叩かれても落ちないくらいにしっかりつかまねぇと、練習になんねぇぞ」
 取ったボールをドリブルしながらゴールに向かう。
「い、今、遊んでただけだもん。休憩だったじゃん!」
 ヒカルの声を聞きながら打ったシュートは、ネットの取れた古いゴールに音もなく吸い込まれた。

「ありがとうございましたーっ!」
 懐かしい体育会系のノリで元気よく下げられた5つの頭を見ながら、俺は言った。
「ちなみに、来週末は来ないからな」
「えっ」
「何でですか?デート?」
「あっ、あの美人なお姉さん?」
 きゃいきゃいとまた始まる騒ぎに、仕事で関東へ行くと告げると、少女たちはなぁんだと残念そうにした。
「そうなんだ。いってらっしゃい」
 ヒカルにも言っていなかったので、やはり少し残念そうに言われる。
「お土産何がいいかなー」
「あれやない?関東バナナ」
「中華街の焼売は?」
「それ横浜やろ」
「おいこら、勝手に土産を期待するな。買ってこねぇからな」
「そう言いながら買ってきてくれるんやろ。その優しさにキュン!」
「それツンデレやん」
 ほんと集団になった女子ってうるせぇ。
「ほら、もう帰れよ。本格的に日が暮れるぞ」
 口を塞ぐことは諦めて、俺はしっしっと追い払うような手をした。
「そんな虫追い払うみたいに」
 文句を言いながら、少女たちの目は笑っている。
「じゃ、また今度、よろしくお願いします」
 マキがぺこりと頭を下げると、他の4人がそれに続いた。ヒカルは俺の横でそれを見ている。
「お、ま、え、も、一度くらい頭下げてみろよ」
 冗談半分その頭を押さえ込むと、ヒカルがわたわたと慌てた。
「ぼ、暴力反対!」
「暴力ぅ?お前が素直にお願いしますと言えばいいだけの話だろ。一度も聞いたことないぞ」
「何を、偉そうにー!」
 じたばた暴れるヒカルから手を離すと、ヒカルは唇を尖らせて俺を睨みつけた。
「いいなぁ」
 ぽつりとミチが言った。
「仲良しなんやね」
「ど、どこを見てそんな」
 うろたえるヒカルの頬が赤いのを見て、少女たちはワイワイと茶化し始めた。ちょっとやり過ぎたかなという気になり、とっとと帰れよーと声をかける。
 少女たちが手を振りつつ、やいやい帰って行くのを見ながら、俺はやれやれと嘆息した。
「そういや、ヒカル」
 俺の声に、ヒカルが目を上げる。
「こないだ、サンキュ。花子さんから受け取った」
 バレンタインデーに渡された紙袋に入っていたのは、思いの外ビターな手作りのブラウニーだった。
「あれ、お前作ったの?」
「おばあちゃんが作ったの、自分の名前であげるわけないだろ」
 つっけんどんに言った後で、
「……ちょっと、手伝ってもらったけど」
 自信なさげに付け足す。
 俺はふっと笑った。
「そーか。美味かったよ」
「ほんと?」
 ヒカルはぱっと明るく顔を上げた。
「よかった」
 黙っていると厳しく見える切れ長の目が弓なりに細められる。なるほど、見ようによれば、年より大人びた顔立ちで、魅力的にも感じられるだろう。そう気づいて思わずしげしげと見つめてしまい、ヒカルは居心地悪そうにまた俯いた。
「ああ、悪い」
 詫びて視線をまた少女たちの背に投げ――
「なあ、ヒカル」
「え?」
「あいつら、あれ、隠れてるつもりか?」
 電柱や曲がり角の陰から、目を輝かせてこちらを伺う5つの顔を見つけて、ヒカルが途端に呆れたような顔をした。
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