モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

文字の大きさ
上 下
71 / 126
第二章 はなれる

71 転居の理由

しおりを挟む
 午後は北九州織物組合の松島会長への挨拶と報告を済ませた後、福岡織物組合の山口会長へ挨拶に向かった。
「ちょうど今週末に組合総会があるけん、説明に来なさい」
「ありがとうございます」
「まあ、だいたい方向は決まっとうが」
「……え?」
 山口会長の言葉に眉を上げると、山口会長はにやりと笑った。
「前に来た奴らが置いて行った資料は一通り会員に渡してある。そのときの質問やら何やら、議事録にまとめとうけん、見るか?」
「あ、ありがとうございます」
 急に積極的に対応してくれるのにとまどっていると、山口会長は鼻で笑った。
「自分たちのためになるなら、みすみすチャンスを逃すほど甘ちゃんやないぞ、俺は」
 俺はその言葉に苦笑した。
「そうでしょうとも」
 ーーそうでなくて、社長が勤まるわけがない。
「ありがたく拝見します」
「ああ。待っとき」
 山口会長は頷いて、議事録を持ってきてくれた。

 議事録に一通り目を通し、山口会長自身からいくつか補足を聞いてメモに落とすと、そろそろ失礼しますと立ち上がりかけた俺を、山口会長が手で制した。
「少し話してもいいか」
 俺は上げかけた腰を下ろした。
「はい」
 会長はゆっくりと口を開いた。
「ヒカルは、根は優しいが、なかなか頑固者でな」
 言葉を探すように話す。
「先生も、なかなか友達と馴染めん、と心配しちょる。片親だからやないか、てーーあの子の母親は、仕事を選んだけん。父親が家業を継ぐち言うたら、東京に残るちゅうて、ついて来なんだ」
 俺はどう相槌を打ったものかと考えながら、ただ話を聞いていた。
「親権も父親に譲るが、養育費はきちんと出したいちゅうてーー俺たちの世代では、考えもつかんわ。子供や夫と暮らせんくなっても仕事を選ぶことも、女がわざわざ養育費出すことも」
 言い終えて遠い目をした。
「ヒカルは、それからあんまり笑わんようになった。父親は新しい仕事覚えるのに必死で余裕もないし、元々喜怒哀楽のはっきりした子じゃなかったけんね。それが、初めて会うあんたにあれだけの笑顔を向けた」
 山口会長は目を細めた。
「俺も人の親だし孫には滅法弱い。娘夫婦は子供を授からんでな。孫はあの子一人、可愛くて仕方ないんよ」
 そう言い終えて壁にかかった時計に目をやる。
「……そろそろ帰って来るな」
 山口会長は呟いて俺に向き合った。
「馬鹿なことを言っとうのは承知の上たい」
 その目は穏やかな祖父のそれである。
「でも、俺が今のあの子にしてやれることはこのくらいやけん。ーー少し付き合ってくれ」
 言い終わる頃に、応接室のドアがこんこんとノックされた。
「入れ」
「こんにちはぁ」
 ひょっこりと顔を出したのは、予想通りヒカルだった。
「お兄さん来るって聞いたから、走って帰ってきた」
 その言葉通り、息は上がり頬も上気している。俺は苦笑しながらゆるりと立ち上がった。
「おかえり」
 ヒカルは驚いた顔をしてから、ぱっと笑顔になった。
「ただいま」
 その笑顔を、山口会長が穏やかな目で見ている。
「今日は少しだけな。会社の同僚から、長居するなと釘を刺されてる」
「あはは。僕とバスケやってお金もらうなんて最高だよね」
「その代わり、着替えとスニーカーは持ってきたぞ」
 俺が言うと、ヒカルは笑った。
「なんだ、やる気満々じゃん」
「違ぇよ。最初のときに靴とスラックス砂だらけになったからだ」
 先週末、阿久津たちと来たときは、シュート練習に付き合っただけで帰ったから無事だった。
「そうだ。ね、来月の第二土曜日、予定空いてる?」
「あ?なんだ、試合か?」
 着替えを取りに車に向かいながら話す。
「うん。練習試合。僕一年生なんだけど、合間に一年生も試合させてくれるって言われてて。うちの学年6人しかいないから、出してもらえると思う」
「そうか。じゃ、練習がんばんなきゃな」
「うん。ねえ、お休みの日、練習つきあってよ」
「……俺のこと、暇人だと思ってる?」
 ヒカルはううんと首を振った。
「どうせ関東にカノジョ置いて来てるんでしょ」
 ーー中坊のくせに鋭いな。
「……まぁな」
 後ろ頭を掻きながら答えると、ヒカルは笑った。
「そうじゃなかったら嘘だよ。お兄さんモテそうだもん」
 俺は黙って肩をすくめた。ヒカルは楽しそうに笑う。
「はやくやろう。僕、ミニバスやってなかったからさ。やっぱりミニバス経験者にはなかなか追いつかなくって」
「あー、そうだよな。分かる分かる」
 小学生の間に、結構差がついているものだ。ボールコントロールはもちろん、試合の流れの読みや精神的なタフさ、そういうものも含めて。
「じゃ、あと一ヶ月弱で鍛えてやるか」
「ほんと?やった!」
 ヒカルは拳を握ってガッツポーズした。
 ーー栄太郎も、中学生になればこんな感じかな。
 年始にボールを抱えて笑う甥っ子を思い出して微笑み、思わずヒカルの頭をぽんぽんと叩いた。
 ヒカルは一瞬驚いたように目を見開いてから、照れ臭そうに微笑んだ。
 なんとなくその頬が紅潮したような気がしたが、きっと寒さによるものだろうと、車から着替えとシューズを取り出した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜

湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」 「はっ?」 突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。 しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。 モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!? 素性がバレる訳にはいかない。絶対に…… 自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。 果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

処理中です...