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第二章 はなれる
53 HI,HONEY
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帰社すると、阿久津を加えた3人が不在になっていた。俺が上家さんに帰った旨を告げると、上家さんからは、もう一つの組合ーー北九州織物組合のアポは明日の午後一で取れたと聞く。
「ありがとうございます」
「結局、会長には会えた?」
「いいえ。秘書の方が対応してくれました」
俺の答えに苦笑する上家さんを見て微笑んだ。
「でも、いろいろ織物の話聞けましたよ。見学もさせてもらったし」
「次は大丈夫です!」
拳を握って鼻息荒く力説するのは江原さん。
「次はきっと、会長にも会えます!神崎さんなら」
まるで馬にするように、俺がどうどうとなだめると、上家さんは面白そうに笑った。
「すっかりマーシーに心酔したようだね。仲がよくなるのはいいが……」
言いかけてやめる。が、言わんとしたことを察した江原さんが唇を尖らせた。
「そういうんじゃありません。ビジネスマンとして学ぶところのある方だと思うだけです」
「だそうですのでご心配なく。江原さんの安全運転は安全過ぎてドキドキしましたが助かりました」
追い越し車や曲がって来る車のおかげで何度かひやっとしたのだ。
「安全運転が一番です。免許はゴールドでいたいので」
胸を張った江原さんに相槌を打って、デスクに座った。
受話器を取り、電話をかける。
阿久津がいない今のうちに済ませてしまおう。
『Hello?』
「Hello,Jyo」
受話器越しの聞き慣れた声に、俺は微笑むと肩と耳で受話器を挟んだ。
パソコンのIDを入力しながら話す。
「How are you?」
『I'm glad you asked!』
よっくぞ聞いてくれました!と飛び跳ねる姿が容易に想像できた俺は、ジョーが話し始める前に言った。
「待てよ。お前のプライベートについて聞きたいわけじゃないぞ」
『えー、なんでですかー、話させてくださいよー』
不服げだが無視する。
「後で携帯にでもかけろ。そしたら聞くから」
『そんでかけたら取らないつもりでしょ。分かってるんだから!マーシーひどい!私をもてあそんで』
「気持ち悪いからやめろ。で、ジョー。仕事の話だけどな」
俺は聞く耳持たずに話を変えた。
今日の訪問でも、過去の連携については話に出なかった。
とはいえこちらから聞くのもためらわれるので、11年前の資料が残っているか、ジョーに調べるよう依頼する。
「そんな古いのあるかなー。お金関係だったら、財務とか会計とかが持ってるかも知れませんけどね」
聞いて、確かにと思った。橘の顔が脳裏に浮かぶ。
「そうだな、聞いてみる。ありがとう」
公私混同かと思いつつも、ジョーの電話を切ると財務部にかけ直した。
『Hello?』
仕事用の固い声に、思わず悪戯心がわく。
「Hi,Honey」
あくまで明るい声、ジョークに聞こえるレベルで言ったが、相手が言葉に詰まるのが分かった。
あ、これきっと真っ赤になってるな。見られなくて残念。
『……How can I help you?』
感情を押し殺し、できる限り冷たく言っているのが分かる。俺は噴き出すのを堪えながら、ジョーにしたのと同じ話を繰り返した。
『11年前ねぇ。全くないわけじゃないと思うけど。いつまでに必要?』
「なるべく早く。遅くても今週中」
そうでなければ、対応が進められない。
『分かった。調べてみるね』
橘の答えを聞いて、お礼と共に電話を切った。
パソコンに社内メッセージの新着を知らせる通知が表示される。クリックすると、ジョーから。
【電話、ちゃんと出てくださいね!】
よほど話したいことがあるらしいと苦笑して、OKと返事を打つ。送信したとき、もう一件新着メッセージが表示された。送信者は名取さん。
【うちの妹、ゆでだこになって目元口元ゆるゆるなんやけど。どないしてくれます?】
俺はうっかり噴き出した。
【写メ撮って送ってください】
返事はすぐ来た。
【カップルの仲良しこよしにつき合わせんといて】
それもそうだ。
俺は微笑むと、明日行く北九州織物組合について勉強することにした。
「ありがとうございます」
「結局、会長には会えた?」
「いいえ。秘書の方が対応してくれました」
俺の答えに苦笑する上家さんを見て微笑んだ。
「でも、いろいろ織物の話聞けましたよ。見学もさせてもらったし」
「次は大丈夫です!」
拳を握って鼻息荒く力説するのは江原さん。
「次はきっと、会長にも会えます!神崎さんなら」
まるで馬にするように、俺がどうどうとなだめると、上家さんは面白そうに笑った。
「すっかりマーシーに心酔したようだね。仲がよくなるのはいいが……」
言いかけてやめる。が、言わんとしたことを察した江原さんが唇を尖らせた。
「そういうんじゃありません。ビジネスマンとして学ぶところのある方だと思うだけです」
「だそうですのでご心配なく。江原さんの安全運転は安全過ぎてドキドキしましたが助かりました」
追い越し車や曲がって来る車のおかげで何度かひやっとしたのだ。
「安全運転が一番です。免許はゴールドでいたいので」
胸を張った江原さんに相槌を打って、デスクに座った。
受話器を取り、電話をかける。
阿久津がいない今のうちに済ませてしまおう。
『Hello?』
「Hello,Jyo」
受話器越しの聞き慣れた声に、俺は微笑むと肩と耳で受話器を挟んだ。
パソコンのIDを入力しながら話す。
「How are you?」
『I'm glad you asked!』
よっくぞ聞いてくれました!と飛び跳ねる姿が容易に想像できた俺は、ジョーが話し始める前に言った。
「待てよ。お前のプライベートについて聞きたいわけじゃないぞ」
『えー、なんでですかー、話させてくださいよー』
不服げだが無視する。
「後で携帯にでもかけろ。そしたら聞くから」
『そんでかけたら取らないつもりでしょ。分かってるんだから!マーシーひどい!私をもてあそんで』
「気持ち悪いからやめろ。で、ジョー。仕事の話だけどな」
俺は聞く耳持たずに話を変えた。
今日の訪問でも、過去の連携については話に出なかった。
とはいえこちらから聞くのもためらわれるので、11年前の資料が残っているか、ジョーに調べるよう依頼する。
「そんな古いのあるかなー。お金関係だったら、財務とか会計とかが持ってるかも知れませんけどね」
聞いて、確かにと思った。橘の顔が脳裏に浮かぶ。
「そうだな、聞いてみる。ありがとう」
公私混同かと思いつつも、ジョーの電話を切ると財務部にかけ直した。
『Hello?』
仕事用の固い声に、思わず悪戯心がわく。
「Hi,Honey」
あくまで明るい声、ジョークに聞こえるレベルで言ったが、相手が言葉に詰まるのが分かった。
あ、これきっと真っ赤になってるな。見られなくて残念。
『……How can I help you?』
感情を押し殺し、できる限り冷たく言っているのが分かる。俺は噴き出すのを堪えながら、ジョーにしたのと同じ話を繰り返した。
『11年前ねぇ。全くないわけじゃないと思うけど。いつまでに必要?』
「なるべく早く。遅くても今週中」
そうでなければ、対応が進められない。
『分かった。調べてみるね』
橘の答えを聞いて、お礼と共に電話を切った。
パソコンに社内メッセージの新着を知らせる通知が表示される。クリックすると、ジョーから。
【電話、ちゃんと出てくださいね!】
よほど話したいことがあるらしいと苦笑して、OKと返事を打つ。送信したとき、もう一件新着メッセージが表示された。送信者は名取さん。
【うちの妹、ゆでだこになって目元口元ゆるゆるなんやけど。どないしてくれます?】
俺はうっかり噴き出した。
【写メ撮って送ってください】
返事はすぐ来た。
【カップルの仲良しこよしにつき合わせんといて】
それもそうだ。
俺は微笑むと、明日行く北九州織物組合について勉強することにした。
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