モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

45 リクエスト

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 俺の家へ向かう間、橘は沈黙を怖れるように、たいしたことのない話をしていた。
 俺はその都度相槌を打ちながら、橘の心理状態を推察する。
 ーーいったい、どういうつもりだろう。
 それを聞きたい反面、口にしてしまえば、二人で並ぶこの時間が失われるのでは、と思っているのだろう。
 ーーどういうつもりだろう。
 俺にもわからない。わからないけど、なるようになれ。
 一ヶ月前にも、そう思ったはずーーそのときはただその日きりの投げやりな思いだったが。
「家、同じ路線沿いだったのね。知らなかった」
 吊り革を手に、不思議なほど明るく橘が話している。
 その目が俺をまっすぐとらえきれずにいることに気づきながら、俺は穏やかに応じた。
「そうだな。ーーそういや、夕飯どうする?どっかで食ってく?もしくはーー」
 俺は家にある食材を頭の中で思い浮かべた。
「パスタくらいならすぐできるけど」
 橘は目を丸くした。
「神崎って、料理するの?」
「大学んとき、イタリアンレストランでバイトしてたからな。イタリアンなら割と」
 最初はウェイターをやっていたが、勘違いした女性客のおかげでいろいろ面倒になり、厨房を手伝うことになった。
 バイトがすることといえば、せいぜい皿洗いやピザのトッピングくらいだが、賄い作りもしていたので、多少は経験できた。
 ちなみに、手料理を振る舞ったことがあるのは大学時代からの男友達と家族くらいだ。そもそも、料理すること自体、極力公開しないことにしている。
 ーーこれは、男友達からのアドバイスによるものだが。
「すごい。なんか……私より上手そう」
「お前は下手そうだな」
 思わず頷くと、橘が例の迫力のない目で睨んできた。
 駅について電車のドアが開く。小柄な橘が人の波に飲まれそうなので、あえてゆったり構えてホームに降りた。
「で、具材の希望は?」
「え」
 橘はちょっとうろたえてから首を傾げた。
「ええと……キノコ」
 俺は思わず噴き出し、口を手で押さえる。
「な、何よ」
 腹を抱えて笑い出す俺に、橘は顔を赤くしてむくれた。
 ーーその顔が、くしゃくしゃにしてやりたいくらい可愛い。
「だって、キノコって……」
「美味しいじゃない。キノコ入ってると」
 確かにイタリアンでは割と万能な具材だが、だからこそどんな種類のパスタにするかのヒントにもならない。
「せめて肉とか、シーフードとか……」
「ああ、タンパク質の話をしてるのね。ならそう言ってよ」
 ーーこいつ、絶対普段料理しないな。
 そう思いながら、じゃあ、シーフード、と答えた橘の頭をぽんとたたき、改札口へ向かった。
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