34 / 126
第一章 ちかづく
34 カフェ
しおりを挟む
幸い、二軒目で四人分の席を確保した俺は、姉に電話をかけた。
「カウンターとテーブルで、2人ずつになるけど、いいよな」
『りょうかーい。今から行くね。』
電話が切れると、俺はほっと息をつく。駅から離れていない場所で探すと、どうしても店の数が限られる。あまり人通りの多くない方を選んだのが正解だった。
「よかったねぇ、席空いてて」
笑顔で現れた姉は、当然のようにテーブル席に香子ちゃんと向かった。
え、そこは姉弟で座るべきじゃないの。しかもカウンター残すのかよ。
「着物だと、低い椅子は座りにくいでしょう」
気をきかせたつもりらしい。橘はありがとうございます、と微笑んだ。
「香子ちゃん、政人のおごりよ。ケーキセットとパフェ、どっちにする?」
「わぁ、じゃあケーキセット」
「満腹だったんじゃないの」
「甘いものは別腹です」
全く遠慮を見せず、香子ちゃんは姉と真剣にケーキを選んでいる。
俺は嘆息して、橘はどうする、と聞いた。
「私もケーキ食べていいの?」
「別に、食いたいなら頼めば」
橘は笑った。
「冗談よ。懐石とお茶請けでお腹いっぱい。ホットコーヒーもらおうかな」
俺は頷いて、ホットコーヒーを二つ頼んだ。
しばらくしてサービスされたコーヒーを口に含みながら、橘はほっと息をついた。
「おいしい。--でも神崎のコーヒーの方が好きかも」
「そりゃどうも」
俺は自分のコーヒーを口にする。香ばしい苦みが口の中に広がる。
香子ちゃんもコーヒー党らしい。チョコレートケーキとコーヒーを嬉しそうに口にしている。
姉はチーズケーキを頼み、香子ちゃんと一口ずつ交換している。女子ってああいうことするの好きだよな。
「今日は、ごめんね。なんか色々巻き込んじゃって」
「……まあ、どっちがどっちに巻き込んだのか、もうよくわかんねぇけど」
俺は嘆息しながら、カップを口に運んだ。
橘がそうかもねと苦笑する。
「でも、びっくりした。まさか神崎にこんなところで会うなんて思わなかったから」
「俺もびっくりしたよ。いきなり近所に橘がいるし。--着物だし」
目を合わせる勇気がなく、ただただカウンターの中をぼんやり見る。
「ふふ。似合わない?」
「いや。いつもの服より全然そっちがいい」
思わず言ってしまってから、しまった、と橘の顔色をうかがう。
案の定、橘は顔を赤くしていた。
「ま、馬子にも衣装ってやつでしょ」
「そ、そうだよ。当然だろ」
俺はまた気まずく思って、視線をそらした。
姉がちらちらとこっちを見ている。口元はにやにやしていた。
「待ってる間、何か話した?姉と」
「うん。当たり障りないことばっかりよ。会社での神崎はどうなの、とか、同期って何人くらいいるの、とか」
両手でカップをくるみつつ、橘は微笑む。
「綺麗だし、素敵なお姉さまね。私より3つも上で、小学生のお子さんがいるなんて信じられない」
口にカップをつけつつ、小さく付け加えた。
「いいなぁ……」
--重い。
ほとんど無意識に近い橘のぼやきが、やたらと重く感じて、俺は店の外に目を向けた。
隼人はなかなか戻ってこない。
おかしいな。草履は玄関先にあるはずだし、そんなに時間がかかるような気はしないのだが。
また栄太郎が何かしでかしたんだろうか。
そんなことを思いながらコーヒーを飲み終える頃、隼人からメッセージが入った。
【公園で栄太郎とバスケやってました。今からそっちに行きます】
って、完全に油売ってんじゃねぇか。
俺は呆れながら、了解と返した。
一応、怒りのマークもつけてやる。
俺は姉の方を向き、スマホをちらつかせた。姉は頷き、香子ちゃんに声をかけている。
「そろそろ?」
橘の問いに、俺は頷いた。
「ま、よかったな。図らずも、弟とその連れに会えて」
「え?あ、うん。そうね」
そう返す橘は、以前隼人に会いたがったことなど忘れていたようだった。
「……神崎」
最後の一口を口に含んだ俺に、橘は静かに呼びかけた。
「何?」
ちらりと目線を橘に投げる。
橘は俯いてから、首を振った。
「……ううん、何でもない」
本人は気づいているんだろうか。
俺の前にいるときの表情や動作が、やたらと細やかで、女らしくなっていることに。
ーー多分、気づいてないんだろうな。
俺は注文票を持ち、姉の机のそれを取りに行こうと立ち上がって、髪を上げた橘のうなじにふと気づいた。
つい見入ってしまいそうになり、無理矢理背ける。
ーー危ない危ない。普段ならいざ知らず、今は姉という悪魔がいるんだ。馬鹿な行動は慎まねば。
思って姉のテーブルへ足を向けながら、気づく。
ーー普段ならいざ知らずって、なんだよ。
だんだんと自分が分からなくなってきて、頭を抱えたくなった。
「カウンターとテーブルで、2人ずつになるけど、いいよな」
『りょうかーい。今から行くね。』
電話が切れると、俺はほっと息をつく。駅から離れていない場所で探すと、どうしても店の数が限られる。あまり人通りの多くない方を選んだのが正解だった。
「よかったねぇ、席空いてて」
笑顔で現れた姉は、当然のようにテーブル席に香子ちゃんと向かった。
え、そこは姉弟で座るべきじゃないの。しかもカウンター残すのかよ。
「着物だと、低い椅子は座りにくいでしょう」
気をきかせたつもりらしい。橘はありがとうございます、と微笑んだ。
「香子ちゃん、政人のおごりよ。ケーキセットとパフェ、どっちにする?」
「わぁ、じゃあケーキセット」
「満腹だったんじゃないの」
「甘いものは別腹です」
全く遠慮を見せず、香子ちゃんは姉と真剣にケーキを選んでいる。
俺は嘆息して、橘はどうする、と聞いた。
「私もケーキ食べていいの?」
「別に、食いたいなら頼めば」
橘は笑った。
「冗談よ。懐石とお茶請けでお腹いっぱい。ホットコーヒーもらおうかな」
俺は頷いて、ホットコーヒーを二つ頼んだ。
しばらくしてサービスされたコーヒーを口に含みながら、橘はほっと息をついた。
「おいしい。--でも神崎のコーヒーの方が好きかも」
「そりゃどうも」
俺は自分のコーヒーを口にする。香ばしい苦みが口の中に広がる。
香子ちゃんもコーヒー党らしい。チョコレートケーキとコーヒーを嬉しそうに口にしている。
姉はチーズケーキを頼み、香子ちゃんと一口ずつ交換している。女子ってああいうことするの好きだよな。
「今日は、ごめんね。なんか色々巻き込んじゃって」
「……まあ、どっちがどっちに巻き込んだのか、もうよくわかんねぇけど」
俺は嘆息しながら、カップを口に運んだ。
橘がそうかもねと苦笑する。
「でも、びっくりした。まさか神崎にこんなところで会うなんて思わなかったから」
「俺もびっくりしたよ。いきなり近所に橘がいるし。--着物だし」
目を合わせる勇気がなく、ただただカウンターの中をぼんやり見る。
「ふふ。似合わない?」
「いや。いつもの服より全然そっちがいい」
思わず言ってしまってから、しまった、と橘の顔色をうかがう。
案の定、橘は顔を赤くしていた。
「ま、馬子にも衣装ってやつでしょ」
「そ、そうだよ。当然だろ」
俺はまた気まずく思って、視線をそらした。
姉がちらちらとこっちを見ている。口元はにやにやしていた。
「待ってる間、何か話した?姉と」
「うん。当たり障りないことばっかりよ。会社での神崎はどうなの、とか、同期って何人くらいいるの、とか」
両手でカップをくるみつつ、橘は微笑む。
「綺麗だし、素敵なお姉さまね。私より3つも上で、小学生のお子さんがいるなんて信じられない」
口にカップをつけつつ、小さく付け加えた。
「いいなぁ……」
--重い。
ほとんど無意識に近い橘のぼやきが、やたらと重く感じて、俺は店の外に目を向けた。
隼人はなかなか戻ってこない。
おかしいな。草履は玄関先にあるはずだし、そんなに時間がかかるような気はしないのだが。
また栄太郎が何かしでかしたんだろうか。
そんなことを思いながらコーヒーを飲み終える頃、隼人からメッセージが入った。
【公園で栄太郎とバスケやってました。今からそっちに行きます】
って、完全に油売ってんじゃねぇか。
俺は呆れながら、了解と返した。
一応、怒りのマークもつけてやる。
俺は姉の方を向き、スマホをちらつかせた。姉は頷き、香子ちゃんに声をかけている。
「そろそろ?」
橘の問いに、俺は頷いた。
「ま、よかったな。図らずも、弟とその連れに会えて」
「え?あ、うん。そうね」
そう返す橘は、以前隼人に会いたがったことなど忘れていたようだった。
「……神崎」
最後の一口を口に含んだ俺に、橘は静かに呼びかけた。
「何?」
ちらりと目線を橘に投げる。
橘は俯いてから、首を振った。
「……ううん、何でもない」
本人は気づいているんだろうか。
俺の前にいるときの表情や動作が、やたらと細やかで、女らしくなっていることに。
ーー多分、気づいてないんだろうな。
俺は注文票を持ち、姉の机のそれを取りに行こうと立ち上がって、髪を上げた橘のうなじにふと気づいた。
つい見入ってしまいそうになり、無理矢理背ける。
ーー危ない危ない。普段ならいざ知らず、今は姉という悪魔がいるんだ。馬鹿な行動は慎まねば。
思って姉のテーブルへ足を向けながら、気づく。
ーー普段ならいざ知らずって、なんだよ。
だんだんと自分が分からなくなってきて、頭を抱えたくなった。
0
お気に入りに追加
390
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜
湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」
「はっ?」
突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。
しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。
モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!?
素性がバレる訳にはいかない。絶対に……
自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。
果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる