モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

34 カフェ

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 幸い、二軒目で四人分の席を確保した俺は、姉に電話をかけた。
「カウンターとテーブルで、2人ずつになるけど、いいよな」
『りょうかーい。今から行くね。』
 電話が切れると、俺はほっと息をつく。駅から離れていない場所で探すと、どうしても店の数が限られる。あまり人通りの多くない方を選んだのが正解だった。
「よかったねぇ、席空いてて」
 笑顔で現れた姉は、当然のようにテーブル席に香子ちゃんと向かった。
 え、そこは姉弟で座るべきじゃないの。しかもカウンター残すのかよ。
「着物だと、低い椅子は座りにくいでしょう」
 気をきかせたつもりらしい。橘はありがとうございます、と微笑んだ。
「香子ちゃん、政人のおごりよ。ケーキセットとパフェ、どっちにする?」
「わぁ、じゃあケーキセット」
「満腹だったんじゃないの」
「甘いものは別腹です」
 全く遠慮を見せず、香子ちゃんは姉と真剣にケーキを選んでいる。
 俺は嘆息して、橘はどうする、と聞いた。
「私もケーキ食べていいの?」
「別に、食いたいなら頼めば」
 橘は笑った。
「冗談よ。懐石とお茶請けでお腹いっぱい。ホットコーヒーもらおうかな」
 俺は頷いて、ホットコーヒーを二つ頼んだ。
 しばらくしてサービスされたコーヒーを口に含みながら、橘はほっと息をついた。
「おいしい。--でも神崎のコーヒーの方が好きかも」
「そりゃどうも」
 俺は自分のコーヒーを口にする。香ばしい苦みが口の中に広がる。
 香子ちゃんもコーヒー党らしい。チョコレートケーキとコーヒーを嬉しそうに口にしている。
 姉はチーズケーキを頼み、香子ちゃんと一口ずつ交換している。女子ってああいうことするの好きだよな。
「今日は、ごめんね。なんか色々巻き込んじゃって」
「……まあ、どっちがどっちに巻き込んだのか、もうよくわかんねぇけど」
 俺は嘆息しながら、カップを口に運んだ。
 橘がそうかもねと苦笑する。
「でも、びっくりした。まさか神崎にこんなところで会うなんて思わなかったから」
「俺もびっくりしたよ。いきなり近所に橘がいるし。--着物だし」
 目を合わせる勇気がなく、ただただカウンターの中をぼんやり見る。
「ふふ。似合わない?」
「いや。いつもの服より全然そっちがいい」
 思わず言ってしまってから、しまった、と橘の顔色をうかがう。
 案の定、橘は顔を赤くしていた。
「ま、馬子にも衣装ってやつでしょ」
「そ、そうだよ。当然だろ」
 俺はまた気まずく思って、視線をそらした。
 姉がちらちらとこっちを見ている。口元はにやにやしていた。
「待ってる間、何か話した?姉と」
「うん。当たり障りないことばっかりよ。会社での神崎はどうなの、とか、同期って何人くらいいるの、とか」
 両手でカップをくるみつつ、橘は微笑む。
「綺麗だし、素敵なお姉さまね。私より3つも上で、小学生のお子さんがいるなんて信じられない」
 口にカップをつけつつ、小さく付け加えた。
「いいなぁ……」
 --重い。
 ほとんど無意識に近い橘のぼやきが、やたらと重く感じて、俺は店の外に目を向けた。
 隼人はなかなか戻ってこない。
 おかしいな。草履は玄関先にあるはずだし、そんなに時間がかかるような気はしないのだが。
 また栄太郎が何かしでかしたんだろうか。
 そんなことを思いながらコーヒーを飲み終える頃、隼人からメッセージが入った。
【公園で栄太郎とバスケやってました。今からそっちに行きます】
 って、完全に油売ってんじゃねぇか。
 俺は呆れながら、了解と返した。
 一応、怒りのマークもつけてやる。
 俺は姉の方を向き、スマホをちらつかせた。姉は頷き、香子ちゃんに声をかけている。
「そろそろ?」
 橘の問いに、俺は頷いた。
「ま、よかったな。図らずも、弟とその連れに会えて」
「え?あ、うん。そうね」
 そう返す橘は、以前隼人に会いたがったことなど忘れていたようだった。
「……神崎」
 最後の一口を口に含んだ俺に、橘は静かに呼びかけた。
「何?」
 ちらりと目線を橘に投げる。
 橘は俯いてから、首を振った。
「……ううん、何でもない」
 本人は気づいているんだろうか。
 俺の前にいるときの表情や動作が、やたらと細やかで、女らしくなっていることに。
 ーー多分、気づいてないんだろうな。
 俺は注文票を持ち、姉の机のそれを取りに行こうと立ち上がって、髪を上げた橘のうなじにふと気づいた。
 つい見入ってしまいそうになり、無理矢理背ける。
 ーー危ない危ない。普段ならいざ知らず、今は姉という悪魔がいるんだ。馬鹿な行動は慎まねば。
 思って姉のテーブルへ足を向けながら、気づく。
 ーー普段ならいざ知らずって、なんだよ。
 だんだんと自分が分からなくなってきて、頭を抱えたくなった。
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