2 / 126
第一章 ちかづく
02 弟の婚約者
しおりを挟む
「はじめまして。鈴木香子と言います」
レストランで待ち合わせた隼人の隣で微笑んだのは、長い髪をシンプルなポニーテールにした女性だった。Vネックニットに膝丈のコクーンスカートを履いていて、脚は程よく肉付いているものの、すらりと長い。
「はじめまして。隼人の兄の政人です」
俺が微笑んで右手を差し出すと、彼女は少し驚いてから微笑み、手を握った。俺と同じくらいの力で応えてくる。
しっかりした子、と母が言っていたのも頷ける。日本には握手の習慣がないが、動じた気配はなかった。一連の動作からも、しっかり自分を持った子に見える。
「綺麗な子だね」
俺は言いながら二人の正面に腰掛け、隼人に向き直った。同時に、立ち上がっていた鈴木さんも腰掛ける。
「おめでとう。お前のおかげで、まるで俺は出来損ない扱いだけどな」
言うと、隼人は苦笑した。
「俺と兄さんじゃタイプが違いすぎるよ。だいたい兄さん、結婚する気あるの?」
隼人と俺は兄弟らしい容姿をしているが、性格はだいぶ違った。特に女性とのつき合い方については。
「まあ、いずれはね」
答えながら、彼女という名目で女性とつき合ったのは、24歳以降なかったと思い当たる。
元々あまり執着しないたちなので、つき合いが長続きしないのだ。女性の方から勝手に来て、勝手に去っていく。それがいつものパターンだった。
隼人の隣で、鈴木さんが興味深そうに目を輝かせているのに気づいた。
「どうかした?」
「いえ」
鈴木さんは嬉しそうに微笑む。
「隼人くんと仲のいい男の子、似たタイプの子が多くて。何でかなって思ってたんですけど、お兄さんがそうだからなんですね」
俺はふといたずら心が芽生えて笑った。
「女遊びの激しいやつってこと?」
「違います」
鈴木さんは慌てて首を振る。
「なんていうかーーそこにいるだけで、周りが明るくなるタイプの人です」
俺はちょっと驚いて鈴木さんの表情を見た。本人はいたって真面目に言っているのが分かる。お世辞でも、社交辞令でもなく。
俺はまた微笑んだ。
「そうかな。ありがとう」
何の期待も裏心もなく、人のことを誉められる子のようだ。
弟はいい子に出会ったな、と思った。
話していると、鈴木さんが頭の回転の早い子だということはすぐに分かった。打てば響く。まさにそういう会話が続き、ふと思い出す。
「鈴木さんはーーあ、もう香子ちゃんと呼ぶべきかな」
「いえ、どちらでも。どっちの姓にするにしても、仕事は鈴木で続けるつもりですし」
どっちの姓にするにしても、と来たか。さすが、言うことが違うな。
そんなことを思いながら、鈴木さんは、と続ける。
「自分の出身校、言うの嫌なときってある?」
そんなことを言うのは、彼女の話しぶりから思い出した人がいたからだ。
同期の出世頭、橘彩乃。容姿は悪くない、弁舌爽やかな女性で、その隠せないエリート臭から、橘女史、と呼ばれている。
彼女は自分の出身校を口にしない。都内の大学で経済を専攻していた、と言うだけだ。
が、その優秀さで名前の知れない大学を卒業したとも思えず、話の端々に出てくる学校の様子は、俺が隼人からうかがえるものに酷似していた。
言いたくないのは理由があるのだろう、と思って、今まで何も言わずにいたのだが、この子に聞けば理由が分かるかも知れない。
エリートの弱みを握るのも悪くない、という下心もあるが。
「嫌なとき、ですか」
鈴木さんは視線を上にむけて首を傾げた。
「親のつき合いのある人ですかねぇ。近所の人とか」
「どうして?」
「お子さん立派ですねぇ、って、何かとつき合いにくくなるって言ってました。子供は子供なのに、気を使うって」
そういえば母もそんなことを言っていた気がする。でもそれは男女差もないし、橘女史の理由とは違うだろう。
「あ、でもサークルの友達は、出身校言うと男性に引かれるって言ってました。私は女子大で、男性と土俵が違うからか、感じたことないですけど」
隼人が、誰がそんなこと言ってたの、と問い、鈴木さんが答えてから続ける。
「自分より学歴のいい女性って、そんなに嫌なものなんですかね。自分より昇進したり、収入多くても嫌なのかな。私は女だから分かりませんけど」
さらり、と彼女は言いのけた。
「私だったら、そんな男性、そもそもこっちからお断りですけど」
あまりにはっきりした物言いに、俺がついつい噴き出すと、鈴木さんはきょとんとしていた。
レストランで待ち合わせた隼人の隣で微笑んだのは、長い髪をシンプルなポニーテールにした女性だった。Vネックニットに膝丈のコクーンスカートを履いていて、脚は程よく肉付いているものの、すらりと長い。
「はじめまして。隼人の兄の政人です」
俺が微笑んで右手を差し出すと、彼女は少し驚いてから微笑み、手を握った。俺と同じくらいの力で応えてくる。
しっかりした子、と母が言っていたのも頷ける。日本には握手の習慣がないが、動じた気配はなかった。一連の動作からも、しっかり自分を持った子に見える。
「綺麗な子だね」
俺は言いながら二人の正面に腰掛け、隼人に向き直った。同時に、立ち上がっていた鈴木さんも腰掛ける。
「おめでとう。お前のおかげで、まるで俺は出来損ない扱いだけどな」
言うと、隼人は苦笑した。
「俺と兄さんじゃタイプが違いすぎるよ。だいたい兄さん、結婚する気あるの?」
隼人と俺は兄弟らしい容姿をしているが、性格はだいぶ違った。特に女性とのつき合い方については。
「まあ、いずれはね」
答えながら、彼女という名目で女性とつき合ったのは、24歳以降なかったと思い当たる。
元々あまり執着しないたちなので、つき合いが長続きしないのだ。女性の方から勝手に来て、勝手に去っていく。それがいつものパターンだった。
隼人の隣で、鈴木さんが興味深そうに目を輝かせているのに気づいた。
「どうかした?」
「いえ」
鈴木さんは嬉しそうに微笑む。
「隼人くんと仲のいい男の子、似たタイプの子が多くて。何でかなって思ってたんですけど、お兄さんがそうだからなんですね」
俺はふといたずら心が芽生えて笑った。
「女遊びの激しいやつってこと?」
「違います」
鈴木さんは慌てて首を振る。
「なんていうかーーそこにいるだけで、周りが明るくなるタイプの人です」
俺はちょっと驚いて鈴木さんの表情を見た。本人はいたって真面目に言っているのが分かる。お世辞でも、社交辞令でもなく。
俺はまた微笑んだ。
「そうかな。ありがとう」
何の期待も裏心もなく、人のことを誉められる子のようだ。
弟はいい子に出会ったな、と思った。
話していると、鈴木さんが頭の回転の早い子だということはすぐに分かった。打てば響く。まさにそういう会話が続き、ふと思い出す。
「鈴木さんはーーあ、もう香子ちゃんと呼ぶべきかな」
「いえ、どちらでも。どっちの姓にするにしても、仕事は鈴木で続けるつもりですし」
どっちの姓にするにしても、と来たか。さすが、言うことが違うな。
そんなことを思いながら、鈴木さんは、と続ける。
「自分の出身校、言うの嫌なときってある?」
そんなことを言うのは、彼女の話しぶりから思い出した人がいたからだ。
同期の出世頭、橘彩乃。容姿は悪くない、弁舌爽やかな女性で、その隠せないエリート臭から、橘女史、と呼ばれている。
彼女は自分の出身校を口にしない。都内の大学で経済を専攻していた、と言うだけだ。
が、その優秀さで名前の知れない大学を卒業したとも思えず、話の端々に出てくる学校の様子は、俺が隼人からうかがえるものに酷似していた。
言いたくないのは理由があるのだろう、と思って、今まで何も言わずにいたのだが、この子に聞けば理由が分かるかも知れない。
エリートの弱みを握るのも悪くない、という下心もあるが。
「嫌なとき、ですか」
鈴木さんは視線を上にむけて首を傾げた。
「親のつき合いのある人ですかねぇ。近所の人とか」
「どうして?」
「お子さん立派ですねぇ、って、何かとつき合いにくくなるって言ってました。子供は子供なのに、気を使うって」
そういえば母もそんなことを言っていた気がする。でもそれは男女差もないし、橘女史の理由とは違うだろう。
「あ、でもサークルの友達は、出身校言うと男性に引かれるって言ってました。私は女子大で、男性と土俵が違うからか、感じたことないですけど」
隼人が、誰がそんなこと言ってたの、と問い、鈴木さんが答えてから続ける。
「自分より学歴のいい女性って、そんなに嫌なものなんですかね。自分より昇進したり、収入多くても嫌なのかな。私は女だから分かりませんけど」
さらり、と彼女は言いのけた。
「私だったら、そんな男性、そもそもこっちからお断りですけど」
あまりにはっきりした物言いに、俺がついつい噴き出すと、鈴木さんはきょとんとしていた。
1
お気に入りに追加
390
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜
湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」
「はっ?」
突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。
しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。
モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!?
素性がバレる訳にはいかない。絶対に……
自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。
果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる