期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子

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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。

57 相手が照れると自分も照れる時ってあるよね。

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 駅近くの公園のベンチで、私はアイスの蓋を開けた。前田は、本当に食べるんだと呆れながらペットボトルの蓋を開ける。
「うーん、ジャステス!」
 舌鼓を打つと、前田がわずかに笑った。が、何となくそれがペットの食事を見守るような表情に感じで私はむくれる。
「美味しいよ。一口いる?」
 スプーンですくって差し出す。前田は一瞬迷ったが首を横に振った。
「いい。甘いのあんまり好きじゃないし」
 言って、お茶を飲む。
 その白い喉に、男性にしてはあまり大きくない喉仏が上下するのを何となしに見つめてしまう。我に返って気まずく思いながらスプーンを自分の口に運んだ。
「アイス、研修中もよく食べてたね」
 不意に言われて手を止める。前田の横顔を覗き見た。
「そうだっけ」
「うん。限定フレーバーの桜餅があったー、とかって喜んでた」
 私は気恥ずかしさに手元のアイスに目を落とした。またひとすくい、口に運ぶ。
「……いつなのかな」
「え?」
「俺が……吉田さんのこと、好きになったの」
 どき、と胸が高鳴る。何、そんなこと聞けちゃうの?聞きたい聞きたい!
 期待に満ちた眼差しを向けるが、前田はあくまでひとり言の延長らしい。街灯に照らされるばかりの薄暗い公園を見ながらまたお茶を飲む。
「プレゼンのとき、吉田さんより俺が緊張してた」
「はっ?」
「なんか空元気っていうか。目腫れてたっぽいし。大丈夫かなって思って」
 それはそれは、ご心配おかけしました。
 私は肩をすくめて小さくなる。
「……でも、他人のことなのになんでだろうって、確認したくて声かけて、忘れられててショックだった」
 それで……気づいたんだ。
 と、呟いてお茶を一口。
「だから、あんな不機嫌だったのね」
「……」
 前田は何も言わず、ペットボトルの蓋を開け閉めしている。
「でも、あのとき何考えてたの。なんか呆然としてたけど」
「えー……」
 何だっけ、と考えて、ああ、と思い出す。
「社会的抹殺を危惧してた」
 前田は何も言わずに蓋を開けたペットボトルを口にした。いや、何か言えよ。自分で聞いたんだからさ、せめて相づちくらいは打とうよ。
 私は唇を尖らせてアイスをガバリと掬い上げ、口に運んだ。
「ふっ」
 いきなり、前田が噴き出した。
 私と逆の方を向き、口を押さえて肩を震わせている。
「ちょっとぉ」
 気恥ずかしさと照れ臭さに、私はますます唇を尖らせた。前田は手を挙げて応えるが、まだ笑いは止まらない。
「はー」
 ようやく笑いが収まったとき、前田は深く息を吐き出した。
「吉田さん、ほんと意味不明」
 それ、嬉しそうに言われても嬉しくないんだけど。何なの一体。
「豆腐の角に頭ぶつけてとか何とか、あれも面白かった」
 私は思い出して前田に向き直った。
「そうよ、あれ!私怒ってたのに、後から爆笑してたって聞いて、あんた反省してないんでしょ!」
「反省?俺が?何で」
 必要ないと言いたげに、前田はペットボトルを指先で転がす。日頃キーボードを高速で叩いているであろうその指はしなやかで長い。
「勝手に人のファーストキス奪って、睡眠不足にしておいて、ランチタイムには社外のイケメンサラリーマンと楽しげに過ごしておいて?」
 それで出勤が早かったのか、と納得しつつ、
 サラリーマンとランチ?そんなことあったっけ。
 と、一瞬の脳内検索の後、
「あー」
 私は思い出して気のない相づちを打った。
「アイスのリーマンね」
「何それ」
 私はふふ、と笑う。
「このアイス、元カノが好きだったんだって。前に撒き散らしたアイス、あの人がラストワン譲ってくれたのよ。その後、一度だけ一緒にランチでアイス食べたんだけど、それで彼女のこと思い出して、より戻したって」
「撒き散らした……ああ」
 前田は気まずげに目をそらした。
 私は眉を寄せる。
「前田くん。関連して違うこと思い出してませんか」
 前田は振り向かないが頬が赤いのは見て取れた。
「わーすーれーろー!」
「そんなこと言ったって、無理だよ」
 前田は困惑してうろたえている。
「俺だって人間なんだから、そんな都合よく記憶デリートできない」
 まあそれもそうだけど!
「……もしかして、オカズにしたりしてないよね」
 これでも二人の男の姉である。男の性質は知っているつもりだ。
 前田の顔がさらに真っ赤になった。
「な、に言ってーーセクハラだよ!」
「事実確認です!」
 うろたえるってことは、と目をすがめると、
「するわけないでしょ、そんなの」
 前田は泣きそうな顔で言った。
「そんな失礼なこと、するわけない」
 ーーそうだろうな。こいつなら。
 不器用な誠実さを感じて、笑みがこぼれた。
「うん。分かった」
 前田は何となく不服げに唇を尖らせていた。
 私はご機嫌なまま、アイスをまた口に運ぶ。
 私の口から空のスプーンが出て来た瞬間、前田は不意に私の後頭部を引き寄せた。
 アイスで冷えた唇に、温かいものが押し付けられる。
 離れ際、わずかに唇を舐め取られ、甘い痺れにどきりとする。
「ーー甘い」
 前田は顔をしかめて口元をおさえ、一言だけ呟いて顔を反らした。
 どき、どき、どき……
 街灯に照らされた公園のベンチで、心臓が高鳴る音だけが聞こえる。
 私は何も言えなくて、ただ黙ってアイスを口に運んだ。
 まるで中高生のカップルみたいに、私たちは終電ギリギリまで、ほとんど会話もなく腰掛けていた。
 甘い緊張感を漂わせたまま。
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