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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。

53 かんぱーい!

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 ほとんど定時で上がったが、元々遅めの出勤だったので、まだ九月とは言え、もうすっかり夜だ。私と前田は駅前の居酒屋チェーンに入る。
 何のためらいもなく店を選んだ私の姿を、前田がちらりと気にした。物言いたげな目線に、何、と問うと、
「いや……もっと洒落たとこに入るのかと思ってた」
「入るよ。普段ならね」
 言いながらもドアを開ける。店員さんの威勢のいい声に、二人です、と答えた。
「だって、あんたが緊張したら意味ないでしょ」
 言うとわずかに眉を寄せたが何も言わない。ほーら、図星。弟たちもよく言ったもんだ。「男だけだとファミレスか居酒屋チェーンしか行かないから、いい店行くと緊張する」って。
 私だって、全く観察してなかった訳じゃないんだからね、えへん。
 席に通されるとメニューを広げた。チェーン店であっても、こうやってメニューを広げて注文を決めるときってウキウキする。
 知らずご機嫌になる私は、メニューを見ながら前田に言った。
「何飲む?」
「……レモンサワー」
 それこないだも飲んでたな。
「私モスコミュール」
「いきなり?」
「サワーと大して変わんないでしょ」
 飲み物と同時に、サラダと枝豆と焼鳥の盛り合わせを頼む。
「吉田さんって」
 お通しで出された白和えをつまむ私を見ながら前田が言った。
「よく食べるよね」
 私は笑う。
「お腹すいちゃったもん」
 普通のデートだったら、最初くらいは多少おしとやかな女子を演じるけれど、それもこの際不要だ。
 演技不要となれば、ここまで気楽なこともないと気づく。今回のデートではどこまで自分をさらけ出していくか、と毎度毎度半ば無意識に考えていた、あの努力は何だったんだろう。
「太らない体質?」
「うん」
「羨ましがられるでしょ」
「まあね」
 話していると飲み物とサラダが運ばれてきた。お疲れー、とグラスを差し出し前田のそれと軽く合わせる。
 前田は何となく落ち着かない様子だったが、黙ってグラスを傾けた。
「ぷはー。うまい」
 前田は目だけで笑った。その視線がすごく甘く感じる。
「……研修のとき」
 私はサラダを取り分けながら言った。さりげなく人参はよけてやる。
「びっくりしたでしょ。私、いきなり噴火したから」
 前田は机上に向けていた目をちらりと上げて私の顔を伺った。
「どうだったかなぁ。……あんまり覚えてない」
 私はガクリと崩れた。何じゃそりゃ。
「でも何か、協調させようと頑張ってる人がいるなーと思ってて……俺は俺なりにやってればいいか、みたいな感じで思ってた、かな」
 首を傾げ傾げ、思い出すように言う。
「噴火……か。確かにね」
 前田は不意に笑った。
「あのとき急に、吉田さんがただの同期の女子から、吉田さんになった」
 ーーそれって、フォーリンラブの瞬間的な?
 照れつつも期待に目を輝かせたとき、
「男前な子だなって」
 私はまたガクリと崩れる。前田は興味深そうに、私の表情を見ている。
「で、咄嗟に売り言葉に買い言葉で応えちゃったけど、勝手にタンカ切った割に俺の言葉に傷ついた顔されて」
 前田は喉を潤すように、レモンサワーを一口飲んだ。泡が、しゅわ、とグラスに広がる。
「どうしようと思ってる間に、みんなのとりなしで曖昧になっちゃったから、ついそのまま」
 それは、私も一緒だ。
「その後何となく距離を置かれて、まあ仕方ないよなと思ってたけど、時々無理して笑ったり場を盛り上げたり、面倒くさそうな生き方してるなーと思ってた」
 その言葉が余りに前田らしくて、私はつい笑ってしまった。ーーけど、
「それって、私のこと見てたってことでしょ?」
「結果的にはね」
 前田が嫌そうに言った。その言い方に、当時はただの観察対象だったんだろうと推察する。
 それが分かって少しほっとした。もし前田が一途に私を想い続けてくれていて、私が忘れてたとしたら更に申し訳ない気持ちになるところだった。
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