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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。
43 あともう少しで分かる気がするのに分からないのってすごいストレス。
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レイラちゃんとのランチのおかげで、午後は午前中以上に仕事に集中できなかった。
こうなれば、前田の真意を確認せねばなるまい!ーーと思いはするが、当人に突撃する勇気は持てない。
そもそも、今までの接し方が接し方だったので、どう声をかけたものかと、それすら悩ましいのである。
日頃さっぱりきっぱりだけれど、自分の色恋沙汰は結構回りくどいよねーーとは、香子の評。そういう自覚はあるので言い返せない。
白黒ハッキリさせる主義な割に、恋愛となると踏みきれないんだよね。そういう人いるでしょ。ちょっと女子らしいでしょ。今さら女子らしいとか言うなって?まあそうだよね。
私は深々と息を吐き出した。隣のなっちゃんが顔を覗き込んで来る。
「大丈夫?疲れてるね」
「うーん、まあ……」
今日は残業せずに帰ろう。やっぱりほとんど眠ってないと頭も動かない。睡眠大事。超大事。
今日はとにかく休んで、前田のことはその後考えよう。急いてはことをし損じるって言うし。
そうと決まればあと三時間。よーしがんばるぞっと。一見理論的な先延ばしの理由を見つけた私はちょっとだけ元気が出た。気合いを入れ直して画面に向き直ったとき、佐々マネから声がかかった。
「吉田さーん。これ、システム課に持ってってもらってもいい?」
何という絶妙に微妙なタイミングー!
私はがくりと頭をうなだれた。
「え、嫌?」
「嫌じゃないです……行きます……」
ずずずとデスクからはい上がり、佐々マネの手から資料を受け取る。仕事ですからね、私情を挟むのはよくないですよね。
資料を受け取る私の顔を、佐々マネが覗き込んで来る。
「大丈夫?」
「ダイジョブデス」
「日本語たどたどしいけど……」
私は息を吐き出して気持ちを改め、
「誰にお渡しすれば?」
「前田くんにお願い」
ハイワカリマシタ前田デスネ。
やっぱりたどたどしい日本語で応じて、私は重々しい足取りで部屋を出たのだった。
あー気が重ーい気が重ーい。どんな顔して会えばいいわけ。もうやだ。やっぱりなっちゃんに変わってもらえばよかったかなぁ。でもそれって前田となんかあったってバレバレだよね。じゃあ原因不明の腹痛がー!とか……いや、駄目だ。無駄な心配をかけてはいけない。
よーし腹をくくって、いざ!鎌倉。って違う違う、いざ!システム課。
威勢がいいのは心中だけで、実際にはこっそりデスクを伺うチキンな私。あれ?前田いないみたい。不在を確認してほっとする。いないなら仕方ないよね、デスクに置いて行こう、そうしよう。
思ってシステム課に踏み込むと、なんとなーく視線を感じる。もちろんじろじろ見てくるわけではないんだけど、ちらちらこちらを気にしてるなーって感じ。
全くいない訳ではないけど女子が少ない部署だから、ふわふわシフォンスカートで入ってくる女子は目立つんだろう。多分それだけのこと。分かっているけどあんまり気分がいいものでもない。
「吉田さん、どうかした?」
声をかけてくれたのは同期の尾木くんだ。あ、そっか。尾木くんもここの配属だったっけ。
「前田、いる?」
「今ミーティング中で、あと三十分くらい戻って来ないよ。それ、前田くんに?」
「うん。そうなの。お願いしてもいいかな」
「いいよ。渡しておけばいいのかな」
「ありがとう、助かる」
にこり、と社交辞令の笑顔を浮かべると、尾木くんの頬が赤く染まった。やべっ。要注意って思ってたのに、すっかり忘れてた。前田に会わなくて済むという安心感で、すっかり気を抜いていた。
「吉田さんと前田くんて、どうして仲いいの?」
お礼だけ言って去ろうとしたのに、何故か廊下まで見送ってくれた尾木くんは不意に尋ねて来た。
「仲よくないよ。言うなれば喧嘩友達?」
「でも、喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない」
言うけど言わないよ。喧嘩吹っかけてくるの向こうだし。
ーーそうだ、あいつがわざわざ絡んで来なければ、私とあいつが会話することなんてないんだ。あるとしても、あくまでビジネスライクなつき合いだけ。
初めてそう気づいて、わずかに戸惑う。前田は、ただの同期だ。それ以上でも、それ以下でもない。ーーない、はず。
私は思わず立ち止まっていた。尾木くんが持つ資料をぼんやり視界にとらえつつ、その実何も見ていない。
吉田さん?と戸惑う尾木くんの声が聞こえた。でも私は動かない。何かが分かる気がする。ーー何かが。
「入口にぼうっと立ってないで。邪魔」
聞き慣れた毒舌に、はっと我に返った。振り向くと前田が不機嫌そうな面持ちで立っている。いつもと同じ仏頂面で。
私はゆるゆると息を吐き出した。いつもは憎たらしいその仏頂面に、安堵の感情すら抱く。
「マネージャーからの、お使いで」
私は口先だけで言った。心は違う部分に置いてきたまま。
「資料持ってきたの。尾木くんに言付けた」
前田は尾木くんが掲げた書類にちらりと目線を投げてから、
「あ、そう」
おもしろくなさそうに言った。
私はじいっと、その姿を見ている。黙ったまま。前田は眉を寄せた。
「で、もう終わったなら帰ったら。それともまだ尾木ちゃんと話したいの。だったらフリースペース使ってよ。こんなところにいられたら邪魔だ」
言いながら私の横を通り、自分のデスクへ向かう。
「もうミーティング終わったの?」
「いや、一件確認したいことがあって」
尾木くんの疑問に答えて、前田はパソコンを操作し、しばらく画面を見つめる。
鼻筋の通った横顔。長く黒い睫毛。白い喉元。
ーー前田。
私は居ても立ってもいられず、その場を駆け去った。驚いた尾木くんの声を背に聞きながら。
こうなれば、前田の真意を確認せねばなるまい!ーーと思いはするが、当人に突撃する勇気は持てない。
そもそも、今までの接し方が接し方だったので、どう声をかけたものかと、それすら悩ましいのである。
日頃さっぱりきっぱりだけれど、自分の色恋沙汰は結構回りくどいよねーーとは、香子の評。そういう自覚はあるので言い返せない。
白黒ハッキリさせる主義な割に、恋愛となると踏みきれないんだよね。そういう人いるでしょ。ちょっと女子らしいでしょ。今さら女子らしいとか言うなって?まあそうだよね。
私は深々と息を吐き出した。隣のなっちゃんが顔を覗き込んで来る。
「大丈夫?疲れてるね」
「うーん、まあ……」
今日は残業せずに帰ろう。やっぱりほとんど眠ってないと頭も動かない。睡眠大事。超大事。
今日はとにかく休んで、前田のことはその後考えよう。急いてはことをし損じるって言うし。
そうと決まればあと三時間。よーしがんばるぞっと。一見理論的な先延ばしの理由を見つけた私はちょっとだけ元気が出た。気合いを入れ直して画面に向き直ったとき、佐々マネから声がかかった。
「吉田さーん。これ、システム課に持ってってもらってもいい?」
何という絶妙に微妙なタイミングー!
私はがくりと頭をうなだれた。
「え、嫌?」
「嫌じゃないです……行きます……」
ずずずとデスクからはい上がり、佐々マネの手から資料を受け取る。仕事ですからね、私情を挟むのはよくないですよね。
資料を受け取る私の顔を、佐々マネが覗き込んで来る。
「大丈夫?」
「ダイジョブデス」
「日本語たどたどしいけど……」
私は息を吐き出して気持ちを改め、
「誰にお渡しすれば?」
「前田くんにお願い」
ハイワカリマシタ前田デスネ。
やっぱりたどたどしい日本語で応じて、私は重々しい足取りで部屋を出たのだった。
あー気が重ーい気が重ーい。どんな顔して会えばいいわけ。もうやだ。やっぱりなっちゃんに変わってもらえばよかったかなぁ。でもそれって前田となんかあったってバレバレだよね。じゃあ原因不明の腹痛がー!とか……いや、駄目だ。無駄な心配をかけてはいけない。
よーし腹をくくって、いざ!鎌倉。って違う違う、いざ!システム課。
威勢がいいのは心中だけで、実際にはこっそりデスクを伺うチキンな私。あれ?前田いないみたい。不在を確認してほっとする。いないなら仕方ないよね、デスクに置いて行こう、そうしよう。
思ってシステム課に踏み込むと、なんとなーく視線を感じる。もちろんじろじろ見てくるわけではないんだけど、ちらちらこちらを気にしてるなーって感じ。
全くいない訳ではないけど女子が少ない部署だから、ふわふわシフォンスカートで入ってくる女子は目立つんだろう。多分それだけのこと。分かっているけどあんまり気分がいいものでもない。
「吉田さん、どうかした?」
声をかけてくれたのは同期の尾木くんだ。あ、そっか。尾木くんもここの配属だったっけ。
「前田、いる?」
「今ミーティング中で、あと三十分くらい戻って来ないよ。それ、前田くんに?」
「うん。そうなの。お願いしてもいいかな」
「いいよ。渡しておけばいいのかな」
「ありがとう、助かる」
にこり、と社交辞令の笑顔を浮かべると、尾木くんの頬が赤く染まった。やべっ。要注意って思ってたのに、すっかり忘れてた。前田に会わなくて済むという安心感で、すっかり気を抜いていた。
「吉田さんと前田くんて、どうして仲いいの?」
お礼だけ言って去ろうとしたのに、何故か廊下まで見送ってくれた尾木くんは不意に尋ねて来た。
「仲よくないよ。言うなれば喧嘩友達?」
「でも、喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない」
言うけど言わないよ。喧嘩吹っかけてくるの向こうだし。
ーーそうだ、あいつがわざわざ絡んで来なければ、私とあいつが会話することなんてないんだ。あるとしても、あくまでビジネスライクなつき合いだけ。
初めてそう気づいて、わずかに戸惑う。前田は、ただの同期だ。それ以上でも、それ以下でもない。ーーない、はず。
私は思わず立ち止まっていた。尾木くんが持つ資料をぼんやり視界にとらえつつ、その実何も見ていない。
吉田さん?と戸惑う尾木くんの声が聞こえた。でも私は動かない。何かが分かる気がする。ーー何かが。
「入口にぼうっと立ってないで。邪魔」
聞き慣れた毒舌に、はっと我に返った。振り向くと前田が不機嫌そうな面持ちで立っている。いつもと同じ仏頂面で。
私はゆるゆると息を吐き出した。いつもは憎たらしいその仏頂面に、安堵の感情すら抱く。
「マネージャーからの、お使いで」
私は口先だけで言った。心は違う部分に置いてきたまま。
「資料持ってきたの。尾木くんに言付けた」
前田は尾木くんが掲げた書類にちらりと目線を投げてから、
「あ、そう」
おもしろくなさそうに言った。
私はじいっと、その姿を見ている。黙ったまま。前田は眉を寄せた。
「で、もう終わったなら帰ったら。それともまだ尾木ちゃんと話したいの。だったらフリースペース使ってよ。こんなところにいられたら邪魔だ」
言いながら私の横を通り、自分のデスクへ向かう。
「もうミーティング終わったの?」
「いや、一件確認したいことがあって」
尾木くんの疑問に答えて、前田はパソコンを操作し、しばらく画面を見つめる。
鼻筋の通った横顔。長く黒い睫毛。白い喉元。
ーー前田。
私は居ても立ってもいられず、その場を駆け去った。驚いた尾木くんの声を背に聞きながら。
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