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第一章 ギャップ萌えって、いい方向へのギャップじゃなきゃ萌えないよね。
31 昔、隣にいた友人。今、繋がり続ける友人。
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帰ろうと校門を出たとき、スマホが着信を告げた。見ると幸弘からだ。
『よ、サリー元気?』
幸弘は相変わらずの軽いノリで言った。高校を背にしながらの軽いデジャヴに少しだけくすぐったい気持ちになる。
「おう、久しぶりー。そしておかえり」
海外旅行からは無事帰ってきたらしい。
『うん、ただいま。何、どしたの急に母校訪問なんて』
「うーん、別に。実家に用があったから、散歩してただけ。体育祭の準備してて、懐かしいなって」
『家、近いもんね。体育祭かぁ、そんな時期ね。相変わらずなんだ』
「うん、そうみたい」
幸弘は懐かしそうな声を出した。体育祭は縦割りのチームで競い合うが、彼は三年の時、他薦でリーダーを勤め、尚且つ希望校に合格するというなかなかの離れ業をしてのけた男だ。ノリが軽く見えて、押さえ所は押さえているらしい。
『サリーは最近どうよ?』
「えー、ぼちぼち」
私は答えながら、ゲームキャラのモデルにさせてもらったと言うべきか否か考えていた。が、とりあえず先に聞くべき話題を思いつく。
「早紀は元気?」
『うん、まあ』
幸弘が言った。彼にしては何となくすっきりしない答えだが、必要があれば向こうから話すだろう。
先述の通り、彼の妻の早紀もサークル仲間だ。サークルでは混声合唱をやっていた。中高と女子校だった早紀は混声合唱はほとんど初めてだったらしい。十年間女子校で過ごすと一般社会に戻ってこられるのかと疑問に思っていたが、結局教員免許を取って母校の中高一貫校に就職したのであまり戸惑いはなく過ごしているだろう。
幸弘と早紀は学生時代から付き合っていて、仕事に慣れた頃結婚した。香子たちはその翌年に結婚したが、ざっきーと恋人になったのは幸弘たちの結婚式の余興準備が始まった後なので、サークル仲間的には電撃結婚だ。ーーまあ、在学中のざっきーの片思いっぷりを思えば、あっさり納得できたのだけれど。
そして、それからもう五年が経っている。
「はー」
『なんだ、どうしたサリー』
急に私が深々と嘆息したので、幸弘が笑った。
私も思わず笑う。嘆息はほとんど無意識だった。
「いや、私たちもとうとう三十路だなと思って」
『あー、そうだな』
幸弘が言う。
『高校生のとき、三十っつったら相当オッサンだと思ってたけど、あんまり変わったような気がしないな』
「だよねぇ。そういえば、陸上部の顧問の杉やん先生って、あのとき三十そこそこじゃなかった?」
『そうだったかも。やっべー、そっか。杉やんと同じか』
幸弘と会話しながら私は歩いていく。十数年前はこの声が、電話越しではなく隣にあった。香子の笑い声も共に。ほとんど毎日。晴れでも雨でも、夏でも冬でも。
それが特別なことだったんだと、この歳になって気づく。
『そういや、最近、ざっきーと香子に会った?』
「ざっきーには先週会ったよ。香子はちびっ子の看護で会えなかったけど」
『そっか。ーーあの二人って、在学中から年齢不詳なとこあったじゃん。逆に今の方が若く感じる』
「あ、分かるそれ。なんか二人ともようやく年齢が追いついてきたみたいな感じするよね」
『だろ?在学中だって、三十です、って言われたら、ああそうですか、って言っちゃいそうな雰囲気あったもんな』
「それ、ざっきーに言ったら笑顔ブリザード喰らうよ」
私が笑うと幸弘は、おお怖、と呟いた。サークルメンバーの中で最も仲がよかったので、ざっきーも心を許していたのだろう、幸弘にはなかなかの毒舌っぷりを発揮していた。
「懐かしいなぁ」
私がしみじみ言うと、幸弘が笑った。
『過去ばっかり懐かしむなよ。俺たちの明日はまだまだ続いていく』
「そうだね」
あえて気取った声で言う幸弘に答えながら、私は心中の寂しさを禁じ得ない。
あのときよりも、幸弘は、香子は、一歩先に進んでいるーーそんな気がしてならない。
私はまだ、ひとりなのに。
「よし!こんな日はアイスを食べよう」
『相変わらずな、それ』
幸弘は笑った。
『ま、あれだ。サリーもはやくいい男見つけて、幸せになれよ』
つきん、と胸が痛んだ。幸弘には、彼氏がいたことも、別れたことも、言っていない。私も笑顔をつくって冗談を返す。
「私だって早く会いたいよ、運命の王子様。サリーちゃんはここよー!って叫んだら見つけてもらえるかな」
『サリーの場合、どっちかっていうと自力で捜索して、力付くで引っ張って来た方が早く見つかりそうだぞ』
「えー。一応男性からリードされたいんですけど」
『そんなの女の幻想だって知ってんだろ』
まあ、知ってますけど。
『あのざっきーだって、自信が持てずに後手後手に回り続けたくらいなんだから』
「いやそこでざっきー出すのやめようよ。あの人何かと一般的じゃないから。せめて相ちゃんにして」
『相ちゃんはさりげなくリードするタイプだろ。だから部長だったんだし』
「そうよね……今考えれば、一番いい男なのは相ちゃんだったんじゃないかと思うわ」
『服はよれよれだったけど?』
「あはは、そうだったそうだった。何年着てるの?って服着てた。でもそれって買い替えれば済む話だもん」
私が言うと、幸弘はちょっとふて腐れたらしい。
『俺だっていい男だろ』
「早紀限定でね」
『……』
「すねてんの?それとも照れてんの?」
『うるせー』
私はコンビニの前にたどり着いた。
「ま、元気そうでよかった。早紀にもよろしく伝えて」
『今からアイス買うの?』
「そーそー。お父さんから引換券もらったの。どれにしよっかなー」
私は歌うように言いながらコンビニに入っていく。
『サリー』
「うん?」
『誕生日おめでと』
コンビニの入口で、私は思わず立ち止まった。
「……ありがと」
覚えてたのか、と驚く。夏休みだから誰にも祝ってもらえない!と騒いでいた学生時代を思い出す。じゃあ俺が祝ってやろう、と偉そうに踏ん反り返った幸弘を思い出す。そして、それを見て笑う香子を。紺色の学生服を、自分たちなりに着崩して、それで気取った気になっていた頃。ーー
気付けばあっという間に過ぎてしまったけれど、悪くない学生生活だった。
電話を切ると、口元に微笑が浮かぶのを感じた。
『よ、サリー元気?』
幸弘は相変わらずの軽いノリで言った。高校を背にしながらの軽いデジャヴに少しだけくすぐったい気持ちになる。
「おう、久しぶりー。そしておかえり」
海外旅行からは無事帰ってきたらしい。
『うん、ただいま。何、どしたの急に母校訪問なんて』
「うーん、別に。実家に用があったから、散歩してただけ。体育祭の準備してて、懐かしいなって」
『家、近いもんね。体育祭かぁ、そんな時期ね。相変わらずなんだ』
「うん、そうみたい」
幸弘は懐かしそうな声を出した。体育祭は縦割りのチームで競い合うが、彼は三年の時、他薦でリーダーを勤め、尚且つ希望校に合格するというなかなかの離れ業をしてのけた男だ。ノリが軽く見えて、押さえ所は押さえているらしい。
『サリーは最近どうよ?』
「えー、ぼちぼち」
私は答えながら、ゲームキャラのモデルにさせてもらったと言うべきか否か考えていた。が、とりあえず先に聞くべき話題を思いつく。
「早紀は元気?」
『うん、まあ』
幸弘が言った。彼にしては何となくすっきりしない答えだが、必要があれば向こうから話すだろう。
先述の通り、彼の妻の早紀もサークル仲間だ。サークルでは混声合唱をやっていた。中高と女子校だった早紀は混声合唱はほとんど初めてだったらしい。十年間女子校で過ごすと一般社会に戻ってこられるのかと疑問に思っていたが、結局教員免許を取って母校の中高一貫校に就職したのであまり戸惑いはなく過ごしているだろう。
幸弘と早紀は学生時代から付き合っていて、仕事に慣れた頃結婚した。香子たちはその翌年に結婚したが、ざっきーと恋人になったのは幸弘たちの結婚式の余興準備が始まった後なので、サークル仲間的には電撃結婚だ。ーーまあ、在学中のざっきーの片思いっぷりを思えば、あっさり納得できたのだけれど。
そして、それからもう五年が経っている。
「はー」
『なんだ、どうしたサリー』
急に私が深々と嘆息したので、幸弘が笑った。
私も思わず笑う。嘆息はほとんど無意識だった。
「いや、私たちもとうとう三十路だなと思って」
『あー、そうだな』
幸弘が言う。
『高校生のとき、三十っつったら相当オッサンだと思ってたけど、あんまり変わったような気がしないな』
「だよねぇ。そういえば、陸上部の顧問の杉やん先生って、あのとき三十そこそこじゃなかった?」
『そうだったかも。やっべー、そっか。杉やんと同じか』
幸弘と会話しながら私は歩いていく。十数年前はこの声が、電話越しではなく隣にあった。香子の笑い声も共に。ほとんど毎日。晴れでも雨でも、夏でも冬でも。
それが特別なことだったんだと、この歳になって気づく。
『そういや、最近、ざっきーと香子に会った?』
「ざっきーには先週会ったよ。香子はちびっ子の看護で会えなかったけど」
『そっか。ーーあの二人って、在学中から年齢不詳なとこあったじゃん。逆に今の方が若く感じる』
「あ、分かるそれ。なんか二人ともようやく年齢が追いついてきたみたいな感じするよね」
『だろ?在学中だって、三十です、って言われたら、ああそうですか、って言っちゃいそうな雰囲気あったもんな』
「それ、ざっきーに言ったら笑顔ブリザード喰らうよ」
私が笑うと幸弘は、おお怖、と呟いた。サークルメンバーの中で最も仲がよかったので、ざっきーも心を許していたのだろう、幸弘にはなかなかの毒舌っぷりを発揮していた。
「懐かしいなぁ」
私がしみじみ言うと、幸弘が笑った。
『過去ばっかり懐かしむなよ。俺たちの明日はまだまだ続いていく』
「そうだね」
あえて気取った声で言う幸弘に答えながら、私は心中の寂しさを禁じ得ない。
あのときよりも、幸弘は、香子は、一歩先に進んでいるーーそんな気がしてならない。
私はまだ、ひとりなのに。
「よし!こんな日はアイスを食べよう」
『相変わらずな、それ』
幸弘は笑った。
『ま、あれだ。サリーもはやくいい男見つけて、幸せになれよ』
つきん、と胸が痛んだ。幸弘には、彼氏がいたことも、別れたことも、言っていない。私も笑顔をつくって冗談を返す。
「私だって早く会いたいよ、運命の王子様。サリーちゃんはここよー!って叫んだら見つけてもらえるかな」
『サリーの場合、どっちかっていうと自力で捜索して、力付くで引っ張って来た方が早く見つかりそうだぞ』
「えー。一応男性からリードされたいんですけど」
『そんなの女の幻想だって知ってんだろ』
まあ、知ってますけど。
『あのざっきーだって、自信が持てずに後手後手に回り続けたくらいなんだから』
「いやそこでざっきー出すのやめようよ。あの人何かと一般的じゃないから。せめて相ちゃんにして」
『相ちゃんはさりげなくリードするタイプだろ。だから部長だったんだし』
「そうよね……今考えれば、一番いい男なのは相ちゃんだったんじゃないかと思うわ」
『服はよれよれだったけど?』
「あはは、そうだったそうだった。何年着てるの?って服着てた。でもそれって買い替えれば済む話だもん」
私が言うと、幸弘はちょっとふて腐れたらしい。
『俺だっていい男だろ』
「早紀限定でね」
『……』
「すねてんの?それとも照れてんの?」
『うるせー』
私はコンビニの前にたどり着いた。
「ま、元気そうでよかった。早紀にもよろしく伝えて」
『今からアイス買うの?』
「そーそー。お父さんから引換券もらったの。どれにしよっかなー」
私は歌うように言いながらコンビニに入っていく。
『サリー』
「うん?」
『誕生日おめでと』
コンビニの入口で、私は思わず立ち止まった。
「……ありがと」
覚えてたのか、と驚く。夏休みだから誰にも祝ってもらえない!と騒いでいた学生時代を思い出す。じゃあ俺が祝ってやろう、と偉そうに踏ん反り返った幸弘を思い出す。そして、それを見て笑う香子を。紺色の学生服を、自分たちなりに着崩して、それで気取った気になっていた頃。ーー
気付けばあっという間に過ぎてしまったけれど、悪くない学生生活だった。
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