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第一章 ギャップ萌えって、いい方向へのギャップじゃなきゃ萌えないよね。
27 スタッフロールに知人を探そう!
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ランチをゆっくり楽しんでいると、母のスマホにメッセージが入った。母がそれを見て微笑む。
「勝哉と達哉、着いたって」
「なに、一緒にいたの?」
「合流してから来るって言ってた。でも早かったわね」
昼としては遅い時間だが、確かに夕方というには早い気がする。
「じゃあ帰る?」
ランチ自体はだいたい終わっていて、あとは飲み物を残すのみだ。それも本当ならなくなってもいい頃なのだけれど、ちびちび飲んでいるから残っているに過ぎない。私も母もほとんど溶けた氷を飲んでいるに近い。
「少しぶらついてから帰りましょうよ。そうだ、線路沿い、向日葵が綺麗に咲いてるのよ。見た?」
「ううん、今年はまだ見てない」
夏の風物詩である向日葵は私も好きな花だ。我が家近くの線路沿いには花壇があり、毎年近くの小中学校の生徒が向日葵を植える。
「じゃあ、見に行こう」
「うん」
夏の日差しをものともしない母娘はそう言って立ち上がった。私が財布を出そうとすると、たまにはおごらせてと母が笑う。
「でも、せっかくのパート代」
「だからこそよ。こういうときにこそ使わなきゃ」
母が笑うので甘えることにした。収入はどう考えても私が上だけれど、気持ちの問題だろう。また手土産でも買って帰ろう、と思いながら、ごちそうさまとお礼を言うと、母は嬉しそうに笑った。
会計を済ませて店を出る。二人で一つの日傘に入って、ああだこうだとお互いの近況報告をしながら向日葵の咲く線路沿いを冷やかし帰宅すると、玄関先には男物の靴が二足並んでいた。一卵性双生児の弟は、示し合わせてもいないのに似たようなものを持っている。靴も同じブランドで、色違いに見えた。
「ただいまー」
母が声をかけると、二階からぱたぱたと足音が降りて来る。双子の兄の達哉だ。
「おかえり」
達哉の背は平均かやや高め。でも顔が小さいので少し高く見えて得をしている。
にこりと笑う笑顔は人懐っこくて、それが我が家族の特徴だ、とよく友人に言われる。
「おかえりー」
リビングからは勝哉が顔を出した。よく似た二人は、並ぶともっとよく似ているように見える。本人たちが本気を出して演技すれば、どっちがどっちかは分からないだろうーー実際、中学のときに一度だけ、逆を演じていたことがある。が、夕飯のときに気を抜いた勝哉が、自分が演じているはずの達哉の名前を呼んでしまったので、交換しているのがバレてしまったのだが。
だいたい、うっかりしているのが弟の勝哉だ。
「でもさ、赤ちゃんのときに、どっちがどっちか親が分からなくなってたら、もうそのときにチェンジしちゃってるよね。俺たち」
ある日達哉が鋭い指摘をしたとき、両親は一瞬うろたえていた。確かに、まだ二人の自意識がない頃なら、取り違えている可能性はあるだろう。
それでも、名前や、長男、次男という肩書が違うことで、二人の育つ姿は変わっただろうか。双子の二人を見ていると、そんなことを思うこともある。
もし私が産まれたのが、この吉田家ではなかったら。それこそ、産院で取り違えられていたりしたら。私が吉田里沙でない人生を歩んでいたら、どんな私になったんだろうーー
このあっぱらぱーな姉をそんな哲学的な気分にさせるくらい、双子という存在は不思議だ。
「姉ちゃん、これ姉ちゃんの会社のゲームでしょ」
勝哉が手にしていたのは、確かに我が社のゲームだった。私はあきれ顔になる。
「あんた相変わらずゲーマーなのね」
「ゲーマーは一生ゲーマーだよ。今エンディング。知ってる人とかいるんじゃないの?」
リビングでゲームをしていたらしい弟は、笑いながらリビングに入って行った。知ってる人。確かにいるかも。そう思って靴を脱ぎ、リビングのテレビに目をやる。
スタッフロールをじぃっと眺めていると、確かに時々知っているーーような気がする人の名前が混ざる。だってフルネームなんて覚えてないもの。珍しい名前や、多分あの人だろう、なんて名前を見つけては小さく悦に浸る。
そっか、ゲームを作るってこういうことなんだ。
不思議な実感を覚えたとき、私は一つの名前にあっと声をあげた。
前田 由一
「前田だ」
「お、知り合いいた?」
「うん、同期」
「そっかー、すげぇ」
弟は目を輝かせる。
「これ、俺たちが高校のときに流行ったシリーズの続編だよ。その人も昔やってたんじゃないの。そういうゲーム作るのってどういう気分なんだろう」
どういう気分なんだろう。
「私もわかんない」
前田由一。名前、なんて読むんだろう。よいち?よいちっていうと那須与一が浮かんでしまう。思ってぷぷっと笑った。
「姉ちゃん何笑ってんの」
「え、もしかしてただの同期じゃなくて、彼氏とか?」
「彼氏?マジ?」
「ち、違うよ。あんな鉄仮面ーー」
「彼氏じゃないなら好きな人?」
「違う!」
「じゃ気になってる人だ」
「なんでよ!」
「だって姉ちゃん、さっきの顔ーー」
弟二人は同時に言いかけて、目を合わせたと思ったら黙った。
「なによ!」
「なんでもなーい」
やっぱり声を揃えた二人は、ふいっとむこうに行ってしまう。
最近こんなのばっかりだ。
私は唇を尖らせてふて腐れた。
「勝哉と達哉、着いたって」
「なに、一緒にいたの?」
「合流してから来るって言ってた。でも早かったわね」
昼としては遅い時間だが、確かに夕方というには早い気がする。
「じゃあ帰る?」
ランチ自体はだいたい終わっていて、あとは飲み物を残すのみだ。それも本当ならなくなってもいい頃なのだけれど、ちびちび飲んでいるから残っているに過ぎない。私も母もほとんど溶けた氷を飲んでいるに近い。
「少しぶらついてから帰りましょうよ。そうだ、線路沿い、向日葵が綺麗に咲いてるのよ。見た?」
「ううん、今年はまだ見てない」
夏の風物詩である向日葵は私も好きな花だ。我が家近くの線路沿いには花壇があり、毎年近くの小中学校の生徒が向日葵を植える。
「じゃあ、見に行こう」
「うん」
夏の日差しをものともしない母娘はそう言って立ち上がった。私が財布を出そうとすると、たまにはおごらせてと母が笑う。
「でも、せっかくのパート代」
「だからこそよ。こういうときにこそ使わなきゃ」
母が笑うので甘えることにした。収入はどう考えても私が上だけれど、気持ちの問題だろう。また手土産でも買って帰ろう、と思いながら、ごちそうさまとお礼を言うと、母は嬉しそうに笑った。
会計を済ませて店を出る。二人で一つの日傘に入って、ああだこうだとお互いの近況報告をしながら向日葵の咲く線路沿いを冷やかし帰宅すると、玄関先には男物の靴が二足並んでいた。一卵性双生児の弟は、示し合わせてもいないのに似たようなものを持っている。靴も同じブランドで、色違いに見えた。
「ただいまー」
母が声をかけると、二階からぱたぱたと足音が降りて来る。双子の兄の達哉だ。
「おかえり」
達哉の背は平均かやや高め。でも顔が小さいので少し高く見えて得をしている。
にこりと笑う笑顔は人懐っこくて、それが我が家族の特徴だ、とよく友人に言われる。
「おかえりー」
リビングからは勝哉が顔を出した。よく似た二人は、並ぶともっとよく似ているように見える。本人たちが本気を出して演技すれば、どっちがどっちかは分からないだろうーー実際、中学のときに一度だけ、逆を演じていたことがある。が、夕飯のときに気を抜いた勝哉が、自分が演じているはずの達哉の名前を呼んでしまったので、交換しているのがバレてしまったのだが。
だいたい、うっかりしているのが弟の勝哉だ。
「でもさ、赤ちゃんのときに、どっちがどっちか親が分からなくなってたら、もうそのときにチェンジしちゃってるよね。俺たち」
ある日達哉が鋭い指摘をしたとき、両親は一瞬うろたえていた。確かに、まだ二人の自意識がない頃なら、取り違えている可能性はあるだろう。
それでも、名前や、長男、次男という肩書が違うことで、二人の育つ姿は変わっただろうか。双子の二人を見ていると、そんなことを思うこともある。
もし私が産まれたのが、この吉田家ではなかったら。それこそ、産院で取り違えられていたりしたら。私が吉田里沙でない人生を歩んでいたら、どんな私になったんだろうーー
このあっぱらぱーな姉をそんな哲学的な気分にさせるくらい、双子という存在は不思議だ。
「姉ちゃん、これ姉ちゃんの会社のゲームでしょ」
勝哉が手にしていたのは、確かに我が社のゲームだった。私はあきれ顔になる。
「あんた相変わらずゲーマーなのね」
「ゲーマーは一生ゲーマーだよ。今エンディング。知ってる人とかいるんじゃないの?」
リビングでゲームをしていたらしい弟は、笑いながらリビングに入って行った。知ってる人。確かにいるかも。そう思って靴を脱ぎ、リビングのテレビに目をやる。
スタッフロールをじぃっと眺めていると、確かに時々知っているーーような気がする人の名前が混ざる。だってフルネームなんて覚えてないもの。珍しい名前や、多分あの人だろう、なんて名前を見つけては小さく悦に浸る。
そっか、ゲームを作るってこういうことなんだ。
不思議な実感を覚えたとき、私は一つの名前にあっと声をあげた。
前田 由一
「前田だ」
「お、知り合いいた?」
「うん、同期」
「そっかー、すげぇ」
弟は目を輝かせる。
「これ、俺たちが高校のときに流行ったシリーズの続編だよ。その人も昔やってたんじゃないの。そういうゲーム作るのってどういう気分なんだろう」
どういう気分なんだろう。
「私もわかんない」
前田由一。名前、なんて読むんだろう。よいち?よいちっていうと那須与一が浮かんでしまう。思ってぷぷっと笑った。
「姉ちゃん何笑ってんの」
「え、もしかしてただの同期じゃなくて、彼氏とか?」
「彼氏?マジ?」
「ち、違うよ。あんな鉄仮面ーー」
「彼氏じゃないなら好きな人?」
「違う!」
「じゃ気になってる人だ」
「なんでよ!」
「だって姉ちゃん、さっきの顔ーー」
弟二人は同時に言いかけて、目を合わせたと思ったら黙った。
「なによ!」
「なんでもなーい」
やっぱり声を揃えた二人は、ふいっとむこうに行ってしまう。
最近こんなのばっかりだ。
私は唇を尖らせてふて腐れた。
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