上 下
23 / 85
第一章 ギャップ萌えって、いい方向へのギャップじゃなきゃ萌えないよね。

23 イケメンの挑発と鉄仮面の怒りスイッチ。

しおりを挟む
「ああ、いたいた。隼人」
 マサトさんが部屋の入口から声をかけると、ざっきーが振り向いた。
「兄さん。終わった?」
「ああ」
 ざっきーとマサトさんが会話を交わしていると、周りの女性陣がそわそわしているのが分かる。多くは単純な憧れだろうが、中にはレイラちゃんのような腐女子も混ざっているやも知れぬ……そう思うと心中合掌する思いである。腐女子の妄想の材料にまでならなくちゃいけないだなんて、イケメンも大変だなぁ。
 前田は部屋の前まで私たちを連れて来ると、何も言わずに中に入って行った。
 ほんと無愛想な男。
「翔太、そろそろ」
「はーい」
 翔太くんは、父であるざっきーの前では割と聞き分けがいいらしいーーとは、母である香子の話だが、多分怒らせると怖いからではないかと思う。怒ったときのざっきーって、笑顔ブリザード発動するからね。腹の底が知れない怖さはちょっとしたトラウマもんだよね。分かる分かる。
 翔太くんはパソコンの前の椅子からぴょこんと降りると、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
 お礼に答えたのは先ほど会った同期の尾木くんだ。顔を上げて私に気づいたらしい。軽く手を挙げると、照れ臭そうに手を振り応えてくれた。
 するとまた私の斜め前にいたマサトさんが笑う。
「……マサトさん、今日よく笑いますね」
 いや、私は笑顔がたくさん見られて嬉しいんだけども。半面、なんとなく含みを感じるので気になるよね。
「いやぁ、他人事でこんなに面白いと思ったことはない」
「……って、私のことですか?」
 一体何が?と首を傾げていると、ざっきーと翔太くんがやってきた。
「隼人、サリーちゃん。ちょっと息子たち頼む。彼に一言言ってくるから」
「え?いいですよ、あんな鉄仮面にお礼なんて」
「お礼っていうより、お節介」
 笑ってひらりと手を振ると、マサトさんは前田に歩み寄った。前田は尾木くんと交代らしい。尾木くんは先ほど自分がいた場所を前田に譲り、身支度を整えている。
 マサトさんが前田の肩をたたき、前田が振り向いた。これ以上ないというほど不機嫌そうな前田の顔にもマサトさんは笑っている。マサトさんが前田の耳元に何かを吹き込むと、前田はその手を払いのけるように立ち上がった。
「ーー貴方なんかに何が分かるんですか」
 感情を押さえた前田の低い声がわずかに聞こえる。私ははっとした。
 ーー前田が怒ってる?
 考えてみれば、彼はいつも仏頂面ではあったが、怒っていることはなかった。無表情、無愛想。優しさや暖かさが伺えたことはない一方、憤りを感じたこともない。そういう意味では安定していて、感情に振り回されるような性質ではないのだろうとーーどこかでそう思っていた。
 睨みつけるような前田の視線にも、マサトさんは余裕ありげにーーやや挑発的ともいえる笑みを浮かべて立っている。その態度に前田がますます苛立つのが見て取れた。黙って下唇を噛み締め、目を反らす。
「分かんねぇよ。何もせず妬んでる男の気持ちなんかーーでも」
 マサトさんは不敵な笑みを浮かべたまま言って、言葉を切った。その目が、二人を唖然と見つめる私をとらえる。
「ま、いいか。俺にとっちゃあ他人事だしな」
 マサトさんはこちらに歩いてきた。私の横でざっきーが苦笑している。
「兄さん。わざわざケンカ売らなくても」
「筋違いなケンカを売ってきたのは向こうだよ。買ってやっただけだ」
「相変わらず子どもっぽいなぁ」
「どういたしまして。お前ほどドライにはなれないんでね」
 イケメン兄弟はそんな会話を交わしながら部屋を出ていく。
「サリーちゃん、行こう」
 ぼうっと前田の後ろ姿を見ていた私は、悠人くんに服を引っ張られて我に返り、二人の後を追って部屋を出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...