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第2章 王子様は低空飛行
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「……お前、写りすぎじゃね……?」
ぽつりと曽根が呟く。薄々感じていたことを指摘されてそっと目を逸らした。
「……純が写真提供したからじゃ……」
「どーだかねぇ」
曽根は言って、次の飲み物を取りにカウンターへ向かう。私は一瞬引き留めようとしたけれど、それもどうかと思って手を引っ込めた。
ちびり、とまたスパークリングワインを口にする。
周囲からはそれぞれ、「わかーい」「何この変顔」と写真へのコメントが沸いている。私はそれを耳にしながら、グラスに口をつけている。
二枚に一枚、私がどこかに写っていた。みんなの中心で笑っていたり、先輩たちと肩を組んでいたり。
ぱっ、と写った写真にどきりとする。息を止めた。
「ーーおい、これ抜いとかなかったのかよ」
慌てた誰かの声が聞こえた。
画面が切り替わる。
ほっと、止めていた息を吐き出す。
なんとなく、周囲の空気が落ち着かない。
それもそうだ。康広くんと美晴ちゃんの婚約を祝う会なのに、私が康広くんと話している写真を映すなんて。
--あれは多分、康広くんが3年のとき。
蘇った記憶は、曽根とのそれよりも鮮明だ。仕方がない。だって、あのとき私が好きだったのは、間違いなく康広くんだったのだから。
周りが私を気にしている。気にしないでと言いたいけれど、無言のままであってはそれも言えない。私は曽根の姿を探した。
曽根はバーカウンターでビールを受け取って、スライドを観ていた。その目に画面が映っている。さっきの写真も、観たのだろうか。はやく戻ってきてよ、と内心気が気ではない。
「久しぶり、愛里」
私の肩を叩いたのは、トランペットの先輩だった。
「今日来てるってことはさ、お祝いしに来たんでしょ、二人のこと」
にこ、と微笑まれて微笑み返す。笑顔がこわばっていないか、ドキドキした。
「もちろんです」
答える声が乾いている。スライドを観ながらも、みんなが私たちの会話に耳をそばだたせている。
この声では信ぴょう性が疑われると、私は言葉を付け足した。
「だってもう、さーー7年前の話ですよ」
危ない。3年前、と言いそうだった。
康広くんと別れたのは、確かに3年前だ。けど、それをみんなは知らない。私が康広くんにアプローチしていたのは、7年前までーー彼が卒業するまでだと思っている。
その後、私たちが会っていたことは、誰も知らない。
--私と康広くんしか、知らない。
途端に胸が苦しくなった。どうして隠しておいたのだろう。「みんなに冷やかされたら嫌だから」と隠しておくことを希望したのは康広くんだった。私は、ほんとは、みんなにーー純にも、つき合ってるんだって、言いたかった。うまいこと誰かと鉢合わせて、「バレちゃったね」なんてことにならないか、期待すらしていた。それなのに。
みんなに言っていれば、こんなにややこしいことにもならなかった。「二人だけの秘密」が嬉しいのは、相手が特別、大切な存在であってこそだ。
康広くんは、最初から、私と別れる前提だったんじゃーー
今まで考えもしなかったことが頭を巡る。これじゃまた、自己嫌悪の嵐に陥ってしまう。私は息を吸って、吐き出す。呼吸ってどうやってしたんだっけ。なんだかとても、下手くそだ。
「西野。お前、今日こっちにしとけ」
ひょい、と横から手の中のワイングラスが奪われ、ウーロン茶の入ったグラスを渡される。
「え、なん……」
「こっちは俺がもらう」
曽根は当然のように、私が持っていたグラスを一気にあおった。
「……曽根が飲んでる」
「お前、飲めないんじゃなかったのかよ」
太鼓の先輩が文句を言う。曽根は眉を寄せてちらりと先輩を見、気まずげに私を見て、「今日は飲める日です」とか適当なことを言う。私は思わず笑った。
しばらくの歓談の後、視界がまたマイクを手にした。
『じゃ、そろそろ、インタビューターイム。はいっ。小川くん、美晴ちゃん、こっち来てね』
言われて、康広くんと美晴ちゃんが司会の横に立つ。
『じゃ、二人がつき合う馴れ初めからーー』
司会は楽し気に、二人の話を引き出した。
みんなが「えー」「そうなんだ」「マジかー」と反応しているのを、私は引きつった笑顔で聞いている。早く終わってほしい。二人の馴れ初めを聞くのも、ときどき照れ臭そうに見つめ合う姿も、ほほましく見守るのは結構骨が折れた。
『それじゃ、次はみんなから一言もらおうと思いまーす』
司会は言って、二人の横から離れる。
『小川くんが部内の後輩と婚約した、って聞いて、やっぱりみんな、思い浮かべた人がいたんじゃないかなー』
司会の先輩は楽しげに、歩いてくる。
私に向かって。
ぞっと、背筋に寒気が走った。
--純。
会場の出入り口近くにいた純が、困惑した表情をした。
知っていたのか、知らなかったのか。
止めようとしたけど、先輩が独断でやっているのか。
会場が微妙な空気になるのを遮るように、太鼓の男子が「いたいたー!」とあいづちを打つ。
司会の先輩が、私の前に立っていた。
「西野愛里ちゃん。久しぶり、相変わらず可愛いね。ーー二人のことを聞いたとき、どう思ったか聞いてもいいかな?」
品がいいとは言えない笑顔で、マイクを差し向けられる。
私は生唾を飲み込んだ。
ぽつりと曽根が呟く。薄々感じていたことを指摘されてそっと目を逸らした。
「……純が写真提供したからじゃ……」
「どーだかねぇ」
曽根は言って、次の飲み物を取りにカウンターへ向かう。私は一瞬引き留めようとしたけれど、それもどうかと思って手を引っ込めた。
ちびり、とまたスパークリングワインを口にする。
周囲からはそれぞれ、「わかーい」「何この変顔」と写真へのコメントが沸いている。私はそれを耳にしながら、グラスに口をつけている。
二枚に一枚、私がどこかに写っていた。みんなの中心で笑っていたり、先輩たちと肩を組んでいたり。
ぱっ、と写った写真にどきりとする。息を止めた。
「ーーおい、これ抜いとかなかったのかよ」
慌てた誰かの声が聞こえた。
画面が切り替わる。
ほっと、止めていた息を吐き出す。
なんとなく、周囲の空気が落ち着かない。
それもそうだ。康広くんと美晴ちゃんの婚約を祝う会なのに、私が康広くんと話している写真を映すなんて。
--あれは多分、康広くんが3年のとき。
蘇った記憶は、曽根とのそれよりも鮮明だ。仕方がない。だって、あのとき私が好きだったのは、間違いなく康広くんだったのだから。
周りが私を気にしている。気にしないでと言いたいけれど、無言のままであってはそれも言えない。私は曽根の姿を探した。
曽根はバーカウンターでビールを受け取って、スライドを観ていた。その目に画面が映っている。さっきの写真も、観たのだろうか。はやく戻ってきてよ、と内心気が気ではない。
「久しぶり、愛里」
私の肩を叩いたのは、トランペットの先輩だった。
「今日来てるってことはさ、お祝いしに来たんでしょ、二人のこと」
にこ、と微笑まれて微笑み返す。笑顔がこわばっていないか、ドキドキした。
「もちろんです」
答える声が乾いている。スライドを観ながらも、みんなが私たちの会話に耳をそばだたせている。
この声では信ぴょう性が疑われると、私は言葉を付け足した。
「だってもう、さーー7年前の話ですよ」
危ない。3年前、と言いそうだった。
康広くんと別れたのは、確かに3年前だ。けど、それをみんなは知らない。私が康広くんにアプローチしていたのは、7年前までーー彼が卒業するまでだと思っている。
その後、私たちが会っていたことは、誰も知らない。
--私と康広くんしか、知らない。
途端に胸が苦しくなった。どうして隠しておいたのだろう。「みんなに冷やかされたら嫌だから」と隠しておくことを希望したのは康広くんだった。私は、ほんとは、みんなにーー純にも、つき合ってるんだって、言いたかった。うまいこと誰かと鉢合わせて、「バレちゃったね」なんてことにならないか、期待すらしていた。それなのに。
みんなに言っていれば、こんなにややこしいことにもならなかった。「二人だけの秘密」が嬉しいのは、相手が特別、大切な存在であってこそだ。
康広くんは、最初から、私と別れる前提だったんじゃーー
今まで考えもしなかったことが頭を巡る。これじゃまた、自己嫌悪の嵐に陥ってしまう。私は息を吸って、吐き出す。呼吸ってどうやってしたんだっけ。なんだかとても、下手くそだ。
「西野。お前、今日こっちにしとけ」
ひょい、と横から手の中のワイングラスが奪われ、ウーロン茶の入ったグラスを渡される。
「え、なん……」
「こっちは俺がもらう」
曽根は当然のように、私が持っていたグラスを一気にあおった。
「……曽根が飲んでる」
「お前、飲めないんじゃなかったのかよ」
太鼓の先輩が文句を言う。曽根は眉を寄せてちらりと先輩を見、気まずげに私を見て、「今日は飲める日です」とか適当なことを言う。私は思わず笑った。
しばらくの歓談の後、視界がまたマイクを手にした。
『じゃ、そろそろ、インタビューターイム。はいっ。小川くん、美晴ちゃん、こっち来てね』
言われて、康広くんと美晴ちゃんが司会の横に立つ。
『じゃ、二人がつき合う馴れ初めからーー』
司会は楽し気に、二人の話を引き出した。
みんなが「えー」「そうなんだ」「マジかー」と反応しているのを、私は引きつった笑顔で聞いている。早く終わってほしい。二人の馴れ初めを聞くのも、ときどき照れ臭そうに見つめ合う姿も、ほほましく見守るのは結構骨が折れた。
『それじゃ、次はみんなから一言もらおうと思いまーす』
司会は言って、二人の横から離れる。
『小川くんが部内の後輩と婚約した、って聞いて、やっぱりみんな、思い浮かべた人がいたんじゃないかなー』
司会の先輩は楽しげに、歩いてくる。
私に向かって。
ぞっと、背筋に寒気が走った。
--純。
会場の出入り口近くにいた純が、困惑した表情をした。
知っていたのか、知らなかったのか。
止めようとしたけど、先輩が独断でやっているのか。
会場が微妙な空気になるのを遮るように、太鼓の男子が「いたいたー!」とあいづちを打つ。
司会の先輩が、私の前に立っていた。
「西野愛里ちゃん。久しぶり、相変わらず可愛いね。ーー二人のことを聞いたとき、どう思ったか聞いてもいいかな?」
品がいいとは言えない笑顔で、マイクを差し向けられる。
私は生唾を飲み込んだ。
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