素直になれない眠り姫

松丹子

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第2章 王子様は低空飛行

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 夏のパーティまでに、曽根と少し話がしたい。
 そう思っていたけれど、すっかり数か月音沙汰なしになってしまっているから、いきなり連絡を取る気にもなれない。会って話せればいいのだけれど、休み時間のたびに周囲を見渡してみても、なかなか曽根に会えないままだった。
 そんな中、昼休みに入ろうと社食のある8階へ上がったら、フロアを歩く遠藤さんを見つけた。

「お疲れさまです」
「ああ、お疲れ」

 遠藤さんは相変わらず優しげな微笑みを浮かべて、私の動きに合わせて立ち止まった。

 い、言わなきゃ。
 でも。
 いや、さらっと聞けば。

「っ、あの」
「うん?」

 にこにこと、遠藤さんの笑顔はいつもと変わらない。だからこそ、本当は私の意図を分かっているように思えて言葉を失う。

「どうかした?」
「いえ……なんでもないです……」

 ふらり、と一歩、社食へ足を向けようとしたら、がしっと手首をつかまれた。
 遠藤さんは微笑んだまま、じっと私を見てくる。

「じゃーさ。今夜、予定ある?」
「今夜……予定……?」
「うん。1時間、俺にくれないかな」

 遠藤さんは微笑んだままだけど、周りに聞こえないように声を潜めていた。
 私は戸惑い、目を泳がせる。

 ……どういう、つもりなんだろう。
 遠藤さんは、割り切った関係、に慣れた人のように思えた。
 もしかして、私にそれを求めるつもりだろうか。
 でも……曽根の先輩なのに。

 私が目を泳がせているのを見て、遠藤さんは笑った。

「安心して。友人の友人に手を出す趣味もないし、俺には本命がいるから」

 ぐ、と喉が鳴る。見透かされていたことが分かって遠藤さんを見上げた。

「……本命はいるけど、関係ない女には、手、出すんですか」
「うわ。西野さん、結構鋭いね」

 遠藤さんは困った顔で笑って肩をすくめ、私から手を離した。

「じゃあ、こないだの店で。俺らは早番だから、先に入ってるよ」

 --俺”ら”。

 複数形にしたのは、私に気づかせようとしたのか、それとも。

「じゃあね」

 遠藤さんはひらりと手を振り、フロアを歩いていく。
 スーツをまとったその背中は、フロアのまたたきにかき消されることもない。
 笑顔でお客さんに声をかけ、陳列された品物を並べる。
 その姿は素直にカッコいいと思えた。

 ああ、この人の舞台は、この百貨店なんだ。

 そんな実感を不意に抱いて、苦笑する。
 私はまだまだ、そこまでの”役者”になれている気がしない。

 ***

 仕事を終えて、私服に着替え、更衣室を後にする。
 時計は午後10時に近い。遠藤さんが「1時間」と言っていたのを思い出し、足を早めた。

 俺ら、と言ったということは、曽根が一緒なのだろう。
 そう察しはついたけど、期待と不安に胸が高鳴る。
 一体、どうやって、話を進めたものか--
 店のドアを開けると、小さな呼び鈴がちりちりと鳴った。
 店員さんが寄ってきて、「待ち合わせです」と応える。
 本当にいるんだろうか。
 店を見渡すと、奥の席に遠藤さんを見つけた。
 隣には曽根と、一組のスーツの男女。

「あ、来た来た」

 遠藤さんが私に気づいて手招きし、曽根の肩をたたく。

「よし、じゃ私らはこれで」

 女性が立ち上がって、「いくよ成海」ともう一人の男性に声をかけた。
 私が戸惑っている間に、曽根を残して3人が立ち上がる。

「えっ……あの?」
「こんばんは」

 女性はどこかで見覚えがあった。コスメカウンターと同じ階には婦人用品売り場があるけれど、そこで見かけたような気がする。

「お邪魔しました。うちの後輩をよろしくね」

 ぽん、と曽根の肩をたたいて、快活に店を出ていく。遠藤さんが含みのある笑顔を私に向けて、男女と共に立ち去って行った。
 あっけにとられた私は、絵になる三人の背中を見つめ、ぽかんと立ったまま。
 曽根がため息をついた。

「……今のは?」
「遠藤さんの同期」
「え、王子?」
「ああ……そういやそうだったかも」

 なぜか疲れたような顔で、曽根が言った。私はわざとらしく舌打ちをする。

「ちっ。せっかくのイケメンの顔、よく見えなかった」
「……」

 曽根が無言で冷たい視線を送ってくるけど気にしない。

「お前、飯は」
「まだ。曽根は?」
「食ったけど……」

 言葉を濁すのは、食べた気がしないということか。見たところ、それぞれ一杯飲んだだけのようだ。基本的には飲み屋だから、出てくる料理はがっつりとは言えない。飲まないのならそこまで腹も膨れない、ということだろう。

「……店、変える?」

 おずおずと尋ねると、曽根はうなずいて立ち上がった。
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