素直になれない眠り姫

松丹子

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第2章 王子様は低空飛行

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 純とは、カフェでしばらく昔の話をした。同級生の話。部活の話。ときどき曽根も出てきたし、曽根じゃない友人も出てきた。
 その中に、美晴ちゃんと康広くんの話は出てこなかった。それが故意的なのかは分からないけど、おかげで私も気が楽だった。
 今、二人の話をしたら、あら捜しをしてしまいそうな気がした。ポジティブな気持ちで思い出そうとするのはきつかった。かといって、二人を否定するようなことを言う自分になりたくなかった。
 そこまで、落ちたくなかった。

「そろそろ出よっか」

 純に言われて腰を上げる。それぞれ頼んだ飲み物はずいぶん前に無くなっていた。コップを返却口に置き、二人で店を出る。
 夏にはまだ遠いけれど、明るい日差しが差し込んでいた。

「いい天気」
「ほんと。日焼け気を付けないとね」
「春でもやっぱり焼けるの?」
「うん、結構紫外線強いよ」

 私がサングラスをかけると、純が「似合ってる。かっこいい」と目を細めた。
 駅に向かって歩いていると、母校の制服を着た女子高生とすれ違った。男子数人が道路わきで話しているところに、私たちの横を通り過ぎた女子が声をかける。男子は剽軽な反応を返し、女子が文句を言って肩を叩く。
 笑い合う姿に、懐かしさを感じる。性別に関係なく、ああして友達と笑い合う時間は、ずいぶん昔に過ぎ去ってしまったような気がする。

「……ねぇ、愛里」
「あ、ごめん。何?」

 純の声で我に返る。後輩たちを見ながら止めかけていた足を、慌てて前に進めた。

「もう……さすがに、小川先輩のことは……」

 純が言いかけて、言葉を止める。あえて触れなかった人の話に、心がざわめく。

「小川先輩が、何?」

 私は気づかないふりで首を傾げる。明るく。いつもの表情を意識して。
 純は目をさまよわせてから、私を見つめた。

「美晴ちゃんから……聞いた?」

 慎重なもの言いを笑い飛ばすように、私は頷く。

「あ、純も聞いたの? 小川先輩のことでしょ」
「うん……」

 純が気遣うような目をしている。憐れまれるのはごめんだ。私は笑った。

「おめでたいよね。結婚とか。びっくりしちゃった」
「……そうだね」

 私が笑って言うと、純はほっとしたような顔をした。

「……あの……それでね」

 純はまた言葉を探すように、ゆっくり話し始める。

「パーティでも、開かないかって……小太鼓の先輩が……盛り上がってて」

 表情が凍りつく。
 同じ部活の仲間同士が結婚する。喜ばしいことだ。
 まだ結婚という言葉が縁遠い年齢。同窓会も兼ねてみんなで集まるきっかけに。そう思う気持ちは、分かる。
 もしも私が、本当にただの仲間だったら、まさに発案者にもなっただろう。

「でも、うちらの代、間に挟まってるよね。小川先輩と美晴ちゃん」
「うん、そうなんだけど……まあ、だからこそ、動けって指示があれば動かざるを得なくて」

 吹奏楽部とはいえ、マーチングバンドをやっていた私たちの関係はほとんど運動部と同じだ。厳しい上下関係がある。それは卒業後も変わらない。

「私、太鼓仲間でうちの代の幹事役だし……ほら、愛里と仲がいいのも、みんな知ってるから、男子の先輩にも、結構言われてて」
「なにを?」
「愛里と会いたいって」

 私はまばたきをする。純が苦笑した。

「みんなで集まったついでに、愛里に近づくチャンスだと思ってるんじゃないかな。愛里は小川先輩に夢中で気づいてなかったんだろうけど、結構愛里のこと気になってる男子いたんだよ」
「そ、そうなんだ。あはは、もったいないことしたかなー」
「そうかもね」

 純は笑う。私は喉元まで出かけた問いを飲み込んだ。

 ……その中に、曽根は入ってるのかな。

「結婚式はまだ先みたいだけど、夏にでも集まりそうな感じなんだよね。どうする? 愛里、そしたら来る?」
「えっ……、ど、どうしよう……かな」

 目が泳ぐ。それはつまり、美晴ちゃんと康広くんが仲睦まじく笑っている姿を見るということだ。自分の心臓が保つのかどうか。
 純は苦笑した。

「愛里がサービス業についてるっていうのは、先輩にも言ってあるから。大体みんなの休みに合わせると土日祝日になるし、愛里が来たくないっていうなら、逆に調整できるかなって思ってるんだ」

 私は純を見て、駅を見て、うつむく。
 ここで断ったら……それこそ、まだ吹っ切れていないと思われるかもしれない。
 他の誰でもない、康広くんに。
 それは、すごく、不愉快だった。

 私は顔を上げた。
 まっすぐに純を見つめる。

「じゃあ、曽根が行くなら行こうかな」
「曽根……?」

 純が驚いたように目を開いた。

「え、なんで曽根? 仲良くなったの?」
「まあ、そんなとこ。職場一緒だしね」

 私は笑う。

「子どもじゃないんだから、犬猿の仲だった人ともそれなりに仲良くなれるもんだよ」

 適当なことを口にしながら、心中では違うことを思っていた。
 曽根なら。曽根がいれば。
 きっと、私を支えてくれる。

 純は首を傾げながら、「それはよかった」とあいづちを打った。
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